撤退
明日はお休みです。
次回は月曜日か火曜日に更新します。
「っ!」
ナナちゃんと同じ顔をしたフードの人が私を突き飛ばしてフードを被りなおした。
よっぽど顔を見られたくなかったのだろうか…。
そして見られたくないという事はナナちゃんと同じ顔をしている事に何か理由があるという事のはずで…それが私がいつか嫌でも知るもの。
「誰なの、あなた…ナナちゃん…じゃあないよね」
「…」
フードの人は何も言わず唇をかみしめている。
全く同じ顔だけど…でも直感で私の知っているナナちゃんではないと思った。
私のナナちゃんは例えるならそう…何も知らない子供のような感じだけど、逆にフードの人は知らなくていいことまで知っている、知ってしまっているかのようなそんな感じだ。
まるで先ほどまでまで私が話していた私と同じ顔をした誰かの様に。
私はこの人について知らなければいけない。
いつか知るはず、ではなくて自分で知らないと何か取り返しのつかないことが起こる気がする。
だから──
「あなたは…」
なんとか声を絞り出そうとしたその瞬間、誰かがフードの人を巻き込んで転がっていった。
「いっ…」
「いや…すまないねリトルレッド。やはり今の私では少々厳しいようだ」
「教主様!ご無事ですか?!」
「まぁなんとかね」
飛んできた人はどうやら皇帝さんと戦っていた妙に人間味の感じられない男の人だったみたいだ。
フードの人が心配そうにその身体をさすっている。
「おいおいおい、どういう事なんだお前?」
戦っていたというのに傷は愚かその身体に汚れすらついていない皇帝さんが眉間に皺を寄せて歩いてくる。
「あのバカ人形の関係者かと思えば…てめぇ…もっと馬鹿のクソアマの関係者みてぇだなおい」
皇帝さんの口がびっくりするほど悪い。
機嫌が悪い…というよりは何かに対してとても怒っているような印象だ。
そしてその視線は…あの人間味のない男の人に向けられていた。
「皇帝…あなたが誰の事を言っているのかは知る由もないが…私は誰の関係者でもないよ。私自身が関係される側だからね」
「舐めた事言ってんじゃねぇ。じゃあてめぇのその身体の説明をどうつける?」
「ふふ…どうもこうもないよ。ただこれが私にとって最適な身体と言うだけの話さ」
フードの女に肩を借りて人間味の無い男が立ち上がった。
ローブのようなもので身体を隠していたけれど、皇帝さんとの戦いの際にダメージを負ったようで一部が破れていた。
そしてその中に覗いていた男の素肌は…とても人の肌のようには見えなかった。
つるっとしているというか…作り物のようだ。
まるでそう…人形のような。
「我の剣は敵対する者全てを切り捨てる必滅の剣だ。なのにお前の身体はその一撃を受けてもそこまでダメージが通っていない。超常の力を無に帰す人形の身体…どこかで聞いた話だなぁおい!」
皇帝さんが怒鳴ったのとほぼ同時だった。
突然、赤黒く染まっていた空が元の姿を取り戻したのだ。
一面に青が広がった見慣れた空…そして地面を覆っていた気味の悪い植物もいつの間にか消えていて…それに誰もが気を取られていた時、フードの人の声が聞こえた。
「教主様!ここは退きましょう!どうやらあの者たちも失敗したようですし」
「…そうだね。ここでやれることはキミも私も全て済んだみたいだ。頼めるかい?リトルレッド」
「はい…一か八か…!」
リトルレッドと呼ばれたフードの女が何故か身をかがめて地面に触れた。
「ちっ!何をするつもりかは知らんが逃がすものか!おいお前たち!」
皇帝さんの呼びかけに答えて今までどこに隠れていたのかフードの女達を囲むようにして帝国の騎士達が姿を見せた。
「それでも…まだ私の運命は続くのよ!ホワイトリバース・リトルレッド!」
キィィンと耳を鳴らす音が聞こえた。
次に訪れたのは静寂。
何かが起こった…と言うのは明らかに変わった空気でわかる。
だというのにただただ沈黙が続いている。
でもそれは唐突に起こった。
リトルレッドが触れている場所を中心に地面が凍り付き始めた。
霜に覆われるなんてレベルじゃなくて文字通り凍り付いていく。
されには空は晴れ渡っているのに、なぜか降ってもいない雪が降り積もり、自然に溢れていると言ってもよかったこの場所すべてが氷の閉ざされた場所に変わっていく。
だが異変はそれでは終わらなかった。
凍り付いた大地は次第にひび割れていき、ある場所は盛り上がり、またある場所は沈んで行く
そう、地形が変わっていくのだ。
「っ!皇帝さん!こっちに!」
「お前…ユキノか?」
ユキノでなければ誰だと言うんだという言葉を飲み込み、私はとっさに動いた。
とにかく危ないとスノーホワイトを展開して地面を殴りつける。
これが魔法のようなものによって起こっている現象ならスノーホワイトで止められるはず!
そう思っていたのになにも変わらなかった。
いや、私を中心にして異変は治まっているように見えるがすでに凍り付き雪に覆われた部分に変化が見られない。
つまりは…この氷も雪も現実のものという事だ。
「っ…!ヘンゼル!」
とにかくこの異変をどうにかしないとと炎の力を解放し、氷を溶かそうと試みる。
鉄をも溶かす高温…なのに凍り付いた大地はその表面すら解けない。
雪は解けるのだけどそれだけ…何故か私の…スノーホワイトの力はこの現象に対してあまりにも無力だ。
「いやユキノそのままでいい。お前がそうしている限りはこの場所はこれ以上おかしなことにはならないみたいだ…アリスの奴もネフィリミーネが一緒だからこの状況でも無事なはず。ただあいつらには逃げられるか」
皇帝さんの視線の先で、リトルレッドと男が逃げていくのが見えた。
変化した地形をうまく利用して男がリトルレッドを抱えたまま騎士の包囲網を突破して逃げていく。
すでに二人にはかなりの距離を取られており、今だに変化を続けている地面の中、追跡はかなり困難に思えた。
でもそんな中で一人の騎士の人が飛び出していくのが見えた。
「に、逃がすかぁ!お、俺はここで…やってやるんだ!」
そんなことを言いながら私と同年代くらいだろうか…?若そうな騎士が偶然近くにいたのか二人の進路を塞ぐように飛び込んだ。
「馬鹿野郎!勝手な事をするな!そこから逃げろ!」
「う、うおおおおおおお!!!」
皇帝さんが叫んだけれど聞こえていないのか、ハイになっているのか若い騎士は雄たけびを上げて二人に迫る。
「邪魔をしないで。【ホワイトリバース・リトルレッド】」
そしてすれ違いざまにリトルレッドが騎士にその手でそっと触れた。
ただそれだけなのに、まるで光の糸に解けるようにして騎士が消えていなくなってしまったのだ。
人が…あまりにも呆気なく消されてしまった。
地形を、環境を変えて人を消滅させる力。
ナナちゃんと同じ顔をしたその人はあまりにも常軌を逸した力を持っている。
それを見せつけられて…もう何が何だかわからなくなってしまった。
私を取り囲む様々な「わからない」…これらに答えが出る時は来るのだろうか。
ただ一つ分かることは…今は無性に私のナナちゃんに会いたかった。
魔法の言葉、ホワイトリバース・リトルレッド。
今回消された騎士くんはなんやかんやで許されていた例の失言騎士くんです。




