銀と赤
「…」
「…」
沈黙。
部屋の隅で膝を抱えて丸まっているナナシノ・カカナツラさんは自己紹介を終えた後、ひたすら沈黙していた。
私も一応自己紹介をしてみたけれど、それに対する反応はなく…じゃあそういうことで!というわけにもいかず私も立ち尽くしたまま…数分が経っている。
でもそろそろさすがに沈黙が痛すぎて耐えられなくなってきたよ…どうしよう…。
「あ、えっと、ちょっと家の間取りとか…見てみようか、な?えっと…ナナシノちゃん…さん?はもう見た?」
「いえ…興味ないですから」
「あ、そ、そう…?」
「はい」
「…」
「…」
「お、おいくつですか!?」
「…17だったような気がします」
同い年だ…じゃあ「さん」付けは仰々しくなっちゃうかな…?
でも初対面の人だし…村には同年代の子もいたけれど会話しなかったからどうすればいいのかわかんない…。
でも話しかけたらちゃんと答えてくれるし悪い人…じゃないよね?
「じ、じゃあちょっと中見てくるね!」
「はい」
逃げるように部屋を後にして深呼吸。
もう本当に頭が痛い…私の身に一体何が起ころうとしているのか…。
「はぁ…とりあえず見て回ろう…」
とは言ったものの、入り口から廊下が伸びていて、部屋はさっきの場所ともう数個しかないみたいで…それらの一つの中を覗いてみるとキッチンのようだった。
私は詳しくないのだけれど、最近帝国で発明された中に入れた食材を冷やしたまま保存できる箱型の魔道具とか、上のレバーみたいなやつを捻ることで綺麗な水を放出させる魔道具が完備されていて広さはそこそこながらもやはり凄い家だと戦慄する。
「や、やっぱ何かの間違いだよね…?私がこんなところに住むなんて…ナナシノちゃんにもう一度話を聞いてみたほうがいい…よね?」
わずか数分で探索を切り上げ、ナナシノちゃんが丸まっている部屋に戻る。
やっぱり丸まっていたので、向かい合う?ように前に座るとなんだか不思議な香りがした。
これ…ナナシノちゃんの匂いなのかな?なんだかとっても…いい匂いというか…好きな香りというか…。
「…なにか?」
「はっ!?ごごごごご、ごめん!ちょっとお話いいかな…?」
「…どうぞ」
髪の隙間から覗く銀色の瞳が私を見る。
本当に髪が凄い事になっていて顔がの中心部分と口の端っこの辺りしか見えてないから表情はもちろんどういう顔立ちなのかもいまいちわからない。
正直怖いけれど、ちゃんと話をしてくれようとはしているから怖い人じゃない…大丈夫…だよね?
「えっと…私その…突然ここに住めって言われて…」
「はい」
「それで入ってみたらナナシノちゃんがいたって事なんだけど…どういうことなのかわかる…?何かの手違いとか…」
「いえ。おそらく間違ってはいないかと…私はリフィルさんにここまで連れてこられて、そこで人と一緒に住めと言われましたから…その人が私を必要としていると」
必要…?私がナナシノちゃんを?今日初めて会ったのに?…どういう事なんだろう…?
そもそもの話、私は人と同じ場所で寝泊まりなんてしたくない。
アマリリスさんの所では不可抗力だったけれど…他人と同じ屋根の下で暮らすなんて絶対に無理だ。
「…嫌そうな顔をしていますね」
「あ、えっと…その」
嫌なわけじゃない。
無理なんだ。
人が近くにいると…殺したいと思ってしまうから。
少しくらいならいい…耐えられる。
でもずっと一緒に住むなんて何が起こるか…何をしてしまうか分からない。
いつまでもいつまでも私は自分の中の衝動を抑えることは出来ないから…。
「あなたは私が必要なのではないのですか」
銀色の瞳が探るように上下左右に動く。
なんだか宝石みたいで綺麗だな…と思った。
「その…必要だとか言われてもよく分からないよ…初めて会ったんだし」
「あなたは私の事を知らないという事ですか」
「え?う、うん…」
「なるほど。でもだという事はやっぱりあなたはおそらく私の事を必要とするのでしょう…ということです」
確信したようにナナシノちゃんは言い切った。
「どうして…?」
「私たちをここに連れて来たのはリフィルさんです。あの人は私が何なのか知っている…そしてここにあなたを呼び寄せた。それ以上の理由が必要ですか?」
確かにそうだ。
ナナシノちゃんもリフィルさんが連れて来たのなら、何か理由があるのは間違いない。
だけどあの人は…私の方の事情を知っているのだろうか?
