力と魔法
予約投稿を忘れていました。
明日はお休みです。次回は火曜日か水曜日に投稿します。
その場所は一言で表すのならば、不気味な場所だった。
いたるところにおおよそ体にいいとは思えない色の液体が収められた筒が乱雑に置かれており、外的な干渉が一切行われていないにもかかわらず、時折ゴボゴボと泡を立てている。
さらには断続的にどこからともなく聞く者を恐怖させるような謎の唸り声のようなものまで響いており、誰がどう表現してもまともな場所とはならないだろう。
そんな精神的にネガティブな感情しかわかないその場所に置いて…それでも一目見れば目を奪われてしまう、まさに人離れした美しさを持った女がつまらなさげな表情でそこにいた。
「…気持ち悪い場所だね。全部無くなったほうがすっきりしそうだね、だよね」
容姿に比例した綺麗な声が流れるように部屋に浸透していき、しかし独り言の結末として誰もその言葉を拾わずに終わるはずだった、その囁きに答える者がいた。
「それはまだ困るよ。まだ…いいえ、もう少しで色々と終わりそうなのよ」
薄暗い部屋の、さらに陰になっていた闇から、血のように真っ赤なフードで顔を隠した女が姿を見せた。
リトルレッド…そう呼ばれ、帝国から追われる身となった女だった。
「そんなの私に関係あるのかな?ないよね?この場所が気持ち悪いなって私は言ってるんだよ?言ってるよね?」
「…仮にここが今この瞬間消えてなくなっても…あなたのその胸の不快感が消えることは無いでしょうに。そうでしょう?リフィル・フランネル」
「何わかったようなこと言ってるの?不快なんだけど?」
風も通っていないというのにリフィルの不思議な色の髪がわずかに揺れる。
しばし無言のまま、二人の視線がぶつかり合う。
いや、この二人の視線は見つめ合っていたとしても決して混ざり合うことは無い…それは本人たちが理解している。
「はぁ…こうしていても話は進まないわ。ここに来たという事は私の…私たちの話を信じてくれる気になったという事でいいのかしら?」
「良くないよ。私は人を信じたりしないもん。ただ…使えそうかなとは思っただけ」
「理由はどうでもいい。あなたがこちらに来てくれる気があるというのならそれで」
「うるさい言い方だね。…それで?あなたは私に何をさせたいの?何をしてほしいのかな?」
小さく…正面にいるリフィルも気がつかないほど、小さくリトルレッドが唾を飲み込む音がした。
「何もしないでほしい」
「…どういう事かな?かな?」
「正確にはこれから渡すリストを見て…そこに書いてある順番に各地を回ってほしい。何もしなくていいし、暴れたり目立つことしないのなら何をしてもいい」
「旅行でもしろって言うの?馬鹿にしてる?してるのかな?してるよね?」
リフィルは以前、リトルレッドに「とある条件」と引き換えに協力を持ち掛けられた。
本来人との取引に応じることなど決してないが、様々な要因と…なによりリフィル本人の意志で協力を決めた。
そうしてわざわざ出向いてみれば旅行をしろと突き付けられた。
リフィルの中でそもそも存在していないが他の人間よりはわずかにあったリトルレッドの存在価値が急速に減っていく。
「そう。ああいえ、馬鹿にしているという部分は違う。私が言いたいのはあなたの邪神としての力を私たちがやることの邪魔にならないようにしてほしいという事なの」
「…」
「あなたのその能力はいつ影響を及ぼすのかわからない。計算できない不測の事態…だというのにそれは致命的な崩壊をもたらすから…失敗するわけにはいかないの私は。だから何が起こっても私たちの計画に必要のない場所で時が来るまで大人しくしていて…まさか私たちと行動するつもりがあったつもりでもないでしょう?」
最後の挑発するような言葉はわずかに震えるように聞き取れた。
「やっぱり私を馬鹿にしてるよね。ここで全部台無しにしてあげてもいいんだよ?」
「…リフィル・フランネル。あなたたぶんここに来る決心をする前に私の事を母親にでも聞いているでしょう?ならその行為が無駄に終わることも分かるはずよね。…こうしてあなたを引き入れ話をしているのは、それでもあなたが私たちに牙を剝けばまた最初からやり直しになってしまうから。手間が増える、それだけよ…それでもやるの?」
