二人であるという事
明日はお休みです。
次回は火曜か水曜日に投稿します。
この回、アクセルをかなりべた踏みしているので一応閲覧注意という事でお願いします。
ナナちゃんの大きな瞳が…特徴的な二色の眼が私の汗が滲んだ顔を映し出す。
我ながら情けなさが極まっていると思うけれど、今はそんな見た目を気にしているような場合じゃない。
例え結果がどうなるのだとしても…私は伝えなくてはいけないのだから。
「な、ナナちゃん!」
「はい」
緊張に声が裏返った締まらない私…それとは正反対に落ち着いているナナちゃんが冷静な返事を返してきたのが逆にいたたまれない。
「えっとね…その…!話したいことがあって!」
「はい」
「ナナちゃんは普通じゃないといけないって言うけれど…そんなことは無いと思うのです!」
「そうなんですか?」
「そう!あぁいや、普通や常識が要らないって意味じゃもちろんないけれど…でもなんでもかんでも普通になる必要なんてないと!…思うのだけども…」
「…」
ナナちゃんがよく分からないとでも言いたげに小首をかしげる。
いや…実際に分かっていないのだと思う…何故なら私も自分が何を言おうとしているのかよく分かっていないから!
でもなんというか…ナナちゃんは物事を考える時に0か10でしか考えない…癖のようなものがあると思う。
極端な結論しか出せないというか…良いと悪い。
行くと、行かない。
…白か黒か。
これはぎりぎり大丈夫などのいわゆる「グレー」を認識していない…気がする。
当然のことだけど私がナナちゃんに望むことはグレーどころではなくアウトよりのアウトな事だけど…でも極端な答えだけをそれが、それだけが正解だと思わないでほしい…たぶんそういうことだ。
「そ、その…ナナちゃんの言う通り常識はとても大事な事だと思う。生きていくうえで人との関りはやっぱり避けられないから…知らない人にいきなり常識のない行動をしちゃったら驚かれると思うし、無駄に嫌われて…敵を作っちゃうかもしれない…と、とにかくいいことは無いと…思う。うん」
「ですよね。ですから私は…」
「でも!でもね…」
大声を出してつばを飲み込む。
あまり良くない行動であるのは自覚してる…でもそれくらい…今から言おうとしていることを吐き出すという行為が私の中でいっぱいいっぱいな事なんだ。
言葉にしようと口を開いて…やっぱり怖くて唾と一緒に飲み込んで。
そんな事を何度も何度も繰り返して…ふと顔をあげるとナナちゃんはじっとそんな私の言葉を待ってくれていた。
そうだ…さっきも変な人にグダグダぐちぐちうるさいと言われたばかりじゃないか。
いいかげん…私もちゃんとしないといけないんだ。
私は膝の上に置かれていた包丁をそっとナナちゃんの手に握らせて…ゆっくりと私の心臓に向けて持ち上げさせた。
「…ユキノさん?」
「でも私は…!私は…知らない人じゃ…ないじゃん…外の世界の誰かじゃなくて…ここに…今ナナちゃんの目の前にいて、一番仲のいい私だって!…私は思ってるって言うか…」
肝心なところでハッキリと断言できないというか言い切れないところが本当にダメだなと自分でも思う。
情けない…。
だけどもう言葉は口から外に出てしまったんだ…なかったことにはならない。
だから情けなくても、格好突かなくても…それでも。
「だからつまり私にとってナナちゃんは特別な人で…!常識なんか…普通なんか関係なくてナナちゃんのままで…いっぱい痛いことしてほしい。自分勝手で身勝手な話だけど…私の事を今まで通りに受け入れて欲しいし…それが外の世界ではいけない事だからって…やめて欲しくない。この私たちの関係を…いつまでも続けていきたい…!ダメ…かな…?」
なにがダメかな?だ。
それこそ「普通」はダメに決まっている。
あらためて言葉にするとよく分かる…やっぱり私は自分勝手で自分の事しか考えてない。
ナナちゃんに私の衝動を受け止めて欲しい、そして赦して受け入れて…ずっと一緒に居て欲しい。
驚くほどナナちゃんにメリットがない話だ。
だけどそれが私の想い。
ナナちゃんにぶつける…押し付ける私の、私だけの想いだ。
もう私は投げた…それをどうするかは全て…それを投げつけられたナナちゃん次第だ。
「ユキノさん」
「ひゃい!」
また声が裏返る私。
だけど優しいナナちゃんはそんなこと気にしたそぶりも見せない。
…本当に気にしてないのだろうけど。
「やっぱり私は普通や常識という物はとても大切だと思うのです。ここ最近で本を読んだり、人と話したりして学んで…私なりに出した結論です」
「…うん」
「きっかけは「ししょう」に言われたことで…そしてユキノさんと一緒に外に出たいと思って…常識…世間という物を文でですが頭にたくさん詰め込みました。そこで先ほどふと思い至ったのですが」
ごくりと唾を飲む。
汗が止まらない…もうナナちゃんが口を動かそうとするだけで…自分でもなんで?というほど緊張が走る。
でも逃げるわけにはいかない。
「何に…?」
「ええそれが…私にそれを説いたししょうですが…あの人は果たして普通の人なのでしょうか?」
「違うと思うよ」
私の今日という一日で一番冷静な声色だったと思う。
ただ誤解してほしくないのだけど…決して…けっして悪口ではないという前提で言わせてもらいたい。
あの人は絶対に普通の人ではない。
常識人ではなく…その…そう、型破りな人だ。
「ですよね。私も仕入れた知識とししょうの人物像が乖離していたので混乱していました。しかしそんなししょうは世界中色んな所に行っていると口にしていました。そして先ほどのユキノさんの言葉…つまりそう言う事なんですね?」
「えっと…?」
「常識は必要ですが…必ずしも普通でなくともよい瞬間は存在すると。そう言う解釈で良いのでしょうか?」
「っ!そ、そう!そうなの!」
まさかのネフィリミーネさんのファインプレーだ。
いやそもそもこんな状況になっているのは元をたどればあの人が発端なのだけど、それは悪い事ではないので気にしない。
とにかく型破りな人で良かった…ありがとうネフィリミーネさん。
「そしてさらに先ほどのユキノさんの言葉…特別な人。少し前に呼んだ恋愛小説のものに似たようなセリフがあって少し感動しました」
「んぇ!?」
なにそれ!すっっっっっっごく恥ずかしい!
