欠片
本日二話目です。
朝にも投稿しているので読み飛ばしにご注意ください。
皇帝さんがどこからともなく光る小さな石のようなものを取り出した。
いや…裸に布を羽織っているだけなのにどこから取り出したの…?という疑問は置いておいて、その石はそこそこ遠くから見ているというに不思議な存在感を放っている。
「これはたまたま手に入れられた欠片の一つ…自然に溶け込めば災害を起こす。ならば生き物は?動物に入り込んだ欠片はその生き物を「魔物」に変えた。知っているだろう?魔物」
魔物。
それくらいなら私でも知っている。
魔物とは人を襲うバケモノだ。
特徴としては自然界に存在する一般的な生き物をベースとした身体に他の動物のパーツが混ざったような特異な見た目をしていること。
さらに体内に魔力を持っていて魔法のような力を行使できること。
そして…何故か人を優先して襲うという習性がある事だ。
「見方を考えれば魔物という存在も人に対する理不尽な脅威という点では災害だな?そうは思わないか?」
「…言われてみればそうだとはなんとなく思いますね…?」
「物わかりがいいじゃねぇか。じゃあ次だ。もしこいつが人に取り込まれればどうなると思う?自然に溶け込めば災害が。動物に取りつけば魔物に…さぁ人間にはどういう効果をもたらす?」
そこまで言われれば私にも事の全容がなんとなくだけど見えてきた。
これまでの会話や私がここに呼ばれていること…それらすべてを含めて単純に考えるなら…。
「…特殊な能力が身につく…とかでしょうか?」
「おーユキノちゃんかしこい~」
アマリリスさんが小さく拍手を私に向けてしているのを見て、どうやら正解だったようだとホッと胸をなでおろす。
しかしすかさず皇帝さんから訂正が入る。
「正確には違う。100年ちょっと前に飛び散って人の身体に入った分のこいつは「何もしなかった」。当時の人間にはなんの効果ももたらさなかったんだ」
「へ…?」
「お前今の話でおかしいと思わなかったのか?この欠片が飛び散ったのは何度も言っているが100と数十年前だ。お前はあのアルトーンの所のガキが100歳を超えているように見えたか?」
「そ、そう言えばそうですよね…」
どれだけ高く見積もっても20代中盤…くらいの見た目だったように思う。
ならどういうことなんだろう…?
そこで私は一つ閃いたことがあった。
「い、遺伝…とか?」
「おぉ~ユキノちゃんまたまたかしこい」
「まぁそう言う事だ。ただ遺伝と言っていいのかは微妙だがな。人の身体に取り込まれたこいつは当時の人間には何の作用もしなかった。しかし当時欠片を取り込んだ人間の子孫が人智を越えた原理不明の特殊能力を身に着けるようになったんだ。その一つがユキノ、お前も見たアルトーンの所のガキの雷だ」
「そ、そうなんですね…」
「つまりまとめるとだ」
かつてこの世界には世界そのものを司る「神様」がいた。
その神様が殺されて世界中にその神様の力の欠片が散らばって様々なものに取り込まれることになる。
自然に溶け込めば災害を。
生き物に取り込まれれば人を襲う魔物に。
そして…人間には特殊な能力を与えた。
ここまではいいな?と皇帝さんとアマリリスさんが私に目配せをしてきたのでゆっくりと頷く。
説明されたことを信じるかどうかはともかくとして話は理解は出来たようには思う。
ただそこでどうして私がこんな状況になっているのかが分からない。
「なぁユキノ。この欠片の説明を聞いてお前はどう思うよ。こんな危ないもん…さっさと壊してしまったほうがいいとは思わないか?」
「…それは…はい、もちろん…」
話を聞く限りとんでもなさ過ぎる代物だ。
正直、皇帝さんが手にしているそれが本物なら…なんで砕いたりしないの?と疑問に思うくらいには怖い。
「だよな?我もそう思っているんだ。だがな…こいつはどうやっても破壊することが出来なかった」
「え…?」
