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日常の期限

次回は明日か明後日に投稿します。

明後日になりそうな気はしています。

「そ、そんな事関係ないよ!じ、常識は…それは必要かもしれないけど、でも…!それとこれとは違うって言うか!」


気がつけば私はナナちゃんの肩を揺らしながら大声を出してしまっていた。

無性に怖くなってしまったから。

私だってもちろん冷静な部分ではわかってる…私とナナちゃんの関係は「普通」じゃないなんてことは。

そしてこの関係は…ナナちゃんの側から一方的に辞められるものだという事を。

誰かを殺さずにはいられない…そんな異常な私をナナちゃんが赦してくれているからこそ成立しているこの関係…同時に私とナナちゃんを繋ぐ大事なコミュニケーション。

それが…なくなってしまう事があまりにも怖い。

もう以前はどうやって殺意を押さえていたのかも思い出せないほど…私はナナちゃんに依存してしまっているのだから。


「人は殺せば死ぬ…死ねばもう何もできなくなる。二度と目覚めない眠りにつく。私自身どうしても忘れてしまいますがそれが当たり前のことで…だからこそ殺して殺されてなんて関係が成立するはずがない。それは…「普通」ではない。あっていますか?」

「…」


一瞬だけ…本当に一瞬だけ「そう言う関係もあるところにはある」だとか出まかせを口にしそうになった。

でも…ナナちゃんの二色の瞳にじっと見つめられると…ううん、そうでなくても私はこの子に身勝手な嘘をつくことは出来ない。

だから…いや、でもせめて口にはしたくなくて…ゆっくりと頷くことしかできなかった。


「やっぱりそうですよね。なら…やはりこれはいけない事という事ですね」


ナナちゃんが手に持っていた包丁をそっと膝の上に置いた。

危ないよとか、しまうならちゃんとした場所にとか…言わないといけないことはたくさんあるけれど、そんな事を気にしている余裕はなかった。


「いや!いけない事っていうか…!でも…それは必要な事で!」

「…ではやってもよい事と言う事ですか?外の世界でも許される?」


いい事、悪い事で分けるなら…当然悪い事だ。

私にとっては普通で…しょうがなくて、受け入れて欲しい事でもきっとそれを普通と思わない人のほうが遥かに多い。

以前部屋に入って来たネフィリミーネさんの反応がまさしくそうだ。

見ないふり、知らないふりをしていてもその事実はきっと変わらない。

だから何も反論できない…もしかしてナナちゃんはこの関係を終わらせたいのだろうか?やっぱり…嫌だったのだろうか?でも…当然だよね。

殺したいから殺していい?その後で痛い事していいから。

そんなものを喜んで飲み込んでくれる人なんているはずがないのだから。


どうして急にこんなことになるのか…こんなことになってしまったのか。

思考が全部真っ白に染まっていって何も考えられなくなっていく。

そのまま凍るように指先から体温が無くなっていくような感覚がして…。


(──おい)


どこかからか声が聞こえた。

ナナちゃんの声じゃない…私が大切なその声を聴き間違えるはずがないし、現にナナちゃんは少しだけ暗い表情でぼ~っと手元の本を見つめているから。

じゃあ一体今の声は…?空耳…?


(空耳じゃない。そもそも私の声は耳では聞こえてないだろうが)


言われてみればその声は耳で聞いているというよりは…心…そう、心の中で響いているような感じと言われた方が納得できた。


(だ、誰…?)

(うるさい、今さらそんなレベルの話をしている場合か。少し考えれば私が誰なのかくらいわかるだろう。ぐちぐちぐぐちぐちとめんどくさい思考で心を乱すから眠れやしない。私は寝ていたいんだからもっと静かにしてくれ。寒いんだよ)


その物言いで私はその声が誰なのか思い至った。


(夢の中の…?)

(そう、それ。とにかく静かにしてくれ。少し前に起きた影響か深い眠りにつくまでに時間がかかって目覚めやすくなってるんだ)


(そ、そんなこと知らないよ…私うるさくなんてしてないし…そもそもあなた本当に一体誰なの!?)

(今この状況で私の正体が重要なことなのか?目の前の問題にまずは取り込めよ。お前がグダグダもんもんとしてると私がいるこっちまで荒れるんだ。いい加減にしてくれ)


(そんな事言われたって…だって…どうしようもないよ…)

(馬鹿かお前は)


その言葉は何故か私の奥深いところにぐさりととても深く突き刺さったような気がした。

心から響いている声だからだろうか?


(馬鹿って…)

(どうしようもなにもあるか。こういう時はそんなことないよって一言言ってやれば済む話だろうが。これが自分達の普通なんだってそれだけだろう?)


(そんなの…あなたは簡単に言うけれどナナちゃんは…今頑張って勉強してて…それで…)


私の事情は今の頑張っているナナちゃんには完全にノイズだ。

だって以上で普通な事ではないのは確かなのだから。

それにこの関係は…やっぱりだから私が一方的にナナちゃんに寄りかかっているだけの関係だから、それを止めたいと思っているのなら私から何かを言えるわけがない。


(そんなもの言ってみなければわからないだろうに。ありきたりな言葉をこの私に吐かせるなよ。なんで勝手に目の前にいるその子の気持ちをお前が決めつける?なにも言葉を伝えていないのに。こうだと思うから、きっとこう考えているからって一人で悩んでぐちぐちぐちくどくどと…痛々しくて見てられない。目の前にいるんだから聞けばいいだろう、伝えればいいだろう。なぜそれをしない)

(そんなの…関係ないあなただから言えるんだよ!)


