裸の皇帝様
──帝国。
それはこの世界で最も大きく、そして最も影響力、発言力を持っている国だ。
広大な領土に圧倒的な武力は他国の追随を許さず、戦争はもちろん喧嘩を売ろうとする国すら存在せず、毎年のように生み出される新技術やそれを元にした様々な商品は経済すら支配している。
それらの恩恵にあずかろうと他国から人材が流れ、さらに力を増していく。
それらすべてが頂点に立つ皇帝ただ一人の裁量で行われる独裁国家。
いや、正確には軍事国家だ。
軍で偉いものが基本的には上の立場で…そしてそのトップの皇帝はつまりはその武力も一番上という事。
その話に聞くだけで恐ろしい存在が…私の目の前で全てをさらけ出した全裸で椅子にふんぞり返っている。
見えてはいけないところまで見えているけれど…不思議といやらしい感じはしない。
無駄な肉のついていないスラッとした身体に、軍事国家のトップだというのに肌には傷一つはおろか染み一つもなくまるで彫刻のような…その身体自体が一つの芸術品のようだと思った。
全く隠す気がなくて堂々としているのも一因かもしれない。
「なにジロジロ見てやがる。見世物じゃねぇぞ」
皇帝さんがその薄い唇を開いた。
綺麗な見た目に反して言葉使いは乱暴だな~となんとなく思って…その言葉が私に向けられているものだと気がついて慌てて頭を下げた。
「ご、ごごごごごめんなさ、すみません!」
分からない。
頭を下げて謝ってみたけれど謝罪の仕方があっているのか全く分からない…!
どうすれば…。
私はアマリリスさんに視線で助けを求めた。
「はぁ…。裸で椅子に偉そうに座ってる人なんてほぼ見世物だよ「コーちゃん」」
呆れたようなアマリリスさんの言葉に私は戦慄した。
そんなフランクな感じで話していいのですか!?と。
たぶん上の立場の人なのだろうとは思っていたけれど皇帝さんとそんなため口を聞いていほど偉いのですか!?しかもコーちゃんってなんですか!?あだ名!?皇帝をあだ名呼び!?
そんな人にとんでもない事をして、ご飯を用意してもらっている私はどちらにせよ詰みなのではないだろうか。
「うるせぇ」
「でた困ったときのうるせぇ」
「…自分の城で我がどんな格好をしようと自由だろうが」
「働いてる人とか私たちみたいな来客もあるんだし、自分の部屋以外では服を着たほうがいいと思うよ。常識だよ」
「常識だとかお前みたいなもんに一番縁遠い言葉を使うな馬鹿が。…ちっ、おい!アレン!」
皇帝さんが誰かの名前を大声で叫ぶと私の背後の大きな扉がガチャリと開いて銀色の鎧に身を包んだ男性が入って来た。
そんなところに扉があったのか…と少しびっくりした。
「お呼びですか陛下…。あのお言葉ですが陛下…その、来客中くらいは衣服を…」
「うるせぇ。いいからなんか羽織るもの持ってこい」
「…正装でよろしいでしょうか」
「羽織るもの」
「…ラフでもいいのでせめて下着と上下の服くらいは」
「羽織るもの持ってこい」
「………………………………………………………………………かしこまりました」
喉まで出かかっている何かを飲み込むようにして男の人は部屋を出て行き、数分して手に折りたたまれた布のようなものをもって戻って来た。
そのまま皇帝さんの元までもっていく途中で私たちにも一礼してくれる礼儀正しい人だ。
「こちらを」
「おう…普通の布だな。これで正装用のマントなんか持ってきたらぶっ飛ばしてやろうかと思ったが」
「さすがに裸の上から着てもらう気はおきませんので…」
「相変わらずこまけぇ男だなっと」
バサッと皇帝さんが布を羽織る。
いや、本当にただの布だ。
どこからそんなものを持ってきたの?と言いたくなるほどにすがすがしいほどに布だ。
それを適当に羽織ってこれでいいんだろう?とでも言いたげな顔で椅子にふんぞり返っている。
「それで?アマリリス。その女がリフィルの奴が連れて来たって言う女か」
「うん。ほらユキノちゃん挨拶して」
ポンとアマリリスさんに背中を軽く押されて私は再び頭を下げる。
「あ、あの!ゆゆゆゆゆ、ユキノ・ナツメグサです…!そ、そそそその…えっと…」
何を言えばいいんですか!?挨拶って何ですか!?
いきなりこんな偉い人の中でもさらに偉い人に挨拶をと言われても私には無理だ。
「ふむ。ただの小娘にしか見えんが…まぁいい。聞け、我こそがフォスレルト・フォルレント。我が軍事帝国フォルレントの…おいアレン」
「…はい」
「今で何代目だったか」
「…5代目です」
「5代目皇帝だ。うるせぇことを言うつもりはないがほどほどに崇めておけ」
なんとなく緊張感のない人だ…それと5代目というのにちょっとだけ驚いた。
とても大きい国だしもう少し歴史が長いと思ってたんだけど…でもたしか今のこの帝国が出来たのが100年とちょっと?くらい前の災害の前後だったらしいしそんなものなのかな?よくわからない。
「陛下…一応は客人の前です。もう少し皇帝らしく振舞って頂かないと…」
「うるせぇなぁお前は。そう言うのはお前みたいなちゃんとしてる奴がやってればいいんだ…それに、まだその女が我の「客」かどうかはわからんしなぁ?」
ゾクリと悪寒が奔った。
右腕が疼いて止まらない…とてつもない殺気のようなものを叩きつけられている気分だ。
いや、実際そうなのかもしれない。
恐る恐る顔をあげると、刃物のように鋭い皇帝さんの瞳が私を突き刺していた。




