選んだ人生
ごめんなさい!予約投稿少し間違ってました!
明日はお休みです。
次回は火~水曜日に投稿します。
異世界転生…少女はその言葉が意味する現象を正しく理解していた。
まだ身体を辛うじて動かせていた時に唯一許された娯楽であった読書…その中に一定量存在し、娯楽小説内でかなりのシェアを占めていたジャンルだ。
死を迎えた人間が別の世界で生まれ変わり、ある時は冒険、またある時は恋愛と新たな人生を歩んでいく。
確かにそんな物語に触れている間、少女とて自分にもこんなことが起こればなぁと夢想しなかったと言えば嘘にはなるが…まさか本当にそんな事態に遭遇すると本気で思っていたことなど当然あるはずがなく…。
さらに自分にそれをさせてあげようと微笑んでいるのはよくある荘厳な神様でも、美しい女神でもおそらくない。
どこまでも綺麗な…人を模した何かだ。
そんな何かが自分にこれは凄い確率だから特別、さらにチートという特典も付けるなどと微笑みかけてくる…有り体に言って詐欺としか思えない。
「どうかした?あ、もしかして意味が伝わらないかな?生きてる間にアニメとか小説とかには触れなかった?それともそういう文化が発展してない世界から来たのかな?うーん…見た感じはそんなことないと思ったんだけどな?」
少女の心配など露知らず、女性はニコニコと人好きのよさそうな笑顔を少女に向けている。
そんな態度に妙に毒気が抜かれてしまったからなのか、少女の中にとある考えが産まれた。
「あの…」
「うん?なぁに」
「どんな自分になりたいか…という事は私の希望を叶えてくれるという事でしょうか」
「うん。ある程度は叶えてあげられると思うよ?こんなチート能力が欲しいだとか、お金持ちの家に生まれたいだとか?あとは…美人になりたいとかそういうの。なにか希望があるのなら言ってみて行ってみて」
女性は何故か前のめりであり、先ほどはめんどくさいなどと言っていたにしては少女を転生させるという事に対し積極的に見えた。
一度やってみたかったとも言っていたし、まさか自分を使って実験でもしようと言うのだろうか…?と不安になりもするが、もし本当に希望が叶うのならばと少女は頭に浮かんでいた事を口にする。
「それなら…また同じ世界で生まれ変わることは出来ませんか」
「んん?」
「同じ世界、同じ場所で同じ家族の元に生まれて…そして──」
謝罪をしたい。
そして今度こそは自分を愛してくれた人のために何かを返せるような人になりたい。
それが少女の願いだった。
しかし希望を叶えると口にしたはずの女性は困ったような難しい顔で「うーん」と首をひねっている。
「それはちょっと難しいかもね~」
「理由を聞いてもいいのでしょうか」
「えっとね~…まずこの場所ってさっきも言ったけど世界の果てなんだよね?いくつもいくつも無数にある世界…その一番奥にある場所がここ。だからなんて言うのかな?んーと…そうだ「時間」がめちゃくちゃなわけなんだよ~。わかるかな~?つまりはキミが生きていた同じ世界で同じ場所に転生したとして…それはキミが生きていた時代から時間が経っちゃってるかもしれないの。1~2年とかならいいかもだけど10年20年…果ては100年だとか1000年経っちゃってるかもしれない。それは困るでしょ?」
「…それはそうですね」
迷惑をかけてしまった人に謝罪をしたい。
だがその人たちがすでに死んでいるのならば…全く持って意味が無くなってしまう。
「それにさ?キミの言う感じだと…同じ親の元に生まれ直したいとかそう言う事だよね?それに関しては私にはどうにもできないの。キミの親が再度子供を作ればもちろんできるんだけどね~。しなかったらさすがに無理。わかるかな~?」
「まぁはい…」
「あとはあれだね。キミが元居た世界は科学的に証明できない事は受けいれられない傾向があるでしょ?そんな中でチート異世界転生をするのは…ちょっとねぇ?」
言われてみればその通りだと少女は存在していない肩を落とす。
そもそもの話、もし少女の希望が実現したとして、死んだはずの我が子が新しい子供として生まれ変わり謝罪を口にする…それはとても恐怖を覚えてしまう事象ではないだろうか。
人に依るかもしれないがもしかすれば両親にとって自分は忘れたい過去になっているかもしれない。
その可能性があるのならば…やはり少女の希望は叶えられるものなのではないかもしれないと思った。
「そういうわけでちょっと微妙かな?ごめんね」
女性は本当に申し訳なさそうに両手を合わせて少女に謝罪をした。
少女が生前ほとんど人付き合いをできなかったというのもあるかもしれないが、すでにこの女性は少なくとも悪意を持って何かをするようなタイプには見えなくなってきていた。
ならば…本当に信じてみてもいいのかもしれない。
「そう言うのを踏まえてあらためてだけど…なにか希望はないかな?キミ個人に関する事ならある程度は融通が利くよ?ほんとなんだよ?」
少女は改めて考えた。
歩みたい次の人生、なりたい自分を。
長いような短いような時間、考えて考えて…そして改めて出した希望を女性に伝える。
「それなら…私は何もいらないです」
「…えぇ?」
「チートなんていりません。新しい私として生きて、そして…何かを成して生きてみたい、です」
