一歩の選択
明日はお休みです。
次回少々間が開いてしまうかもしれません。
火曜日までには投稿しますのでよろしくお願いします。
赤いフードの人について何もわからないという結論が出たところで一息。
用意された冷たい水を口にすると、ずっと喋りっぱなしだったから当然なのだけど喉がかなり乾いていたらしく、ほぼ無意識で一気に飲み干してしまった。
少し火照っていた身体が冷やされて気持ちがいい…。
「さて…ところでユキノ」
「あ、はい」
そうやって気が緩む瞬間をもしかして待たれていたのだろうか?不意に皇帝さんが私に声をかけて反射的に間抜けな返事を返してしまう。
「お前…我に隠していることは無いか?」
「…え?」
いきなり全身が重くなったように感じた。
空気に上から押さえつけらているとでも言えばいいのだろうか…とにかく身体が重い。
何とか動かせる瞳だけ動かして皇帝さんを見ると、感情の読めない無表情の皇帝さんが私を静かに見つめていた。
「聞こえなかったか?我に何か隠していることは無いかと聞いているんだが?」
「な、なんの…」
どうやら私は今、なにかを探られているらしい。
この状況を俯瞰して誰かが見たら、何気ない雑談をしているだけに見えるのかもしれない。
だけど見えないところでは私は皇帝さんに…そう、まさに見えない刃を喉元に突き付けられている。
比喩ではあるけれど間違っていないだろう。
なに…?私は今何を問われているのだろうか。
皇帝さんに隠している事…ぱっと思いつくのはアリスの…アラクネスートの事だ。
もうずいぶんと前の出来事に思えるけれど、私はアリスの事についていろいろと知ってしまっている。
それをどうするのかと悩んでいる間に誘拐騒動が起きて、いまだにうまく消化できていない状態なのを思い出した。
ただもしそれを問われているというのなら…一体どうすればいいのだろう?
一応私がアラクネスートに関わっていることはアリスと…あとアマリリスさんが誤魔化してくれることになっていたはずだ。
だとすればここではまだ何も言わないほうがいい…のかな?
なんとかネフィリミーネさんに助けを求めたいけれど、視線を逸らすことが出来ないし何か助け舟を出してくれるような気配もない。
どうすれば…。
「どうした?何もないのか?」
「い、いきなり…聞かれてもその…」
「…お前も腹芸が下手だな。その答え方だと我に話せないことがあると言っているような物じゃないか?なぁ?」
「…」
私にかけられている圧力がその重さを増して、背筋を冷たいものが滑り落ちる。
どうすれば…。
「まぁそりゃあ人には言えんことの一つや二つはあるか?ならヒントをやろうか?お前…あのフードの女についてなにか黙っていることは無いかと聞いているんだ」
「あ、え…?」
少しだけ…本当に少しだけ放心してしまった。
なんだそっちの事か…とアリスの事を私が勝手に話してしまうようなことにならなくて安心して…そしてすぐにまた全身が固まった。
なぜなら状況は何も変わっていないから。
だって私は確かにあのフードの人の事で隠していることがあって…そしてそれは「顔がナナちゃんだった」という話だから。
それは…こう言っては何だけど私にとってアリスのこと以上に口を重くする話だった。
「何回問わせるつもりだ?なにか黙っていることはあるのか、無いのか…どっちなんだ?「はい」か「いいえ」を答えるだけだぞ?子供だって答えることのできる問いだ。何を黙っている?」
「…あ、その…っ」
皇帝さんの射貫くような視線が痛い。
選択肢は二つ…話すか誤魔化すか。
ただ…ここまで間を開けてしまった今、どう言い訳しても何かを隠しているという事は知られてしまうのだろう。
でも…もしあのフードの人がナナちゃんとなにか関係があるかもしれないとなれば…何か良くない事が起こるかもしれない。
私はナナちゃんを危険な目には合わせたくない。
あの子は私が守らないといけないのだから。
だから…。
「私は…何も…」
口を開いた瞬間、一瞬だけ右腕が疼いた。
落ち着け…そうだ落ち着け…それじゃあダメなんだって私は知ったはずだ。
守るだけじゃダメなんだって…。
一緒に居るためには一緒に頑張らないとダメなんだって。
ナナちゃんと二人でいろんなところに行こうって…なら私がすることは…。
「私…見ました」
「…何を」
「あの人の…フードの奥の…素顔を」
「それで?」
「…っ…ナナちゃんと…そっくりでした」
「そうか」
言って気がついたけれど皇帝さんはナナちゃんの事を知っているのだろうか。
面識はないはず。
でもそれ以上皇帝さんは何も言わず…私にかけられていた圧力は消えてなくなった。
「っは…!はぁ…はぁ…」
まるで今まで呼吸を止めていたかのように新鮮な空気を身体が求めた。
肺が痛いほどに過剰に呼吸が行われる。
話してしまった…だけどこれが一番いいって考えて思った。
もし…あのフードの人がナナちゃんに関係がある人なら…以前のように何かにナナちゃんが巻き込まれるかもしれない。
そしてもしそうなったのなら…私はあの子を守り切ることは出来ない。
あのフードの人にスノーホワイトの力は通用しなかった。
つまり私ではおそらくあの人が敵だった場合に対処なんてできない…そしてここで隠し事をして皇帝さんを裏切った場合も…私は皇帝さんに対して勝てるものなんてない。
力も権力も…ひとたび敵になられたら一方的に蹂躙されて終わるだけ。
なら私はナナちゃんを守るために…情報を共有することを選んだ。
それが正しいのかは分からない…でも私一人でできる事なんてたぶん少ししかないから…ナナちゃんと二人で私たちの夢を叶えるためには独りよがりはダメだって…そう思ったから。
「ユキノ」
「はい…」
「良く話した。安心しろ、お前はきっと…正しい選択をしたさ」
「…」
「脅して悪かったな。ひとまずお前は…戻れ。あとでどうなるのかはネフィリミーネを通じて伝える。悪いようにはしない、我を信用しろ」
「…はい」
促されるままに会議室を後にする。
ずっと頭の中ではさっきの私の選択がぐるぐると回り続けていて…。
「どちらにしろきっと…私が何も言わなくても皇帝さんは気づいた…だからこれがよかったはず…」
言葉に出して間違ってないと自分に言い聞かせる。
今は…一度戻ろう。
もしこれが悪い結果を引き起こしたのなら…それこそ死ぬ気で私が戦えばいいだけなのだから。
うん…そう、それだけ。
でも…いまはとにかくナナちゃんに会いたい。
変化の兆しを見せる心境。




