決まっていた結末
会話しているだけの回です。
未だ目まぐるしく地形が変わっていく島で皇帝から逃げおおせたリトルレッドと教主が物陰で立ち止まり、身を潜めた。
「教主様、この辺りで転移を」
「うん。いやはやいつもすまないね。この身体はキミの協力がなければ転移の魔法を弾いてしまうから」
「いえ、お互い様なので」
リトルレッドが地面に白い塗料で幾何学模様を描いていく。
地面は凍り付いているが問題はないらしく、追手が来る前にと黙々と転移の準備を進めていた。
手持無沙汰の教主はなんとなく周囲を眺める。
青く晴れ渡る空…それに逆らうように凍り付き、雪に覆われてひび割れていく大地。
もしこの光景が絵画の類だったのなら、美しい芸術として評価されたのかもしれない。
「しかし実際に身に起こっている側としてはたまったものではないね」
「何か言いましたか?」
「あぁすまない。独り言だよ…気にしないでおくれ」
空と大地で乖離した世界…おおよそ現実味が感じられず、作り物の世界のように見えるが確かにそれは現実のもので…そうなると正常な人間ならばまずは恐怖を覚えるだろう。
今その光景を眺める教主が正常なのかと言えば…それは──。
「ふぅ。考えるだけ無駄だね。それに…こうも死体があちこちに転がっていては情緒も何もあったものじゃない」
凍り付く大地に白い雪…それだけならば確かに幻想的だと言えたかもしれない。
しかしその景観を少しでも汚さんとばかりに周囲には無数の死体が転がっていた。
あるものは雪に埋もれ一部が飛び出し、またあるものは原型がわからぬほどにぐちゃぐちゃに。
その大半が白骨死体ではあったが、肉が残っているものも見受けられる。
「ふむ…なかなか大事になってしまったね。「表向き」の計画通りであればこの場で死ぬはずだったのは帝国の姫一人だけだったはずなんだけどねぇ」
「あらかじめ伝えておいた通り、この計画はそもそもが成功するはずの無かったものですから」
教主はリトルレッドの邪魔をしてはいけないと思っていたが、思いのほか独り言を拾ってくるのでもしかしてリトルレッドも黙々と作業するよりは話したいのだろうか?と思い、教主はならばと会話を続けることにした。
「なら今回これだけの数の犠牲が出るのも全てキミの言う「運命」通りだったのかい?」
「…いえ。正直今回の件で私の知っている通りの出来事なんてほとんど起きてはいません。リコリス・フランネルがこの場に直接来るなんて思いませんでしたし、なにより…」
「スノーホワイトかい?」
途中で言葉を区切り、その先を言葉にしたくなさそうだったリトルレッドから引き継ぎ教主がその名前を口にした。
「…はい。まさか彼女がいるなんて思いもしなかった…いえ違いますね。思いたくなかった」
「ということは彼女はキミの想定外の存在で…つまりはそのせいで「運命」が狂ったと?」
「いえ、むしろ私はより確信しました…決して運命は変わらないのだと」
「その心は?」
「確かに今回の計画では多数の大きなイレギュラーが起こりました。対応もできずこうして逃げる事しかできなかった。ですがやはり結果は変わりませんでした。アリス・フォルレントは皇帝により救出され、私たちは無事にこれを手に入れることが出来た」
リトルレッドは地面に幾何学模様を描く手を止めずにもう片方の手で古びた手帳のようなものを取り出して見せた。
それはアリスが懐に隠し持っていた手帳だった。
「ふむ…たしかしそう言われれば過程は違うが結果はキミが言っていた通りで変わっていないか。中々いこじなものだね運命という奴は」
「…だからこそ私は──」
「その先は口にしなくてもいいよ。キミはキミの目的を果たし、私は人を越え神へと至る。それに変わりはないのだろう?」
「ええ、そうですね…っと終わりました教主様」
「うんお疲れ様。それじゃあ行こうか…おや?」
リトルレッドの元に戻ろうとした教主だったが、何かに足首を掴まれているような感覚を覚え、足元を見た。
そこには比較的、人としての形の残った白骨死体がいて、その手が教主の足首を掴むようにしていたのだ。
その骨にはまだところどころ溶けかけた肉がこびりついており、冷たさのせいかそこまで異臭はさせていないものの、生理的嫌悪感を覚えさせるには充分な代物だった。
「ふむ…どう思う?リトルレッド」
「なにがですか?…あぁ、おそらくリコリス・フランネルの犠牲者ですね。彼女の能力はすでに解除されているようですが、確かあの力に晒されたものはその状態でも少しの間は生きているようですよ」
「なるほど?という事は彼女はまだ生きているという事か」
「彼女?その骨が誰なのか判断できているのですか?」
「うん。ほら」
教主が骨の右腕の二の腕の辺りを指差した。
そこにはいわゆる手や指に当たる部分が失われていたが…二の腕の下の辺りに金具のようなものが装着されていた。
「なるほど…彼女ですか」
「たぶんね」
二人が気づいた骨の正体。
それは今回の「計画」の実行を任されてアリスを攫い監禁していた女だった。
その代償とばかりに肉を溶かされ、人としての形をはく奪され…それでも死ねず、地形の変化に流され、たまたまそこにたどり着いた彼女は「自らに指示を出していた」教主に救いを求めたのだ。
(教主様ぁぁぁあああ…たすけてくださいぃぃい…くるしいのです…つらいぃぃいい…おねがい…たすけてぇぇぇえええ!)
「そんな姿になって可哀想に…キミはとてもよくやってくれたよ。今回の件、大変な役割をよくこなしてくれたと心から思うよ」
身をかがめ、そっと優しい手つきで教主が骨を撫でる。
(あぁあああ、ありがとうございますぅぅすすす…どうかごじひをぉぉぉぉおお…)
「あぁ…本当に心惜しいよ。私はいまだ万人を救済できる「神」には至れていないから…尽くしてくれた部下一人を救うことすら出来はしない。この身が何もできない人のままである不徳をどうか許してくれ」
そっと手首をつかむ骨の腕を外し…それを最後に教主は女にふりかえることは無かった。
(あぁぁあああああああああせめてぇぇぇええせめてごじひをぉぉぉおおおお…この苦しみをおわらせてぇえええええええええ)
「…よろしいのですか?教主様」
「ん?なにがだい?」
「…いえ。帰りましょう」
「ああ、何か美味しいものでも食べたいね。ところで彼女は脳もないのにどうやって思考しているんだろうか?思えば身体が動いているというのも変な話だよね」
「さぁ…」
「ま、それが神のなせる御業という物か。いやはや実に素晴らしいね、うん」
仲良く手を繋ぎ、リトルレッドと教主はどこかに転移をした。
こうして一連の事件は様々な謎を残したまま終結し、その場所は解けない氷に覆われた地となったのだった。