「んー…珍しい事を言うね?つまりは普通に生きたいって事だよね?いいの?漫画やアニメの主人公みたいにすっごく強い力で無双したり出来るんだよ?そう言うの要らない?お金持ちになる事だって出来るんだよ?どうせならそっちの方が楽じゃない?」
確かに女性の提案はどれも魅力的だ。
それでも。
だとしても。
少女はそれらは要らないと断言する。
「ただ新しい人生を歩みたい…それが私の希望です」
「…あのね、本当に何もしないで転生することを希望するのならいくつか考えなきゃいけないことがあるよ?まず第一に人に転生するとは限らない。生まれ変わってみれば鳥だとか獣だとかかもしれないし、いわゆるモンスターになっちゃうかもしれない。虫だって可能性もあるよ?それはとても辛い事になるかもよ」
「…確かにその可能性は考えていませんでした。でもそれでも大丈夫です」
人に生まれ変われなかったとしても、それでもいい。
鳥ならば鳥として、虫ならば虫として…全力で生きていくのもありだろう。
「動物ならまぁいいけどね。人外の化け物として生まれたら「死んだほうがマシ」って目に合う事だってあるんだよ?人を殺して生きて、化け物だと剣を向けられて…そんなのに耐えられる?」
「そう言われると自信がありませんが…でもやっぱりだとしてもいいんです。自分の力で私は何かを成したい。ただちゃんと最後まで生きてみたい。それだけなんです」
「強情だなぁ」
「あ!」
「うわっ!な、なに突然大声出して。もしかしてなにか願いがあった?」
そう、少女は大切な願いを一つだけ思いついた。
チートな能力も何もいらない、でも一つだけ欲しいもの。
それは…。
「あの、できれば私のこの記憶は…意識はそのまま残してほしいんですけど、できますか?」
何も成せなかった。
だからこそ次は頑張りたい。
少女はそう強く願っている自分の想いを無くしたくなかった。
「それもあんまりお勧めできないなぁ…いやもっと希望があるのなら今の記憶を引き継ぐって言うのは全然ありと言うかむしろ推奨するくらいだけどさぁ~さっきも言ったけど虫やモンスターになんて転生しちゃった状態で人の記憶があるというのはどうしても辛いよ?大丈夫かな?軽く考えてない?命なんてものはとても簡単に絶望の底に落ちるんだよ?だとすれば人の記憶があるというのは枷にしかならないよ。それ以外を知っているから今が不幸に感じる。知らなければ与えられた境遇を不幸だとは思わなかったって事もあるよ?」
この女性は随分と親切な人だと少女は思った。
何らかの思惑があって少女をいい条件で…少女を転生させたいかもしれないが少女の選択によって起こるであろうデメリットを心底心配そうに伝えてくれている。
もしかして「そういう経験をした人」を知っているのだろうか。
だとしても…。
少女はゆっくりと顔を振った。
自分の願いはこれだと決して譲らなかった。
「…そっか。うん、わかったよ。ならいいよ私はあなたに対して何もしない。記憶だけは残した状態で転生させてあげる。本当にそれでいいんだね?」
「はい。それが私の希望です」
「そっか…面白い子だねキミ。とても前向きでいい子だ。あ!そうだもしかしてキミなら…」
女性が意味深な視線を少女に向ける。
「な、なにか?」
「キミならもしかして「うちの下の子」と仲良くなれないかなぁって思って」
下の子…それが意味するのは女性の一番年下の子供という事だろうか。
この謎の存在がまさかの子持ちと言う事実に少女はこの日一番驚いたかもしれない。
「私は友達がいた事がないので何とも…それに人に生まれ変わるとは限らないのでは?」
それを言えばこの女性の子供が人であるはずもなくない?と言った後で思い至ったが、それは口にしなかった。
「そうだねそうだね。うん、その通りだ。でももし人に生まれ変わったのなら私の一番下の娘が会いに行くかもね。その時はよろしく」
「え、あぁはい…こちらこそ?」
「うんうん。じゃあはい!あらためまして…キミを今から君が生きていた世界とは違う世界に転生させます。特典は記憶と意識の維持のみ…それで後悔はないんだね?」
「はい」
その瞬間、少女の意識は光に飲まれるようにして薄くなっていく。
それは恐怖を感じるような物ではなくて、安らかに眠りにつくようなそんな感じだ。
次に目を覚ませば新しい生が始まる…それを理解した。
「次の人生では幸せになれるといいね」
最後にそんな優しげな声が聞こえて…少女の意識は光に飲まれたのだった。
────────
「さて…」
闇が支配する世界。
今しがたその場所で一人の少女を送り出した存在は腰を掛けていた椅子から立ちがあると、ほぐすように大きく身体を伸ばし…そしてニヤリと笑った。
「なかなかうまくいったね」
そんな事を口にしながら闇の世界をコツコツと進んでいく。
「だってあの子を気にいっちゃったんだもん。少しくらいは何かしてあげたくなっちゃうよ。人に転生させてあげて…それから一番しっかりしてそうな人の子供にしてあげようっと!コウちゃんならしっかりやってくれるよねうん!リコも家に引きこもってばっかりで全然外に出ないから友達ができるのはいい経験になるかもしれないし…うふふっ楽しくなるといいな!」
少女の願いを聞きはしたが…それはそれとして勝手な事をする。
人ならざる身勝手な神様のどうしようもない悪癖だった。




