不仲の理由
下卑た笑みを張り付けてアリスに母親との仲を問うた女に、アリスは体調の悪さから青ざめてこそはしていたが、表情の読めない顔を返した。
動揺しているようには見えなかったからか、舌打ちをしながら女はアリスの正面に置いた椅子に無造作に腰掛ける。
「ほんとウザい女。なんなのお前?…まぁいいか。それよりも質問に答えてくんない?」
「…時間」
「あ?」
「余がここにきてから…どれくらいの時間が経ったのか…教えてもらっていいだろうか」
「なに?もしかして助けが来るのを期待していたりする?帝国が自分を探してくれてるはずーって?あはは!無駄無駄。この場所に帝国の連中が来ることは無いわ。だから教えてあげる…2日と21時間。ほとんど三日ね」
「…そう」
アリスは女の答えを噛み締めるように目を閉じてうつむくと、ふぅ~っと深く息を吐いた。
同時に咳き込んでしまい、口からは血が零れたが拭う事も出来ないので気にすることもなくアリスは口を開く。
「余と偉大な母が不仲なのかどうか…だったね」
「あ?なに?答えてくれるの?」
「…聞いて来たのはそっちだろうに。ちなみに一つ聞きたいのだけど…余と母の関係の是非はどちらだと君たちは嬉しいのかな…?」
「別にどっちでも?私たちが揺さぶりたいのは皇帝じゃあなくて帝国の民だからねぇ…あんたが国民からの支持を得ている時点で皇帝はどうでもいいのさ。王国と戦争をしなければならないという風向きを作り出したいだけだからねぇ。まぁつまりは仲が知りたいのは暇つぶしと興味だよ。それになんか話してないとアンタ死んじゃいそうだしね。「ヤってる」途中で死ぬのは構わないんだけど…最初は生きていてもらわないと困るからねぇ」
二チャリと音が聞こえてきそうなほど気味が悪い笑みを浮かべ、女はアリスに向かって地面に敷き詰められた砂利を投げつけた。
身動きの取れないアリスはそれを防ぐこともできなかったが、それでも声一つ上げることは無くそれを受け止めた。
「…その準備と言うのは随分と時間がかかるんだね。この状態で余を犯すくらいすぐにできるだろうに」
「ちっ!こっちだってやれるんならさっさと終わらせたいんだよ!でも依頼主側からの要望もあって好き勝手出来ないのよ!」
「…なるほど。キミたちの上にさらに誰かいると…」
「ああそうだよ。じゃなきゃこんな割の合わないことするもんか。もしかしてうまく話を聞きだせたとか思ってるの?はっ!何度も言うけど助けなんて来ない。そういう風にお膳立てされてる場所なんだよここは。だからアンタが何をして、どんな情報を得ようとも全ては無駄ってこと!わかったか、よ!」
女が今度はやや大きめの石を投げつけ、アリスの頭部から血が一筋流れ落ちる。
「…短気だね。ただでさえ身体つきには自信がないのに、傷ものにしたら男性たちもそそらないのではないのかい」
「大丈夫だって、気にしなくていいよ…とびっきりの変態ばかりを集めたからねぇ」
「そう…うん、わかった。なら余も諦めよう…取引をしないかい」
「あぁ?」
「キミに質問に全て正直に答える…何でも話す。それが帝国内の重要機密であっても…だから助けて欲しい」
アリスは女と目を合わせず、顔を伏せたままで取引を…命乞いをした。
先ほどまで状況にそぐわない態度で半ば女を挑発していたアリスのそんな態度に女は大口を開けて笑う。
「ぷはっ!あはあはは!あーはっはははははははははは!!!なんだいなんだい!さっきまであんなに生意気だったのに命乞い?ぷははははは!!ようやく自分の立場ってもんを自覚したのかい?あはははこれは傑作だねぇ!」
「…」
狂ったように笑いながらも実は女は冷静だった。
目の前でほぼすべての自由をはく奪されているアリスはそれでも帝国の姫だ。
先ほどまでの態度もあり手放しで言動を信じることは得策ではない。
そう考えてはいるものの、同時にとある「欲」も湧いてくる。
もしこの命乞いが本当の事だとしたら…そもそも10代も半ばの少女が耐えられる環境ではないのだ。
