普通
次回は明日か明後日に投稿します。
アトラさんの裏切り疑惑が起こってからというもののアラクネスートの拠点であるお屋敷の中は常に慌ただしかった。
幹部のみんなは常に疲れたような顔をしているし、それ以外の人たちも目の下に隈が出来ている。
私も何か手伝いたいけれど、現状できることは無いし、よく考えなくても私が手伝うとお互いによくない事にしかならない気がする。
私は本格的にこの組織に組み込まれてしまいそうだしね…。
まぁアトラさんが見つかったら私も出るつもりでは一応あるけども…。
ただそのアトラさんが全く見つからないらしい。
ある程度までは足取りが終えたらしいのだけど…そのある程度以降は全く追えなくなってしまったらしい。
まるで消えてしまったようにとクイーンさんは言っていた。
そしてネフィリミーネさんはその状況を「敵組織と合流されて回収された」もしくは…と言葉を濁していた。
さすがに言葉にされなくてもそのもう一つの可能性が何なのかは理解できた。
すでにアトラさんが殺されているのかもしれない…そう言いたかったのだろう。
でもあの人がそんな簡単に死ぬとは私は思えなくて…そのあたりだけは信用しているというかなんというか。
だから今現在は私はアトラさんが見つかるまで待機している状態なのだけど…別件で少し気になることが起こっているのだ。
それはナナちゃんの事で…何故か最近そっけないというか、構ってくれないというか…部屋に戻っても隅の方で本を読んでいて話しかけても上の空で…もしかしてなにか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか…?と気が気でない。
「あの…ナナちゃん」
「…」
私の呼びかけにナナちゃんは応えず、ペラ…っと本のページをめくる音だけが返って来た。
とてもさみしいし、辛い。
どうにかしないといけないと焦りが募っていく。
私は居ても立っても居られず、悪いと思いながらもナナちゃんの細い肩を掴んだ。
「な、ナナちゃん!」
「っえ…?あ、ユキノさん…おかえりなさい…です」
どうやら今私の存在に気がついたようで、ナナちゃんは驚いたように目をぱちくりとしている。
私に気がつかないほどに…本に夢中になっているという事実に虚しさが膨れ上がっていく。
でも今はそんな事を気にしている場合じゃない。
とにかく会話を繋がなくては…!ナナちゃんの興味を私に取り戻さないと…!
「え、えっと!なに、してたの…?」
「本を読んでいました」
うん、なんで見ればわかることを聞いてしまったのか自分でもわからない。
いくらなんでも焦り過ぎだ。
少し落ち着こう私。
「そ、そうだよね!その本…そんなに面白いのかな…?」
「そう、ですね。とても興味深くはあります」
ナナちゃんの視線が私から外れ、再び本に戻ってしまう。
そしてペラっとページがめくられて…ナナちゃんに会話を打ち切られたと絶望しかけたのだけど、ナナちゃんは本のページを捲った後すぐにまたページを捲る。
それを数度繰り返し…今度はすでに呼んだであろう前のページに戻って…またペラペラといたずらにページを捲る。
どうやら本自体を読んでいるわけではないらしい。
でもその行動の意味がうまく読み取れなくて、どう声をかけたものかと悩んでいると先にナナちゃんの方から口を開いてくれた。
「ユキノさん」
「な、なに?」
ナナちゃんの視線は未だ本に注がれたまま、私には向けられない。
「ユキノさんは「普通」って知っていますか?」
「普通…?」
普通。
その言葉の意味を知っているかという事ならばもちろん知っている。
でも突然それをナナちゃんに問われた理由がわからない。
「そう、普通です。私は…ここでたくさんの本を読みました。以前の家にいた時は図書塔で勧善懲悪?ものの物語を読んでいましたが…ここではいろんなジャンルのものに目を通したんです。冒険ものに恋愛もの…推理物に…あとは勉学の本なんかもです」
「う、うん。それで…?」
「そうやっているとなんとなくわかってきたのですが…どうやら私には常識という物が欠けているようなのです。私は普通ではないようです」
「い、いや…でもそれは…」
ナナちゃんの境遇を考えるのなら常識が身についていないというのは当たり前のことだ。
外界との接触を…その権利を強制的に奪われていたのだから世間の常識なんて知れるはずがない。
ましてや学ぶという事すらさせてもらえなかったナナちゃんならなおさらだ。
「私が…ユキノさんと一緒に外の世界に出るには常識が必要です。おかしな私ではなく、普通の私になる必要があるのです」
「い、いや!ナナちゃんはそのままでも!」
「このままではだめです。私は自分との世間のズレをとても痛感しました。郷に入っては郷に従え…少し意味は違うかもしれませんが私は普通の常識を…外の世界に出るために身につけようと思うのです」
それからナナちゃんは無言になり…たっぷり数分。
ずっと私とは反対側に置いていたらしい「いつもの」包丁を手に持ってじっと見つめる。
「知っていますかユキノさん。普通は人を刺したりなんてしないそうです。殺して痛めつけて…そんなのは常識ではないそうです」
そんなナナちゃんの言葉に私は心臓を掴まれたような感覚を覚えた。
まるで呼吸を忘れてしまったかのような息苦しさを覚えて私は…。
ナナちゃんさんの様子が…。