「それであなたが嫌な顔をしてくれるのなら私はやるよ?やらないと思う?」
「…そんなんで本当にあなた自身の「目的」が達成できると思うの?リフィル・フランネル」
再び混じり合わない視線が交差する。
それはにらみ合いではなく、一種の会話だ。
数秒にも満たない時間を視線を通じて二人は会話をしていた。
そして…。
「いいよ。あなたの遊びに付き合ってあげる。でも全部嘘だったら…私は何をもってしてもあなたに素敵な地獄を見せてあげる。本気だよ?本気なんだよ?」
「地獄…それが何かは知らないけれど、私は嘘はつかない。協力してくれるのならあなたが望むものを絶対に用意する…それこそ神に誓ってもいいわ」
その後、二人は会話を交わすことは無く、リフィルはリストを受け取ると姿を消してしまった。
一人残されたリトルレッドは崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込み…その脚は小刻みに震えていた。
「…一番の不確定要素は…これで排除が出来た…はず。もう少し…もう少しで…」
「大丈夫かい、リトルレッド」
いつの間にかやけに人間味の薄い男がリトルレッドの傍らに立ち、その肩を安心させるようにそっと抱いていた。
「…ええ、大丈夫です。お見苦しいところをお見せしました」
「いやそんなことは無いよ。怖かったろうに…やっぱり私が話したほうがよかった」
「これは…私がする事ですから。あなたに万一のことがあってもいけませんでしたし…なによりすべてうまくいきました。ここから…最後の準備に取り掛かりましょう」
「…うん、そうだね。そう言えば先ほど帝国にあるあの組織…アラクネスートだったかな?そこの「協力者」の彼女から連絡があったよ」
「そう…ですか…いろいろと動いてきた…やれることはやった…あとは…待っていなさいスノーホワイト。あなたなんて私にできる事なんて何もないんだって…見せつけてやる」
────────
人気のない広々とした原っぱの中心で一人佇むアトラの腕から奇妙な見た目の鳥が羽ばたいていく。
その行き先はどこなのか…それを言うまではなく──
「連絡完了~っとぉ~…さて~私に何か用ですかぁ~?」
鳥の進む先には目もくれず、アトラは大きな丸眼鏡の奥の視線を一本の大きな木に向けた。
性格にはその裏にいる人物だが。
「さすがに勘が鋭いね。まぁ気配を消すなんて私には出来ないからそこまで凄い事でもないのかな?」
姿を現したのは背の高い女性だった。
ふわふわとしたピンク色の髪に黒と紫のメッシュが印象的なその姿は世界的に見ても有名人ののそれだ。
「アマリリス・フランネルさん。こうして二人きりで話すのは初めてですねぇ~…まぁ特段二人で話すことなんてないので当たり前なのですがぁ~…その用事が出来てしまったのですかねぇ~?」
「まぁそうなるのかな?ちょっと聞きたいことがあってね」
「私はあなたに話したいことなんてないですよぉ?」
ピリッと空気が張り詰めた。
アトラから「殺気」と呼ばれるものが放たれたのだ。
だがそれをアマリリスは涼しげな顔で受け流す。
「別に何か悪い事をしようって言うんじゃないよ。本当に聞きたいことがあるだけ…それにしても凄いね。あまり戦いに興味のない私でもそれが殺気なんだってわかるもの…さすがは悪い意味で名の知れた…知れていた傭兵の一人娘ってことかな?アトレリカ・レヴァグレイヴさん?」
瞬間、ガシャンと無機質な音が鳴ると共にアマリリスが立っていた場所に巨大な剣が突き立てられ大穴を開けた。
「ちょうどよかったですぅ~むしゃくしゃしてて発散したいと思っていたのですよぅ~。人さまの過去を詮索するのならぁ~殺されても文句はないってことですよねぇ?」
「文句しかないから抵抗させてもらうよ」
大剣が突き立てられた瞬間、数歩引いていたアマリリスがその手に古ぼけた本を持ち、ひとりでにページがめくられていく。
これから起こるであろう争いに、周囲の木々が逃げるようにざわざわと揺らめいていた。
ぷっつんアトラさん




