包囲網
次回は明日か明後日に投稿します。
「ひぃ~相変わらずおっかねぇ婆さんだ。人の話も聞かずに飛び出してヤンチャしやがる」
か細く呼吸を繰り返すアリスを抱えて、ネフィリミーネは皇帝が猛威を振るう戦場を離れた場所から見て呟いた。
状況を見るなり、アリスを託して走り出していったその姿にわずかに呆れを抱きながらも仕方がないかとため息を吐く。
「もう少し頑張れよ小リス。今お前のかーちゃんが露払いをしてくれてる。下手にこの状況で動くよりは安全だ。…そうやって行動できるぐらいなら最初から優しくしてやればいいのにな。何百年と生きてるクソババアは頭が鉱石レベルで頑なになっちまっていけねぇよ」
苦笑いを漏らしながら、ネフィリミーネは巻き込まれないようにと注意を払いながら皇帝たちから少しだけ距離を取り、周囲を警戒する。
託されたからには守ららなければならない。
「それが可愛い子ならなおさらってな。と言うわけでずっと眺めてないで出てくるなら出てこいよ」
「ちっ…」
物陰から舌打ちと共に現れたのは眼帯をした女だった。
アリスを攫い、この事件の発端となった人物だ。
「いやはやそちらさんも災難だねぇ。どこまで織り込み済みかは知らんけど大変な事になっちまって」
「…お前…どこかで見たことがある顔ね」
「お?もしかしてナンパか?まぁ俺様くらいかっこいいともなるとそりゃあ放っておかんわな」
「ふざけるんじゃないよ…そうだ、思い出したぞ。国際指名手配犯の「大物」じゃないか」
ネフィリミーネはとぼけるように肩をすくめて笑った。
だがしかし言葉に出したことで女の中の記憶は鮮明となり…間違いがないと確信を持たせる。
「どうしてお前みたいなのがここに…いや、そう言う事か。実態がなかなかつかめなかったアラクネスートとか言う組織…その元締めがお前ってわけか。どうりで…」
「ギャハハハハハ!独りで納得してるとこ悪いがそりゃあ間違いだ。俺様は確かにアラクネスートの構成員ではあるが…ボスは別人だ」
「国をまたいで指名手配されてる奴より大物がいるって言うの?」
「いるじゃねぇか。とんでもない大物が」
女はネフィリミーネの腕の中で眠るアリスに少しだけ視線を向けた。
確かにアリスは先ほど女との会話の中で謎に包まれているはずのアラクネスートについて何かを知っているようだった。
だが…女はどうしても信じることが出来ない。
帝国の姫が、その帝国に巣食う犯罪組織の関係者だとは思えなかった。
当然ながら国と犯罪組織の癒着という点ではよくある話と言える。
しかしそれが一国の姫が自国を脅かしている組織のリーダーなどとだれが考えるだろうか。
「まぁ信じなくてもいいぜ。どうせお前色々と小リスから聞き出してるだろ?悪いんだけど、そうなった以上はもうどうやっても生かして帰せんのだわ」
「はっ!聞き出したとは言うけどねぇ…聞いてもない事をぺらぺらと喋り出したのはそのバカな小娘だよ!」
「だろうな。なんつーかさ、みんなやっぱ小リスが可愛いのよ。人に好かれる才能があるっての?とにかくこいつに関わるやつはみんな過保護になっちまう」
「なにを…」
「だからさ、みんな口を酸っぱくして教え込んでたわけよ。何かあった時の「時間の稼ぎ方」ってやつを。小リス目当ての悪いやつに捕まった時は知ってる情報を嘘偽りなく、かつ引き延ばして話して相手の興味を引けってね。作り話をすればどこかに綻びが産まれてバレれば逆上される…だがどんな突拍子の無い話でも真実なら辻褄は合って相手の興味を引ける、賢い時間の稼ぎ方だろ?お前らみたいなもんはそう言うのにすぐ食いつくからな」
「…」
そっとその場にアリスを降ろして、ネフィリミーネは準備運動とでも言うように拳を鳴らす。
