家族
次回は明日か明後日投稿します。
「…たしか私が五歳の頃だったかな。いや…もう少し上だったかも?」
アマリリスがアトラから視線を外し、手に持った古ぼけた本をぺらぺらとめくっていく。
その行為に何か意味や目的があるわけではなく、ただ自然に…彼女の中の無意識が手が動いていた。
「はいぃ~?なんですかぁ突然~」
「いまあなたが言ってた事件の事。流石に幼すぎてうろ覚えだけど空が白と黒に染まってたのは覚えてる。リリちゃ…私のお母さんとなんかすごい神様が戦ってた影響でそうなってたみたい」
「…今もしかしてとんでもない話を聞かされてますぅ?」
「さぁ?私にとってはそうでもないけど」
「ではとんでもない話ついでにぃ~一つ聞いてもいいですかぁ?」
「私の話は聞いてくれないのに?って思わない事もないけれど、いいよ。答えられることなら」
アトラの手に握られた刀がゆっくりと持ち上げられ…アマリリスの胸に向けられた。
その刀のあまりの切れ味のせいなのか、それだけの動作で空気が悲鳴を上げるように異音をあげる。
「アマリリス・フランネル…あなたぶっちゃけおいくつなのですぅ?年齢ですよぉ?レディに年を聞くのは~とか言わないですよねぇ?言ってもいいですけど私は聞きますよぉ~」
「…」
右、左そして上へとアマリリスの視線が動く。
顎に手を当て、眉間に皺をよせて目を閉じた。
戦闘中にありえないほど隙だらけの所作だったが、アトラは刀を突きつけたままその場を動かない。
「もしかして渋ってますぅ?恥じらいですかぁ?あなたにもそんな感情があるのですねぇ~」
アトラと言う人間にとって戦いとは生きがいだ。
他者と…もっと言えば実力が拮抗した相手と終わらない殺し合いを繰り広げたい。
心の中で渦巻き、肥大化していく欲望はかくしてアトラにとある特技を身につけさせていた。
それは相手の実力や感情を直感的に読み取る…ある種の審美眼だ。
相手を一目見れば、おおよそどれくらい強いのか…そこから発展して、現在どういう感情を表に出しているのかを読み取れる。
だがこの邂逅の間、アトラにはアマリリスが何を考えているのか全くと言っていいほど読み取れなかった。
その身に秘めた実力も同様だ。
異常者にしては話ができない事もないと評判のアトラがアマリリスとの話を拒否したのはそれが原因であり、今現在挑発するようなことをしている理由だ。
何を考えているのか、どうして自分に話があるのか…少しでもとっかかりを見つけなくては危なくて何もすることが出来ない。
それがアトラがアマリリスに対して最初に下した判断だった。
そんな事を知ってか知らずか、相も変わらず何も読み取ることのできない表情でアマリリスは何かを考える素振りを見せ…そしてたっぷり数十秒、ようやく口を開いた。
「ごめん、覚えてない」
「…今時年齢を覚えてないんですぅ~なんて不思議ちゃんは流行らないですよぉ。むしろグーで前歯をへし折りたくなるくらいに思われてしまいますよぉ~」
「いや本当なの。30か…40くらいまではちゃんと数えてたんだけど、なんか容姿が全然変わらなくなっててさ?そうなってくると誕生日なんて豪華なご飯を食べられる日としか認識できなくなって数えなくなったって言うか…100は超えてると思うんだけど…うーん…」
「まぁそれが聞けただけでもいいですよぅもう。流石バケモノ様は私たち矮小な人様とはスケールが違いますねぇ~」
「さっきからバケモノ様ってあなたは私を呼ぶけど、そんなんじゃないよ?私はどちらかと言えば人間だし」
「あなたは冗談の才能はないですねぇ~面白さの欠片もないないのぽ~ぃですぅ」
本当なんだけどなぁとアマリリスがため息をつく。
そのため息に混じってアトラの目にはそこでようやくわずかな感情の動きが見て取れた。
ならばとすかさず刀を手に踏み込み、その首を狙う。
万物全てを切り裂くという逸話をもった刀…さすがにそれは言い過ぎだと信じていないアトラではあるが切れ味が凄まじいのは先ほどのバリアを破ったことで証明済みだ。
ならばアマリリスにそれを防ぐ手段は…。
「…まさかあったとは思いませんでしたぁ」
「びっくりだよね」
アトラの刀はアマリリスの持つ本の背表紙によって受け止められていた。
古ぼけていて今にもくずれさってしまいそうなほどボロボロのそれなのに、微塵も刃が通っていないようにアトラには見えていた。
「どういうカラクリなんですかねぇ」
「なんてことはないよ。ただその刀と同じような出自の本ってだけの話。私のお母さんが昔プレゼントしてくれた本なんだこれ。それ以前に使ってた本がバラバラになっちゃってさ?大泣きしてたらお母さんが新しくくれたんだ」
「いいご家庭ですねぇ…バケモノ様のくせに恵まれてて反吐が出ますぅ~…ね!」
すかさずアトラの鋭い蹴りがアマリリスの腹に向かって繰り出される。
しかしそれは魔法の壁に阻まれ、目的を達することは無かった。
「恵まれてる…恵まれてるか~…本当にそう思う?」
「思いますよぅ。さっきから聞いていればお母さんお母さんとぉ~私の過去を好き勝手ほじくり返したのなら私の母がどうなったかも知っているのでしょう~?そんな人間の前でよくもまぁママ、ママとほざけますよねぇ」
「…アトラさんあなた母親のこと好きだったの?だってあの母親は──」
「うるせぇんですよぅ。誰だって母親の事はやっぱり好きなんですよぅ。それがどんな人でも関係はないのですぅ~。少なくとも私にとっては~いい母親だったんですぅ~そう思い込みたいって想いももちろんあるのは理解してますよぅ?でもそれが当り前じゃないですかぁ。産み育ててくれた母親なのですからぁ~それをとやかく言われる筋合いなんてないので~すよ…まぁママに恵まれてるバケモノ様にはそんな人さまの感情は理解できないかもしれないですけどねぇ~」
その時、アマリリスとアトラの目線があった。
母親の話を持ち出され、気づかぬうちに感情的になってしまったアトラと、隠していた感情を見せることにしたアマリリス。
戦いが始まって初めて…本当の意味でお互いを見たのだった。
最初にアマリリスが本を降ろす。
明らかに隙が出来た…はずだったがアトラの刀はアマリリスの首筋を捉えた状態の…文字通り紙一重で止められていた。
「…どういうつもりですぅ?」
「あなたは私を人じゃないとは言うけれど、正真正銘私は人間だよ」
「もういいですよぉそれはぁ。おいくつでしたっけ?あなたのお姉さまに、先ほどから話に出ているお母様…その妹であり娘であるあなたがどの口で…」
「家族と血が繋がってないの私。知らなかった?」
「…」
「どっちだろう?まぁいいや。えっとなんだったかな…?私のお母さんの妹みたいな人が死んじゃったお友達から引き取ってきたのが私。人の世の、人間同士の夫婦から生まれた普通の人間…それが私。人間じゃない存在しかいない家族の中で唯一の人間なの。たった一人の仲間外れ」
アトラの持つ刀がわずかに揺れた。
マザコンvsマザコン