というか恋愛小説!?いつの間にそんなジャンルに手を伸ばしたの!?
「ユキノさん。ユキノさんにとって私は…特別な人という認識でいいのですか?」
「…うん」
淀みなく、大切に返事をした。
そこだけはまっすぐな私の気持ちだから…ちゃんと返事をしたかった。
「そうですか。私はあんまりまだそう言う事が分かっていなくて…特別とか大切とかをいまいち理解しきれていない…と思います」
「それは…仕方のない事だよ。ナナちゃんが悪いわけじゃない」
「…ですが私のなかにユキノさんに対する特別な何かがあるのは確かです」
「え…?」
「ユキノさんがいる時といない時では…私の中の何かが違います。ユキノさんがいるとそれだけで…えっとこれは…そう、楽しい?です。だから…普通は大事で常識は学ばなくちゃいけなくて…でもそれでもユキノさんとの…私とユキノさんだけの関係を変えなくていいというのなら…私も変わりたくない、です。でも…それを言いだすのが迷惑かもしれないと思って…すみません」
「迷惑なんて思わないよ!むしろお願いしてるのは私で…!」
まさかナナちゃんがそんな風に思っているだなんて知らなかった。
いいや、知ろうとせずに私が一方的に悪い方に思い込んでいただけだ。
言葉にしなければ伝わらない…その通りだなと思った。
「ユキノさん」
「ん、なに…っ!?いっ…!!な、なちゃ、ん…?」
胸に鋭い熱が奔った。
熱い…とにかく熱くて…痛くて痛い。
そしてドクドクと私の中の鼓動に合わせて更に熱い何かが身体の外に流れ落ちていく。
胸を刺されたと理解したのは数秒ほど経ってからだった。
ギリギリ心臓を外れて入るっぽいのは…ナナちゃんのなせる技だろうか。
「私…気がついたんです」
「っは…!いっ…!いぎっぃあっ…!」
刺された場所がいつもと違うからか、それともあまりに突然すぎて覚悟が出来ていなかったからか、いつもより痛くて相槌も打てない。
それがわかっているのかナナちゃんは一人、口を開く。
「私はユキノさんの涙が好きです…とてもキレイで。私はユキノさんの暖かさが好きです…ポカポカするので。私はユキノさんの身体が好きです…柔らかくて気持ちがいいので。私はユキノさんの匂いが好きです…とても安心するので。だからそう…こうすれば」
ぐりっ!と突き立てられた包丁がさらに深く私の身体に差し込まれた。
あまりの痛みに絶叫をあげそうになったが必死に耐えた。
それからはナナちゃんは包丁を動かさず、私が痛みに慣れてある程度落ち着くまでじっとただただ私の顔を見つめ続けていた。
きっと涙やらなんやらでグチャグチャだと思うけれど…それでもナナちゃんは痛いほどの視線を私に注いでいる。
「あっ…はっ…はっ…ふっ…ふっ…」
「ああやっぱり…とっても綺麗ですユキノさん」
そっと伸ばされたナナちゃんの白く細い指が私の頬を撫でて涙を掬う。
「それにとっても温かい…」
そのままナナちゃんの指がぬるりと流れ出す血に触れて赤く染まっていく。
「汗に混じって匂いが強くなって…とてもいい匂い」
まだ浅く呼吸を繰り返す私の首に鼻を密着させてすぅ~っと匂いを嗅いだ。
そして…次に見たナナちゃんの顔は…息をのむほど可憐な笑顔だった。
今まで軽く微笑んでくれることはあった…でもここまでの笑顔は初めてだ…初めてナナちゃんが私に対して笑顔を見せてくれた。
それがとても嬉しい。
流れ出す熱よりも熱く熱く…それは私の身体を熱していく。
きっと今…私はグチャグチャの顔で…だけどそれでも私も笑っているのだろう。
痛みに私の意識が限界を迎え…視界が暗くなっていく。
ナナちゃんを押し潰すわけにはいかないと、最後の力で後ろ向きに倒れたのだけど…ナナちゃんもそれについてきて一緒に床に倒れる。
ドクドクと私の中の紅で彩られたその中心で私たちは抱き合い、満足感と幸福感に包まれながら目を閉じる。
「おやすみなさいユキノさん。目覚めたら…今度は私にもしてください」
「う、ん…おきた、ら…いっぱ…ぃ…いっ…ぱ、い…」
殺させてね。
その言葉をちゃんと言えたのかは定かではなかった。
行きつくとこまで行きついたのではないでしょうか。




