【コミカライズ】社交界が嫌すぎたコミュ症女子は、悪役令嬢に異世界転生しても社交界を生き抜けない。引きこもってナチュラル思考に暮らします
無●良品とかオーガニックコットンとか、そういうのが好きだった。
体を締め付けない服とか、リネンのワンピースとか、そういうやつ。
そんな私が親の都合でお見合いして、銀行員の妻になって。
銀行員の妻の派閥政治に疲れて、ストレス溜まってフラフラしていたところで――私は異世界転生した。
どうして異世界転生しちゃったのか?
あああ、そんなことは聞かないで。言いにくいことよ。
あああ、夫にも義実家にも迷惑かけちゃった。
最悪、もう嫌だ――
そして転生前の記憶を思い出したのが、よりによって悪役令嬢♡社交界デビューの当日だった。
「イヤーーーーー!!!!!!もう顔色をうかがって水面下で空気を読んでマウンティングを取り合って夫の権威でやりあうあの世界はもうやだ!!!!!!!」
「いきなりお嬢様が発狂した!!!!!」
社交界にいやいや行かされた私は、結局一日キョドキョドして終わってしまった。
「もうやだ。疲れた」
「まあまあ、お嬢様が欲しがっていたお召し物もハーブティも用意しましたので」
私は緩やかなラインのワンピースドレスを着て、お化粧も薄くして、ハーブティを呑んだ。
「ありがとう。うーんやっぱりコルセットは私には無理だわ……あ、これラベンダーのハーブティね。それにこの色はマロウ……ああ、綺麗……すっごく癒やされる……」
「社交界に行かれる以前は、ハーブティなんて『ただの雑草煎じた水じゃない!』なんて言っていたお嬢様が……一体どうして……」
「え……まってください、元々の悪役令嬢はどんなのが好きだったの?」
「気合をいれるときはこう……腰に手を当ててコニャックをラッパで呑むような方でしたね」
「待って?!?!?! 元々の私、なんなのそれ?!?!」
悪役令嬢じゃなくて蛮族の女族長とかじゃないのか、それは。
しかし鏡のなかにいるのは、ゆったりしたAラインのワンピースドレスに身を包んだ金髪碧眼の美少女。
「……ほんとに、私がそんなことを?」
「ええ」
メイドはニッコリと笑う。私は体からヘナヘナと力が抜けた。
「まーいいわ……とにかく、これからはコニャックもコルセットもいらないから……体に優しく、冷えを予防して、ほどほどに運動して、健康的に過ごすわ」
「はい! やっと酒癖の悪さと化粧厚盛のクセが治ったので、これから社交界で頑張ってくださいね!
ファイト!」
「イヤー!!!!!!!!!!!!!!!!」
なにせ私は大貴族のご令嬢、どれだけ叫んでもご近所迷惑にならないので叫ぶことは自由だが、どうしても令嬢っぽい格好や社交界のどろどろしたやり取りは苦手で仕方がない。
しかし令嬢生活に慣れてくると、今度は広い庭やオーガニックな菜園、植物園、書庫、数ある美術品をいつでも楽しめるおうち暮らしがとても楽しくなってきた。
一日中あちこち眺めて回るだけでも運動になるし。
私は色んなものに質問した。
すると教育係や使用人たちが、嬉しそうに答えてくれる。こういう気遣いのいらない雑学トークや、お勉強は結構好きなのだ。いわゆる、wikipediaを読み出すと一日潰れちゃうタイプ。
すると私がそういう女な事が自然と他の令嬢、貴婦人たちにも広まってしまった。
ゆるゆるの服を着て麦わら帽子を被り、文化活動に興味関心の深い令嬢と。
「あのいつも酒臭くてヒステリックで、どの男にもチラチラと舌なめずりしながらウインクしてたあの小娘が、よくそんなおっとりした静かな令嬢に……」
「頭でも打ったのかしら……」
――評判をきけばきくほど、元の私が最悪すぎるんだけど。
ある日、気乗りしないまま参加したティーパーティで、私は令嬢たちに質問攻めにあった。
「どうして貴方はウエストを絞らない服を着てらっしゃいますの?」
「まあ……楽ですので……。楽だと血の巡りがよくなるから手足も冷えなくなるし、疲れにくくなりますし、生理痛もひどくなくなるし……」
「手足の冷えがなくなりますの!?」
「『※個人差があります』……ですけど、私は楽な服を着て、しっかり運動したほうが手足は温まりますね、締めるなら着圧靴下で足元だけかしら」
「生理痛のときってコルセットで締め上げて、早く出したほうがいいのではないの?!」
「いやいやいや、痛い時は体を温めてゆっくりしましょうよ」
「オホホ……絞っていないのに腰が細くてらっしゃるので羨ましいわ」
「ああ、毎日プランクしながら本読んでるからかも」
「プランクって?」
「こう……こんな風に」
「ひえー! そ、そんなポーズで長時間!?」
「それが細いウエストの秘密なのね! 真似していいですか!?」
「勿論です、私も自分で発明したわけでもないですし……」
何が流行になるかなんて、予測できないこともある。
突如として、令嬢達の中でゆるゆるAラインドレス&健康フィットネスブームが巻きおこった。
おそらくこれは、流行の揺り戻しだ。
前世の地球でも、ゆるっとしたエンパイアスタイルが流行ったり、バッスルスタイルが流行ったり、ミニスカートの次はロングスカートが流行ったり、流行はだいたいぐるぐると回る。
私の「締め付けない服、すっぴんスタイル」が、飾り立てて疲れたセレブな貴婦人たちの心をぎゅっと掴んだのだ!