「我も、そこにいるアマリリスも…それ以外にこいつを壊せそうな可能性のあるやつ全員に試させた。だが傷一つつけることは出来なかった。曰くこいつはそう言うものらしい。物質として確かにここにあるが…どちらかと言うと概念に近いそうだ」
「概念ですか…」
「そう概念だ。ここにあって手で触れられるが…今我らがこうして存在している空間そのものに干渉することは出来ないように、こいつに手を出すことが出来ない」
そこで突然、皇帝さんが手に持っていた石を思いっきり地面に投げつけた。
ガンッと床に当たったそれは、跳ね返って今度は天井にぶつかり…ゆっくりと皇帝さんの手に再び治まった。
「いや、分かりにくいよコーちゃん。あのね?私がユキノちゃんにお見舞いした魔法あったでしょう?」
「あの黒いやつでしょうか…」
「そそ。その全力バージョンをアレに使ってみたけれど…それでも傷すらつかなかった」
それはもはや硬いなんて次元じゃないように思う。
あの時…アマリリスさんの魔法を受け止めたときの事を今思い出すと…どれだけ死が近くにあったのかを思い知る。
スノーホワイトに、人を殺したい衝動に取りつかれている時には感じなかったけれど、あの時私は確かに死と背中合わせだった。
そんな魔法を受けて傷一つつかない石…そんなものはすでに石じゃない。
「まぁそう言う事だ。そしてこいつは自然や魔物に取り込まれていたものは何とかなる。災害を抑え込んで、そして持ち主の魔物を倒せば取り出せるんだ。だが人の中に入った奴はそうもいかない。完全にそいつの魂と一つに溶け込んじまって取り出すことが出来なくなる」
「そんな…」
「持ち主を殺したところで意味はなかった。宿主が死ぬと今度は別の誰かにこの石は取りつきやがる…そして今度は遺伝なぞ関係なしにそいつに能力を与える。つまり人に入り込んだこいつをどうにかしたければ、全人類を殺すしかないってことだな」
持ち主を殺したところで意味はなかった。
そう言えるという事は実際に皇帝さんは…いや、たぶんアマリリスさんもだけど欠片の事で人を殺したことがあるという事だ。
それは…とても恐ろしい事だと思った。
恐ろしくて悲しくて虚しい。
だってそうじゃないか。
自分の関係ないところで変な力を持たされて、そして危ないからと殺される。
人は殺したら死んでしまうのに。
「…その」
「あ?なんだ?」
「そんなに悪い事ですか…?欠片がなくたって魔法が使える人なんてたくさんいるじゃないですか…欠片を持っているってだけの事がそんな悪い事には…」
「悪いんだよ」
「どうして!…っ!」
叫んでしまったと慌てて口を押さえる。
でももう遅い。
皇帝さんに向かって私は声を荒らげてしまった。
恐る恐る皇帝さんを見たら、不思議と皇帝さんは怒っている様子はなかった。
ただ静かに私を見ている。
「…はぁ。この欠片を取り込んでいる人間はな子供を産むと死ぬ」
「…え…?」
「父親は母体に子を孕ませた時点で、母親は出産した時点で死ぬ…これがどういうことか分かるか?」
「…」
「アルトーンのガキは調子に乗っていたみたいだが…世の中には想像を絶するほどの力を持った魔物もいる。まだまだ災害だって起こるし、不意の事故もある。人はな…たった一つずれれば、ほんの少しだけ足を滑らせれば簡単に死ぬんだ。なぁそれを繰り返せばどうなるよ?欠片持ちどうしが子を作れば二人死ぬ。子を作らなければ子孫を残さずに死んで欠片は他に移る。欠片持ちが事故で死んでも欠片の犠牲者が増える…魔物や災害に襲われて生き残りやすいのは一般人と欠片持ちのどちらだ?世の中には欠片持ちだけがその数を増やしていって…そして減っていく」
皇帝さんの言葉が重い。
アマリリスさんも何も言わずに私を見ている。
「それにアルトーンのガキを見ただろう。欠片持ちは本人の資質なのか欠片の特性なのかは分からんが…増長しやすい。そんな奴らだけの世界にでもなったらどうなる。そして欠片は…人以外の魔物や災害から人に移ることだってある…なぁお前はこの状況をどう思う?ユキノ」
その問いに還せる言葉は私の中にはなかった。




