囚われの姫1
誰もが存在すら知らない白に囲まれた世界。
どこを見渡しても地平線の果てまで白、白、白…しかしその世界には中心にだけ白以外の色とりどりの花が咲き誇る場所があった。
中心にある花畑のさらに中心に花に埋もれるようにして鎮座するのは無骨な一つの柩。
そしてその柩を見守る一人の女性の姿。
「まだ…今日も大丈夫なのね」
そう女性が呟き、柩に背を見せた瞬間だった。
白い世界に突風が吹き荒れ女性が顔を覆う。
花々が散り…空に舞って白に溶けていく。
「あぁ…そんな…」
無数に咲き誇っていたはずの花は全て散り果てて…次に女性が顔をあげると柩の中から身を起こすようにして長い白髪の女がそこにはいた。
かつてナナシノがユキノにそっくりだと形容した容姿を持つ女だ。
「目覚めてしまったのね…」
女性が悲しげに胸元を抑えながら柩の中の女性を見つめ、呟いた。
「…ああ。あいつが…リトルレッドが動き出したようだ」
白髪の女は女性に答えながら立ち上がり、柩の中からついに外に降り立ち、茎だけとなった花を踏み荒らしながら歩く。
「ごめんなさい…私がうまくできなかったばかりに」
「別にあなたを責めるつもりはない。あなたの母親の情を否定することなんてこの私にできようはずがないからな。しかしこうなっては私も動かなければならない。リトルレッドのやることを見過ごすことなんてそれこそできはしないからな」
「そう…でもどうするの?まさかユキちゃんを──」
「さすがに「この身体」をどうこうするつもりはない。どちらにせよリトルレッドがいる限りは私がここに居るという時点でこの身体に手を出すことは出来ないからな…なに、すでに目星はつけている。あとは時が来るのを待つだけだ。あんたも好きにするがいいさ…私はあんたの子供ではないからな…今まですまなかった。そしてありがとう」
「…」
白髪の女性は白の世界を見透かすように、空を睨みつける。
その瞳に映る感情は…怒りか、それとも…。
「我が名はスノーホワイト。すべてが終わるその日まで眠り続けるが定め…それを破るというのなら」
白髪の女、スノーホワイトが右腕を天に掲げた。
するとその手の中に色のついた紙が数枚、ひらひらと落ちてくる。
「折り祈り願い織れ。オリガミ、イノリガミ」
スノーホワイトの手の中の色紙はひとりでに折れててたたまれて行き、やがて複雑な形をとる。
「リトルレッド…お前があくまでも運命を受け入れないというのならば私はお前のそれを打ち砕こう。我が手中の運命を…確定したはずの未来を摘み取らせるわけにはいかない」
────────
あの後、まさかいきなり本人を連れて行くわけにもいかないのでアマリリスさんに一度帰ってもらい、重たい気がする身体を抱えてアラクネスートの拠点に戻った。
色々ありすぎたせいで疲れた…肉体的にはそうでもないけれど精神的に疲弊したのが身体にも出てきてしまっている感じだ。
もう他の事はとりあえず明日の私に丸投げしてナナちゃんと一緒に過ごそう…。
読んでた途中の本も持ってきたし、帰ってくる前に本屋さんで好きそうなのを何冊か見繕ってきたのできっと喜んでくれるはず…。
あと念のためにナナちゃんがベッドの下に何故か大切そうにしまっている包丁も持ってきたけど…これは果たして渡してもいいものなのか…うーん…。
「ま、いいか。眠ってたのもあってご無沙汰だしね」
暴発してからでは遅いのでたまにガス抜きはしておかないといけないからね。
今夜は精神的に難しいかもしれないけど近いうちにするのもいいかもしれない。
そんな事を考えながらいまいち覚えきれていない大きなお屋敷の中を進んでいくと視界の端に「反省ちう」と書かれた看板のようなものを首から下げて、正座をしているカララちゃんの姿が見えた。
「…」
「…」
…まぁ気のせいでしょう。
ばっちり目が合ってしまったけれど多分気のせいだ。
うん…何も見なかったことにして早く部屋に戻ろう。
それがいい。
「なんか言いなさいよ!」
せっかく見ないふりをして立ち去ろうと思ったのに叫ばれてしまった。
もういいじゃない…今日の私はお疲れなんだって。
でも無視をするのも印象が悪いし…もしかすれば私はともかくナナちゃんはここでお世話になる可能性があるのであんまり無下にはしないほうがいい…よね?
