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閲覧注意回です。

 私は真っ白な世界にいた。

見渡す限り白しかない…どこまでもどこまでも白が続く殺風景にもほどがある世界。

そこで私は黒い服を着て立ち尽くしている。

ここに来るのは一度じゃない。

いや、来たことがあるというのはそれはそれで間違いなのかもしれない…だってここは夢の中なのだから。

眠ると見る夢。

目覚めるとここでのことは忘れてしまうけれど、この夢を見ている間は「これは夢だ」と自覚ができる。


「…また…だれか殺すの…私は」


これは殺す夢。

殺した夢。

私がこれから殺すことになる誰かの…見送るための夢。


「ユキノ」


誰かの声が背後から聞こえる。

優しくて不思議と安心できるような声。

その声が誰の声なのかは分からないし、知ることもできない。

背後にいるであろう人物の姿すら見ることはかなわない。

この夢を見ている間にその事を疑問に思う事もできない。


「はい」


その声に返事をすると私の手の中にいつの間にか大きな花が現れている。

そして白だけの世界にぽつんと長方形の大きな箱もいつの間にかそこにある。

何かに優しく背中を押されて、私はその箱に近づいていく。

これは棺桶だ。

私が殺す…殺した誰かが収められた棺桶。

その中にそっと手に持った花を手向けると花びらが散り、真っ赤な血の様になって眠る屍に吸い込まれていく。


「ごめんなさい…」


謝ってどうにかなるわけでもないのに、私には謝ることしかできない。

もう声すら届きはしないのに…それでもただ自己満足…いや、事故逃避のために謝罪の言葉を口にする。

最低で惨めで…私こそまさに化け物だ。


最後に棺に納められた誰かの顔を見る。

あなたは誰ですか?と。

そしてその顔は…つい先ほどまで会話をしていたはずの少女の顔だった。


「ナナシノ…ちゃん…」


結局私は耐えることが出来なかったらしい。

夢に見たのなら私は絶対に現実でもその人を殺すことになるから…やっぱり無理やりにでもあの家は出るべきだった。

本当にごめん…。ごめんなさい…。

そっとナナシノちゃんの頬に触れようとしたその時だった。

閉じられて開くことの無いはずのナナシノちゃんの瞼が開き…あの二色に瞳が私を見た。


「────…。」


────────────


「ん…」


強烈な喉の渇きを覚えて目を覚ました。

あれだけ眠かったのだからもう少しぐっすり眠ってしまうだろうと思っていたのに、まだ日は登っていない。

そんな気がするだけだけどね。

なんだか夢を見ていた気がするけれど、内容が思い出せない。

とにかく喉が渇いた…水はあるだろうか…。

まだまだ重たい気がする身体を頑張って起こすとそこで私はようやく違和感に気がついた。


とても…とても濃い血の匂いがする。

なんども嗅いできた匂いだもの、絶対に間違いない。

問題はどうして今、この場所でそんな匂いがするのかという事だ。


いや、匂いだけじゃない。

ようやく頭がはっきりしてきたのか…それとも血の匂いに充てられて興奮しているのか…とにかく目が覚めた私は断続的に異音が鳴っている事にも気がついた。

ザクッ、グシュ。ブチュ、ザクッ、ザクッ、ベチャ。

なにか…なにかが起こっている。

血の匂いも異音も下の方…からしていて…そこにはナナシノちゃんがいたはずだ。


「っ!」


意を決して二段ベッドから跳び下りて、部屋の入り口付近にある明かりをつける魔道具のスイッチを押して起動させる。

瞬間、パっと明かりが部屋を満たしてそこで行われていた何かを照らし出す。


「あ…ぐっ…ひっ…」

「女…襲う…命令…」


一瞬それが何なのか脳が理解を拒んだ。

しかし一層濃くなった血と臓物の臭いが私を現実に引き戻す。


────虚ろな目の男が大きな包丁でナナシノちゃんを切り刻んでいた。

一心不乱に…機械の様に男は鉈を振り下ろし、ナナシノちゃんは抵抗もできずに解体されていく。

腹の部分はすでに半分ほどがミンチ状になっていて、そこから覗く臓物もバラバラにされていて…大量の血とミンチ肉と細切れの内臓でスープのようにも見えた。


「な、なにをやってるの!?」


私が叫ぶと男の腕がピタリと止まる。

そしてぎこちない動きで首だけこちらを向くと目を見開き…飛ぶようにして私に向き合った。


「おおおお、お、女…おそそそそそう、め、い、れい…」

「なに…?何を言って…」


「おそそそうぅぅううううううう!!!!めいれいぃぃぃいいいいいいいぅうううぁあああああああ!!!!」


血に濡れた包丁を手に、男は私に向かってきた。

この人…私を殺すつもりだ…ナナシノちゃんみたいにぐちゃぐちゃにして殺すんだ。

怖い。

死にたくない。

そう、私は怖くて死にたくないんだ。

だから…そう、だから…これは許されることだ。

正当防衛だ。

殺されそうになってるんだから…殺すしかないよね?


