追放、そして出会い
新しく始めさせていただきました!よろしくお願いします!
私は今日も夢を見る。
いつだって夢の中の私は真っ赤に染まっていて、元の形が何だったのかさえ分からない肉片が足元には散らばっている。
どうしてそうなるのか、なにがあってそんなことになったのか、これからどうなるのか…夢はその前後を何も見せてくれない。
ただわかるのは私は何かを殺したという事だけ。
きっと殺したのは以前に夢に見た何か。
だってそうしないと私は夢の通りに何かを殺してしまうから…それが怖いから。
──明日、あなたを殺す夢を見ました。
その夢を現実にしてしまわないために…私は明日のあなたを殺してしまわないように今日あなたを殺します。
きっと私は今夜、別の誰かを殺す夢を見るのでしょう。
今の私はまだ私のままですか?
────────
「この村から出て行け。もうお前をここに置いておくわけにはいかない」
17歳の誕生日を迎えた日、そうやって私に刃物を突き付けてきたのは同じ村の仲間たち。
いや、私を村の仲間だと思っているのはこの中に一人もいないのかもしれない。
それが悲しいと思いつつ仕方がないとも思った。
ここは産まれ育った村だけど私の肉親はどこにもいない。
以前は母と二人で暮らしていたことは覚えている。
記憶の中の母親はいつもボロボロで、毎日毎日なぜか傷が増えて行った。
どうしたの?と聞いても「なんでもないのよ」と母は微笑んで私の頭を撫でてくれた。
しかし私が5歳になったくらいの時だろうか?母はその姿を忽然と消してしまった。
ひとりぼっちなった私に村のみんなは優しくしてくれたのだけど、それも最初のうちだけ…だんだんと私の周りからは人が離れていき、ついには今こうして出て行けと刃を向けられている。
いつかこうなることは分かっていた。
私はあらかじめ纏めておいた少ない荷物を手に村を後にする。
「今までお世話になりました」
頭を下げたけれど、挨拶を返してくれる人は誰もおらず、皆がみんな私に武器を突き付けたまま一瞬でさえ視線をそらさずに睨みつけている。
それに悲しみや虚しさを感じながら当てもなく歩き続ける。
いいや、実は当てがない事はない。
一年ほど前だっただろうか…村にやって来た商人がなぜか私に手紙を届けてきたのだ。
不思議に思いつつも封を開き、目を通すとそれはとある組織からの誘い…。
返事はいつでもよいと書かれていたので今からでも受け入れてくれる可能性はある…しかしその誘いを受ければ私はもう引き返せなくなってしまうだろう。
それを考えるとおいそれと手紙の主を頼るわけにはいかなかった。
「これから私は…どうすればいいんだろう」
「どうしたいかで決めたらいいと思うよ」
私の誰に当てたわけでもないボヤキに、なぜか帰ってくる言葉があった。
「え…」
驚いて声のしたほうを見ると、そこに女神様がいた。
それはあまりにも…あまりにも綺麗な少女だった。
透き通るような肌に薄いワンピースのようなものを纏い、その小さな顔はまるで神様が美しいパーツを完璧な位置に配置したようでありえないほど整っている。
そして最も目を引いたのはその髪だ。
髪以外は透き通るようなと表現するしかないほど透明感があるのに、膝裏の辺りまで伸ばされた髪色だけは黒く重い…それだけではなく、黒を基準としていたるところに様々な色のメッシュが入っており、その中でもピンクと紫の二色のみが大切に編み上げられ、右側から垂らされている。
そんな現実離れした容姿を全て踏まえ、私がその少女に抱いた感想が女神様だった。
女神様は私ににっこりと微笑みかけると、空でも飛んでいるかのような軽やかさで私に近づいてくる。
「ねえどうしたの?どうしてこんなところにいるの?」
「え、あ…あの…」
「ゆっくりでいいよ。ね?だからね?私に話してほしいな」