(私がお前の事情に関係あるかないかなんて論じるつもりはないが…いいのか?このままだと全部終わりだぞ?お前とその子が積み立ててきた全てがここで終わりだ。そしていずれ後悔するんだ。もっと言葉を尽くせばよかった。あの時、気持ちを伝えていればよかった。もっと話し合っていればよかったとな。黙っていれば物事が好転すると思っているのならそれはこの場においては大間違いだ。向こうはお前に疑問を投げかけて訪ねている…ならお前は答えてやるのが当然じゃないのか)


なんでこの人にそんな綺麗事を言われなければいけないのか。

何かを伝えたところで…どうにもならないかもしれないし、もっと関係がこじれてしまうかもしれない。

私はナナちゃんとそうなるのが…とても怖い。

だから踏み出せないのに。


(想いは言葉にしないと伝わらない。伝わらない想いなど存在しないのと同じだ。なぁユキノ・ナツメグサ…お前、いつまでも日常が続いていくと思っていないか?)

(え…?)


(時々大変な事があって悲しい思いや辛い思いをして…それでも乗り切れば穏やかな日を迎えられて…いつまでも終わらないそんな日々が永遠に続くと、そう思ってはいないかと聞いているんだ)

(意味が分からないよ…そんなの当たり前じゃないの)


(馬鹿が。人は殺せば死ぬ…だが殺さなくても人は死ぬ)


ドキリと心臓が跳ねた。

殺さなくても…人は死ぬ…?


(ある日突然、何の前触れもなく人は死ぬ。病気に事故、他人の悪意に災害。それら全てを乗り切っても最後には寿命だ。いつまでも続く日常なんてありはしない。不死身の身体?それがどうした。明日…いや、あと一度瞬きをしたその瞬間に何らかの要因でお前たちの命が終わりを告げることだってあり得る。特に…私たちの場合はな)


私たちの場合…その言葉には「声」に実感のこもったかのような…とても重い何かが含まれているように聞こえた。


(それってどういう…)

(…とにかく壊そうとしなくても日常なんてものは簡単に壊れる。なら大事な局面で怖気づくのはまさに馬鹿だとは思わないか。守りたいものを守らなくてどうして大切だと言える?)


(…だけど…私の気持ちを押し付けることにならないかな…ナナちゃんは優しいから…)

(これは昔、私が言われたことだが…感情がある生き物として生まれた以上、私たちは自分の感情を相手に押し付けることしかできない。なにも伝えず、何も押し付けないなんて言うのは意志や感情を持たない草木や…それこそ魔物と同じじゃないかと。人として生まれた以上、気持ちを伝えて押し付け合って…そしてそれを受け入られて混ざり合うことが出来る人と共に歩んでいくのが人生なのだと。この言葉に私は心底納得を覚えた…ならお前もそうだろう?)


声の言う通り、なんというか…個人的にはすごく納得できる言葉だった。

すとんと綺麗に落ちてハマったというか…。


(もう一度言うぞ。いつまでも日常なんて続かない。想いは言葉にしなければ伝わらない。伝わらない想いは無いも同じ。それがわかったのなら…やることがあるんじゃないのか)

(…うん、そうだね)


(ならよかった。そのくらい自分で気がついてくれ。その子はお前の大切な人だろうが。いちいち私を起こすんじゃない…こっちだって自分の事で手一杯なのだから。私はもう寝るぞ)

(あ、まって!…本当にあなたは誰なの?私に助言してくれたりして…それにあなたが夢じゃなくて本当にいたって事はお母さんも…!)


(寝ると言っているんだ私は。以前も言ったがいずれすぐにお前の疑問全てに答えは出る…だがそれはお前の「幸せな日常」が終わる時だ)

(え…)


とても不穏な事を言いながら、その声の気配がどんどん深く沈んで行くのがわかった。


(だからいずれ来る不幸に今は目を向けるな。目の前の事に全力を尽くせ…お前の大切なものを守るのを優先するんだ。だが…そう、私の存在がお前の中にモヤモヤとしたものを残すのなら…「スノーホワイト」それが私の名前だ。それだけを持ち帰って今は納得していろ)


そしてそれを最後に「声」…スノーホワイトと名乗ったその存在の気配は全く感じとれなくなってしまった。


「スノーホワイトって…」

「…ユキノさん?どうかしましたか?」


つい声に出していたらしいそれに反応してナナちゃんがバッと顔をあげた。

もしかして…私が何かを言うのを待っていた…?

そうだ、色々と気になることが多いけれど、今はナナちゃんだ。

私にとってナナちゃんより優先することなんて何もないのだから。

カップル崩壊の危機に助言するためだけに起きてきた謎の人。

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― 新着の感想 ―
[一言] 挟まるでもなくただ繋ぎ止めて 用が済んだら速やかに退場する これは傍観者の鑑ですねぇ まあ傍観というか当人というか…
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