でも話を聞いているとナナシノちゃんは私にとって必要な人…という事になるらしい。
私にとってと言っているのなら…やはり私側の事情を知っていて、それでも一緒に住めと言うのだろうか?
「…やっぱりだめだよ。私は…人とは一緒に暮らせない」
それが結論。
私は…人を殺したくなんてない。
こうして少しの間だけど面と向かって会話した人を殺すなんて絶対に嫌だ。
だから…。
「…そう言う事なら私は出て行きます。もとより私に…まともな家なんて過ぎた物ですから」
「え…?い、いや!私の事情だからナナシノちゃんはここに居て!私が出て行くから」
ナナシノちゃんがいつからここに居るのかは知らないけれど、後から来たのは私だ。
ならば私が出て行くのが普通でしょう。
「いえ…大丈夫です。人さまを追い出してまで…私みたいな化け物がのうのうと過ごすわけにはいきませんから」
「ばけもの…?」
私の疑問の声を無視するようにナナシノちゃんは立ち上がる。
さっきは大慌てで分からなかったけれど髪が長すぎて地面に引きずってしまっている。
一度も切ったことないのでは…?と思うほどだ。
ってそんな事を言っている間にもナナシノちゃんは部屋の外に出て行こうとして…。
「まっ待って!」
慌てて引き留めようと手を掴んだらナナシノちゃんの髪を踏んでしまってずるりと滑ってしまい、もつれ込んでしまった結果、ナナシノちゃんを押し倒すような体勢になってしまった。
「…」
「…」
倒れた拍子にナナシノちゃんの髪が流れて…そこでようやくナナシノちゃんの素顔を見ることが出来た。
汚れ一つない…色素を感じさせないほどに真っ白な肌。
そして…今まで見えていた右目は銀色だったけれど…隠れていた左目は血の様に赤かった。
「きれい…あっ!」
思わず心の声が漏れてしまった。
恥ずかしすぎる…!!!
「あの…どいていただけますか」
「あ、ごめん!」
そうだよ!いつまで押し倒したままでいるんだ私は!
ナナシノちゃんからとにかく離れなくてはと飛びのいた。
するとナナシノちゃんはムクリと起き上がり、流れた髪を元に戻してしまった。
せっかく綺麗な顔なのに勿体ないな…。
というかさっき掴んだナナシノちゃんの腕…細すぎたよね…?ちゃんとご飯食べているのだろうか。
あまりにも痩せづぎているように思う。
「…あの…ユキノさんでしたっけ」
「そ、そうです。ユキノです…」
「私はあなたを追い出してまでこの家に住み着く気はありません。ですのであなたは普通に使って頂いて大丈夫です」
「い、いや!どこか行く当てはあるの…?」
「私に居場所なんてないので。どこか目立たない場所でひっそりと寝ます」
「いや!ダメだよそんなの!」
ただでさえ痩せているのに…変なところで寝たりしたら絶対にまずい事になる。
何とかして引き留めないと…あぁでもダメだ…本格的に頭が働かなくなってきた。
疲れすぎて…眠気が限界に近い。
「…眠そうですね。わざわざ二段ベッドを用意してもらっているので眠ってはどうですか」
「で、でも…ふぁ…」
「…わかりました。とりあえず今日はお互いに保留にしましょう。いったん眠って朝になったら…もう一度話し合うのはどうですか。実は私もそろそろ眠いので」
「う、うん…そういうことなら…」
もうそれしかない…ほんとに限界だから。
これだけ眠いんだ。
流石に私もこの状態でナナシノちゃんに手を出すなんてマネはしないはずだから。
「ベッド、どっち使う?ナナシノちゃんが決めていいよ」
「…では上をどうぞ」
「うん…おやすみナナシノちゃん」
二段ベッドの梯子を上り、寝転がる。
アマリリスさんのところにあったものに比べれば劣るけれど、こっちもふわふわで気持ちがいい。
安らかな眠りに落ちる瞬間、少しだけ下を見た。
ナナシノちゃんは…何故かベッドには入らずに隅っこの方で床に寝転がり丸まっていた。
何か声をかけたほうがいいと思いつつも…限界を迎えていた私の意識は眠りの中に消えて行った。
────────
月が昇り、人々が寝静まった深夜。
ユキノとナナシノが眠る家の前に虚ろな目をした男が立っていた。
「ブツブツ…襲う…ブツブツ…家にいる…女…ブツブツ…神の…命令…ブツブツ…」
何かをひたすら呟きながら男は家の扉に手をかける。
当然開きはしないはずだが、男は何故か持っていた家の鍵で開錠し、家に侵入したのだった。
その手に鈍い光を放つ包丁を手にして。