「えっと…楽しそう、です…ね?」
「どこを見てそう思ったのよ」
「全部」
「ちくしょう!馬鹿にして!人の事見てないでさっさと行きなさいよ!」
呼び止めらたはずなのになぜか怒られてしまった。
理不尽だ…。
まぁいいや、早く行こう。
「あ!…ふふん。ねぇ!ちょっと」
「…なに?」
立ち去ろうと思ったら呼び止められ…そして早く行けと怒られ、また呼び止められる。
本当になんなのだろうか。
流石に文句の一つでも行っても許されるんじゃないかと思い出したのだけど…何故かカララちゃんはにやにやと笑っていた。
「あんたと一緒にここに来た子…もしかしたら大変な事になってるかもよ?」
「…は?」
「今ね?うちの中ボスって言う二番目に偉い人が戻ってきててさぁ~。あの人めちゃくちゃ女好きだからさぁ~?今頃もしかしたら…ねぇ?ちなみに部屋の鍵っていうのは普通のカギにスペアキー…そしてマスターキーがあるのしって──」
そのあたりで思いっきりカララちゃんの顔すれすれのところの壁を蹴った。
今スノーホワイトを使うと自制が聞かない気がしたのと手を出すのはまずいという思考が混ざり合った結果で脚が出た。
まぁ当ててないからセーフ。
でもなんというか…ちょっと一度カララちゃんとはちゃんと話し合わないといけない気がする。
穏便に、あくまでも穏便にだ。
「いい加減にしないと次は殺すから」
「は、はひ…」
あれ?なんか違ったかな?自分がなんて言ったかいまいちわかんない。
でも頷いてくれたしたぶん伝わったでしょう。
あぁそれよりナナちゃんだ。
もしナナちゃんに何かあったらどうしよう…やっぱり一人でこんなところに置いていくんじゃなかった。
本当にどうしようか。
「この屋敷って燃えるかなぁ」
まぁ燃やせばだいたい燃えるよね。
そんな事を考えながら大急ぎで部屋に向かうと階段を上った先にアトラさんがいて、私の姿を見ると慌てたように両手を広げて通せんぼしてきた。
「ゆ、ユキノさ~ん、ちょっとーっと問題が今起こっており対応中でしてぇ~すぐに終わらせるのでぇ少々お待ち──」
「どいて」
「はいどきますぅ~怖い顔しないでくださぁい~割とマジで怖いですぅ」
道を開けてくれたアトラさんの横を素通りし、借りてる部屋にたどり着いたので勢いよくドアを開ける。
…そこには誰の姿もなかった。
しょうがないなぁ…燃やすかぁ~。
「ユキノさんユキノさん。そっちじゃなくて隣ですぅ~。お連れ様さんが部屋に入ってくるのだけはダメだと嫌がってしまいましたのでぇ~」
「そもそも入ろうとするな。殺すぞ」
「さーせんですぅ~。というかなんかいつもよりさらにキャラが違いませんかぁ?」
アトラさんを無視して隣の部屋のドアを蹴破って中に入る。
するとそこにはソファーの上で膝を抱えているナナちゃんと…ネフィリミーネさんの姿があった。
「あ、ユキノさんおかえりなさい」
私と目が合うなり、ナナちゃんは顔をあげて小走りでこちらに駆け寄って来た。
その姿に癒しを覚えつつ、私はナナちゃんの隣にドカッと座っているネフィリミーネさんを睨みつける。
「おぉ意外と早かったなねーちゃん」
「何をしてるんですかネフィリミーネさん」
「なにってナナシノちゃんと楽しくおしゃべりをしてただけだぜ?なー?ナナシノちゃん」
「なー「ししょう」」
「!?」
ししょう…?ししょうってなんだ。
というかナナちゃんのその反応は一体何…?え?ほんとに…その…なに?
「ぎゃはははははは!変な顔してるなねーちゃん!まぁ本当にただ話をしてただけだよ。俺様は人の女に自分からは手は出さねぇんだ。だから安心しなぁ」
「…出来ると思いますか?そもそもここに居るという事はそう言う事ですよね」
「おーそういうことだぜ~。俺様こそこの秘密結社アラクネスートで二番目に偉いババアよ」
「今は何も聞きませんけど…今後ナナちゃんには近づかないでください。行こうナナちゃん」
私はナナちゃんの手を引いて部屋を出て行こうとした。
「まぁ待てよねーちゃん。俺様はな?ねーちゃんの事をめっちゃ評価してんだぜ?ナナシノちゃんから軽く話を聞いたがねーちゃんは立派だよ、ちゃんとてめぇの女を守ろうとしてる。うん、すっげぇ立派だ。でもな?いくら大事にするって大義名分があっても閉じ込めるってマネしちゃあいけねぇよ。そんなんペット以下の扱いじゃねぇか」
「…あなたに何がわかるんですか」
「女の扱いに関してはねーちゃんより理解してるぜ?それにどんな綺麗な宝石でもしまいっぱなしじゃあ意味がないだろう?なんでもそうだ。ちゃんと外に出してともに時間を過ごしてこそ味が出るってもんよ。綺麗なまま仕舞いっぱなしなんて無いのと同じだ。違うかい?それになんだ…ナナシノちゃんを一か所に閉じ込めておくってのは…どこかのクズ男と同じことしてるって事なんじゃないかい?」
「っ!」
「おっと勘違いしないでくれよ。べつに責めてるわけじゃぁねえよ。先も言ったけどねーちゃんはよくやってるよ。そこは間違いないし、ねーちゃんのやり方が結局は一番正しいってなるかもしれんからなぁ。ただちょっと一度だけ話し合って挑戦してみるのはどうだいってことさ。ま!年寄りババアのうるさい小言だとでも思ってくれ!ぎゃはははははは!」
ネフィリミーネさんの笑い声を背後に私は今度こそナナちゃんの手を引いて部屋を後にした。
若者に絡みたいお年寄りネフィリミーネさんとキレやすい若者ユキノちゃん。
ちょっとだけネタバレ。
↓
前作の時とかにも書いた気がしますがカップル間でのすれ違い等の問題が発生している状態でメインストーリーが進むという展開が個人的に死ぬほど苦手なので、そういうのは爆速で解決します。
なので次回は解決編です。