気丈にふるまい続けるのが無理というもの…そしてそんな小娘から情報を引き出せたのならば。
(「あの方」もきっと喜んでくださるはず…)
どうせ準備が終わるまではまだ時間がかかる。
ならば話にのってみるのも悪くはない…当然、何を話そうともアリスを解放するつもりなど欠片もなかったが。
「いいじゃないかい!素直な女は好きだよアタシは…じゃあまずは試しだ。さっきの話の続きをしようじゃないか!あんたと皇帝の関係だよ!ほら生きたいのなら話しな!」
自分達にとって重要ではない話でアリスがどの程度話すのかを試す。
そこに矛盾があるかどうかで、情報が引き出せるのかを判断しようと女は考えた。
アリスは諦めたかのようにずっと俯いており、やがて促されるままに話を始めた。
「余と母の仲…そうだね噂として囁かれているように決して良好なものとは言えない」
「へぇ?」
「母は私とほとんど会話をしてくれないし、同じ場所にも住んではいない…たまに食事を共にしてくれることはあるが…本当にそれくらいで何もない。欲しいものは何でも与えてくれるし、護衛に人員を割いてもくれる…でもそれが全部だ。余が何を発明しても…勉学で優秀な成績を残しても褒めてもくれない。普通の親子ならば…そんなことは無いのだろうね」
「ぷっ…ぷははははははは!!それが本当ならアンタとことん惨めだねぇ…まぁ確かに身体が弱い娘なんて「強さ」で成り立っている帝国には邪魔なだけだよねぇ!ふふふっ…もしかしたら皇帝はアンタが死んでればいいのにって今考えてるんじゃない?あはははは!!」
「いいや…母はそんな事を考えてはいない」
ガラスを引っ掻いたような耳触りな女の笑いを遮り、アリスはやけにはっきりとした口調でそれを否定した。
俯いたままのアリスがどんな表情をしているのか女はうかがい知れない。
「あ?なんだって?」
「…母が余を避けるのは…そんな理由じゃない。あの人は誰よりも強くて気高くて…誰よりも偉大な素晴らしい母なんだ。余の身体が弱いだとかそんな理由で人に死んでほしいなんて思う人じゃない」
「あはははは!!なに?そう思い込みたいって話?ちょっとやめてよ、そんな妄想話がさっきの取引に使えるとでも思ってるのかい?現実を見て、真実だけを話せよおい!惨めな自分を理解して直視しろよおい!」
「…余は嘘は言っていない。思い込みたいだけの妄想話でもない…だって余は…私は知っているから。母が私を避ける理由を」
それはアリスがまだ赤子だったころの話。
まさかその時すでにアリスに自意識があるななんて知る由もなかった皇帝が、アリスを見て漏らしたその本心。
──我がどんな面を下げてこいつを娘と…こいつの母だと伝えればいい。我はこいつを…使えない器だからと殺そうとしたというのに。
「母が私に感じているのは疎みではなく…悔恨だ」
「あぁん?あんたみたいな出来損ないに天下の皇帝様がかい?」
「…何でも話すと言った。だから余はキミに皇帝のとある秘密を話そう…おかしいと思ったことは無いかい。まだ浅いとはいえ、それでも帝国は少なくとも100と数十年の歴史はある国だ。そんななかで皇帝が代替わりしていく中で、皇位を受け継いだと宣言するまで次に皇帝となる人物はその姿を公の場に現さない…突然後継ぎが現れて、突然皇帝になる」
「それは…」
その話は女をして十分興味をそそらせる話だった。
何故ならアリスが話そうとしていることは長年の間謎とされている帝国にまつわる有名な謎なのだから。
「今まで皇帝に家族がいたという話もなかった中で…突然余という娘が今代になって出てきた。それら全ては代々皇帝と呼ばれてきた人のある力に由来している…」
「それはいったい…」
アリスは一度深呼吸をすると、俯いたままで帝国最大の謎を口にする。
「事実は知ってみれば簡単な話…皇帝は代替わりなんてしていない。代々皇帝と呼ばれている人物…それらは皆全く同じ人物なんだ」