この女神様は一体何者なのか、どう見ても普通の人ではないし、なんとなくだけど雰囲気というか身に纏う空気感のようなものが人間のそれじゃない。
だというのに女神様の言葉は私の心の中にするりと染みこむように入ってきて、不思議な安心感とこの人の言う事に逆らうのはとても悪い事のように思えてしまう。
なので気がつけば私は今ここに居る理由を名前も知らない女神様に話していた。
「なるほどね~大変だったね。行く当てはあるの?」
「…」
荷物の中に入っているはずの手紙の存在を思い出しつつ、それはさすがに話せないと口をつぐんでいると、女神様は息をのむほど綺麗な顔を文字通り目と鼻の先まで近づけてきて、優しそうに微笑むと私のに何かを握らせた。
薄くて平べったいけど、確かな硬さを感じる不思議な手触りの…板のようなものだ。
「これは…?」
「んふふふふ。行くところがないならそこに行くといいよ。そこにいるとーっても可愛いピンク髪の子に話せばいろいろ良くしてくれると思うよ!」
手に持たされた板…というよりは何かの身分を示すプレートのような物だろうか?をまじまじと見るとそこにはとある国の名前が記されていた。
「え…ここって…」
「知ってる?知ってるよね。世界で一番大きな国だもんね」
「ま、待ってください…ここって確か入国には厳しい審査が…」
「それがあれば一発だよ!だいじょうぶだいじょうぶ!あ、お金持ってる?旅費。ないならあげようか?」
女神様が今度はどこからともなく取り出した金貨を数枚握らせて来る。
私はその手を振りほどき、プレートと金貨がぶつかり合いながら地面に落ちた。
「お、おかしいじゃないですか…な、何のつもりなんですか?」
「うん?」
「いきなり見知らぬ私にこんな…いったいなんなんですか…何のつもりなんですか」
「何のつもりなんだと思う?」
女神様が私の目をじっと見つめてくる。
髪に印象がとられていたけれどその目も、真っ赤で…そしてガラス玉のような不思議な瞳をしていた。
「それを聞いてるのは私で…」
「ねぇなんとなくわかってるでしょう?わかってるよね?あなたに見知らぬ誰かが接触してくる理由なんてだいたい一つしかないよね?ないでしょう?」
するりと女神様の白い腕が私の「右腕」を撫でた。
ゾクリとしたものが背筋を奔り、頬を汗が伝う。
「んふふふふ…そんな顔しないで。私はね?あなたの味方かもよ?かもしれないよ?」
女神様は軽やかな動きで私から離れると、やっぱりありえないほどの美しい微笑みを浮かべて背を向けた。
「味方…?」
「もしかしたらその場所には…君の願いを叶えてくれる何かがあるかもね?あるかもよ?」
「っ」
無意識に私は自分の右腕を左手で強く掴んでいた。
私の願いが叶う…?
そんな事ありえないのは私が一番良く分かっている。
でも女神様が嘘をついているとはなぜか思えない。
もう何が何だかわからない。
「分からないのなら、やりたいようにやればいいじゃない。私は強制はしないよ?でも来てくれるのならとても嬉しいな、とっても…楽しくなりそうだから。あ、お金は返さなくていいよ、怖がらせちゃったみたいだしね!じゃあね。夢から覚められるといいね」
「え…」
まるで私の心を読んだかのような言葉を遺して、女神様の姿は最初からいなかったかのように消えてしまった。
幻覚でも見ていたのかと思ったけれど、足元に落ちているプレートと金貨が今までの出来事は現実だと証明している。
私はそれを拾い上げ、軽く汚れを落とす。
プレートを何度見てもそこにはその名を知らないものはいない…この世界の中心である大帝国の名が記されている。
「…そうだお金…こんな大金さすがに返さないと」
そんな風に言い訳をして、どうせ行く当てもないのだしもう一つの選択肢を取るよりは…と私は足を進める。
目的地は…帝国。
ここからだと少しだけ長い旅になる。
だけど気持ちを整理するのにはちょうどいいのかもしれない。
この時の私は胸にわずかな希望を抱いていた。