「俺様も、あいつの部下も、なんならあの婆さんだってその点についてはほんとに厳しく教え込んだんだ。情報よりもアホみたいに意地を張っちまう小さなお姫様が大事だからな。んで後でその情報を知っちまった奴を俺様みたいなのが消せば全部おっけーってこった!だから悪いんだけど死んでくれん?」
「調子に乗るなよ!」
仕掛けられるよりも早く女が飛び出す。
義手からは怪しく光るナイフの切っ先が飛び出ており、毒の塗られたその一撃をもって決着をつけ、改めてアリスを攫ってこの場を後にする。
完璧だと女はほくそ笑み、そしてそのナイフをネフィリミーネの腹に向けて突き出した。
人を刺し殺す時に狙うのは頭や心臓ではなく腹が一番だ。
頭は的が小さく守られやすく、心臓を狙うというのは人体の構造上現実的ではない。
しかし腹ならば狙いやすいうえに内臓を傷つけられれば中身が体内に漏れ出す。
胃袋でも破れれば胃酸により勝手に自滅してくれる。
だからこそ狙いは腹。
決死の鋭さをもって放たれたそんな一撃は狙い通りネフィリミーネの腹に突き刺さった。
しかし…。
「なんだこれは…?なにか妙な…」
「なに人様の腹刺しておいて呆けてるんだよ」
ハッと女が気がついた時にはすでに遅く、ネフィリミーネが女の首を片腕で掴んで締め上げながら持ち上げた。
「っぐぁ!は、はなせ!」
「放すわけないだろばーか!ギャハハハハハ!」
平然とけらけら笑うその姿に女は納得がいかない。
確実に腹を刺したはずなのに出血している気配すらないというのはどういうことなのか。
だがそれを思考しようとしても首に加えられる圧力がそれを妨げる。
「ぐぎぃぃぃい!」
「さーて覚悟しろよぉ~俺様はかわいい子には手をあげねぇが信条だがブスには一切の容赦はしねぇからよぉ!」
「ご、ごの…っ!ブスとは言ってくれるわね!、こ、これでもぉそこそこ美人のつもりっ…なのだけどさぁ!」
「あ~?そりゃあ顔の事言ってんの?ギャハハハハハ!やっぱ馬鹿だなぁお前は!女の子なんて生きてるだけで可愛いんだよ。容姿なんてのは個性だ個性!みんなちがってみんないい!みんな種類の違う可愛さなんだよ。…だがなぁおめぇみたいに人さまの大切なもん傷つけて笑ってるような性根の奴は等しく皆ブスだ。どんだけ見てくれが良くてもなぁ!」
ネフィリミーネが女の首から手を離し…ほぼ同時にその顔面に拳を叩き込む。
女は鼻血を噴き出しながら数メートル吹っ飛ばされるも、上半身を起こしてネフィリミーネを鋭く睨みつける。
「お、おまえぇぇえ…指名手配犯のくせに自分の事棚に上げやがって…このブスがぁ!」
「ん?まぁそうだな?いやでも世界中には俺様と熱い一夜を過ごしてくれる男も女もいっぱいいるんだぜ?そんな俺様がブサイクなわけなくないか?うん、そうだ俺様はかっこいい!ギャハハハハハ!」
「…にー…ねーさ、ま…」
ネフィリミーネの豪快に笑う声に混じって、消えてしまいそうなほどか細い声が聞こえた。
風に紛れて流れてしまいそうなそれだったがネフィリミーネの耳は可愛い少女の声を聞き逃すことは無い。
「小リス?気がついたの…か…?」
振り向いた視線の先…ぐったりと倒れているアリスに無数の動く死体たちが群がろうとしていた。
「う、うおぉぉおおおおおお!?散れ散れ!小リスに手を出すんじゃねぇボケども!」
大慌てでアリスを回収し、動く死体たちを蹴り飛ばしながら叫ぶ。
しかしふと見渡すと周囲にはうめき声をあげながら数えるのも億劫なほどの数の死体たちが迫っていた。
「これは…ヤバくね?腰がいてぇって言ってる年寄りにはヘビィすぎるぜ…」
おばあちゃんピンチ!
ネフィリミーネさんが何をやらかしたのかはそのうち出てきます。
なかなか話が進まずすみません…もう少しお待ちいただければと思います。