「…【ブラッドレイン・スノーホワイト】」

「おんなぁぅあぅはうああああああああああああ!!!」


叫ぶ男の包丁を持つ腕を二の腕辺りからスノーホワイトの爪で切り落とした。


「ぶわっぶっぅぅううううぼぁあああああああああああ!!!!?」


奇妙な叫びをあげながら男の腕だった場所から鮮血が湧き水の様に噴出す。


「んはぁ~…とっても…気持ちぃ…」


ずっとため込んでいたものがようやく発散できるという解放感。

肉を断ち、骨を落とした感触。

降り注ぐ鮮血。

全てが私の中の何かを満たしていく。

でもまだだ。

まだまだ足りない…これは前菜。

メインディッシュはこれから…私は傷つけたいのではない。

そんな嗜虐的な思考は持ち合わせていないのだから。

私はただ殺したいだけなのだ。

命を…ただただ奪いたいだけなんだ。


「だからね…あなたの命をください」


今だ叫び続ける男の命に目掛けてスノーホワイトを振り下ろす。

どれくらいぶりだろうか人を殺すのは。

ワクワクとドキドキが止まらない…やっとだ。

ようやく…私は人を殺せるのだ。


「あはっ!あははははははははははははははははははははははハハハハハアハハハハハハハ!!!!」


歓喜のあまり笑い声が抑えられなくて、悲鳴と笑い声が不協和音を奏でる中で私はその命を──


「はぁい、そこまでっ!」


男とスノーホワイトの爪の間にリフィルさんが現れた。

不思議な事にピタリと私は動きを止めてしまう。


「ど、どうして…」


そのどうしては何に対してのどうしてなのか…自分でもよく分からない。

ただリフィルさんは私を見て心底楽しそうにニコニコと笑っていて…それがどうしようもなく腹立たしい。


「いやぁごめんねっ!まさか私が用意した家にこんな「ふしんしゃさん」が来るなんてびっくりしたよ!した?したよね?んふふふふふ!二人に悪いことしちゃったなって反省したからこのふしんしゃさんは私が責任をもって「処理」しておくね!ごめんね?ごめんだよ?」


処理…?処理をする?誰を?あの男の人を?

誰が?リフィルさんが?そんなこと許せない。


「それは私の命だ!殺すのは私だ!」

「ん~?んふふふふふふ!すごいね!そこまで性格変わっちゃうんだ!不思議だね?不思議だよ?面白いね!…でも、ね?」


リフィルさんがスノーホワイトの手首をつかんだ。

温かくも、冷たくもない…温度というものを感じない。

そしてリフィルさんのガラス玉のような瞳が私の瞳を覗き込んだ。


「私がやるって言ってるんだよ?」


感情の消えたような冷たい声色の一言。

ただそれだけで全身から冷や汗が噴き出して、私はその場に崩れ落ちた。

この人に逆らってはいけない…いいや、逆らうことは出来ない。

理屈ではなくて、世界がそういう風にできているかのような感覚が私を襲っている。

そんな私を見てリフィルさんは再び楽しそうに笑う。


「うんうん、分かってくれたかな?くれたよね?んふふふふふ!あなたいい子だね!じゃあ今日は本当にごめんだよ?ばいばいっ!」


そう言い放つとリフィルさんと男の姿が霞の様に消え失せた。

残ったのは…部屋中に広がる血の海。

それと…行き場のなくなった私の殺人衝動。


「殺したい…殺したい殺したい殺したい!」


もう少しで…あと一歩で殺せてたのに…!この私を内側から食い破ってしまいそうな衝動から解放されたのに…!なのにこんな寸前でお預けなんて思うどうしようもできない…!


「誰かいないの!?人…ひとぉおおおおお!!!!」


スノーホワイトを衝動のまま床に叩きつける。

べチャリと血の海が揺れて、肉片が飛ぶ。


「う…ぁ…」


水温に混じって今にも消え入りそうなうめき声が私の耳に届いた。

反射的にそちらの方に顔向けると…お腹をミンチにされたナナシノちゃんがまだ息をしていた。

そうだナナシノちゃんがいたんだ…大変な目にあったのは彼女だ…。

ずるずると身体を引きづるようにしてナナシノちゃんの元まで歩き、改めてその身体を見る。

お腹はやはりぐちゃぐちゃで、右腕と右脚も切り落とされている。

内臓はどれがどれだかわからないほどにぐちゃぐちゃになっていて…誰がどう見たってもう助かるわけはない。

そんな状態にしか見えない。


「ナナシノちゃん…まだ生きてるの…?」

「はぁ…ぁ…」


驚いたことにそんな状態でもナナシノちゃんはまだか細いながらも息をしていて、確かに生きていた。

生きていはいるのだけど…。


「もう死んじゃうよね…?助かりっこないよね…?苦しいでしょう?痛いよね?楽になりたいでしょう?いま楽にしてあげるね」


スノーホワイトの爪をその小さな胸に突き立てる。


「っ!!…っ!」

「あはっ…はっ…痛い?ごめんね…もう終わるからね…おわっ…あはははっ…」


本当に最低だ私。

だけど…本当にどうしようもない。

もう私にも私は止められない…どうすることもできない。

だからせめて…もう楽にしてあげることしかできない。


「…ごめんなさい」


気を抜くと笑ってしまいそうになる顔を何とか押さえつけて、何とか謝罪の言葉だけを絞り出し…その心臓を握りつぶした。

柔らかい果実を握りつぶしたようなその感覚が…とても心地よくて…最悪な気分だった。

ユキノさんが無事にヒロインのハートをキャッチしました。

…とりあえず次回で方向性をお見せできると思うのでそこまでは是非!

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― 新着の感想 ―
[良い点] あなたのハートをキュン♡(トドメの音) 二人の心はやっと触れ合いましたね(物理)
[一言] ハート(医学)をキャッチ(物理) >この人に逆らってはいけない…いいや、逆らうことは出来ない。 すっかり忘れてましたけどそういやユキノさん暫定人間でしたね…
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