気がつけば私はファッションリーダー的になってしまっていた。
「おめでとうございます! 社交界の華ですね!」
「お嬢様のサロンも大盛況です!」
「実は薄化粧が好きだった男性陣からも、ぞくぞくと『流行作ってくれてありがとう』のおたよりが!」
「冗談じゃないです! 目立ちたくない! 社交界怖い!」
目立ってもあんまりうれしくない。だって人間関係こわいから。
まあ、コルセットと厚化粧を強制されなくなったのは嬉しいけれど。
次第に私の趣味も、どんどん社交界で注目されるようになった。
毎日の気持ちを日記に描いたり。凝った手帳を作って見せあったり。
手作りジャムを作ったり。朝の散歩で写生をしたり。
私が好きな「丁寧な暮らし」をするだけで、周りもこぞって真似をしてきた。
そこから趣味のあうご令嬢、貴婦人友達もできてきて。
だんだん……人間関係が怖くなくなってきた。
メイドたちもニコニコしている。
「旦那様と奥様が亡くなってから、お若いのに酒を浴びるように呑んでは族どもの女番長をしていた、あのすさんだお嬢様が……こんなに穏やかで可愛らしいご令嬢になるなんて……」
「読書をしすぎることやお料理や庭いじりにご熱心でいらっしゃるのは、昔ながらのお嬢様らしくはありませんが、殿方たちからの評判も案外よろしいですものね」
「そうそう。いつ国際情勢が悪化するかも、いつ何時何がおこるかわからないご時世。質素倹約に勤しむことができて、学を忘れない、有事にも生活能力があって工夫のできる奥様は、案外好かれるものですものね」
こんな風に楽しく過ごしていると、自然と「素の私」を愛してくれる殿方からの求婚が舞い降りた。
そりゃそうだ。
いわゆる虫愛づる姫君だって、きっとカマキリが好きな貴人からすれば運命の人。
ゆるゆるの服を着て、インドア趣味に夢中な女でコミュ障ぎみの令嬢でもそれがいいって人はいる。
私の婚約者になった男性は、おっとりとして少し太っていて、けれどすごく優しい人だった。
「僕の作った馬車の模型、一番きらきらした目でみてくれたのは君だったんだ」
「だってこんな素敵なものを作れるひと、興味ありますもの。とっても素敵です」
「……僕は他の人達みたいに、上手く踊れないし、運動も苦手だ。太ってるし…それでも、僕でいいの?」
どうしてそんな自信がないことを言うのだろう。
私だってたいして綺麗でもないし、社交界だって得意じゃないし、完璧な令嬢なんかじゃない。
それでも顔を真っ赤にして、声をかけてくれたこの人は素敵だと私は思っていた。
「自信を持ってください。私の屋敷の使用人たちにも、街の人にも丁寧にしてくださるその紳士的なご対応。脂肪だって年を取れば大抵のイケメンも太りますしハゲますし、そんなものは興味ありません。背筋を伸ばして少し筋トレはしてほしいですが。……ほら、年をとっても元気じゃないと、趣味も楽しめませんよ」
私達は手を取り合う。
メイドたちが号泣するなか、ついに結婚の日取りが決まった。
無理に『銀行員の妻』をして病んで終わってしまった前世の人生。
今回は無理を絶対しないと決めたら、意外と幸せになってしまった。
こんなに簡単でいいのかしら。
思いながらも、私は素敵な旦那さまと一緒に幸せに暮らすようになった。
月日はめぐり、新居に暮らし。子供も生まれ、彼も領地を相続して立派にお勤めを果たし――
私は早朝のヨガをしながら、ふと思った事を口にする。
「そういえば、私が転生したこのゲームって乙女ゲーだったけど……私みたいなキャラクターいたかしら?」
鏡を覗いて目をパチパチしている女の顔に、全く見覚えがない。
「あれー…気のせいだったかな…? まあいいや。旦那様とも幸せだし、体動かすのは楽しいし!」
私は鏡を覗き込むのをやめ、庭で待つ子供とポニーの元へと軽やかに駆け出した。
そして、その日を境に――もう、前世の記憶はすっかり消えてしまった。
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記憶の中に埋もれてしまった、乙女ゲー悪役令嬢だった『わたし』。
それはコルセットとドレスで体型を盛って、肌の毒になる成分で作られた(30年後にこの世界でも害が発覚する)化粧品でおめかしして、体型維持のために食事中のダイエットばかりをしていた悪役令嬢だ。
そりゃあ、顔色もスタイルも、美貌の方向性すら違う。
顔を見てももう、思い出せなくて当然だ。
彼女は両親が亡くなってから一層、家の存続のために「理想的な貴婦人」になろうと努力した。
そして。
病弱なのに体に無理をし続けた生活は心まで病ませ、ギスギスと社交界で周りに嫌な雰囲気を撒き散らす女になってしまった。
同時に精神バランスを崩し、コニャックを煽って族と共に盗んでいない馬で夜の街を駆けたりしていた。
その後ようやくできた婚約者にたいしても、好かれるために真剣になりすぎて、本当に彼の好きなことや、彼が嬉しいことも見えていなかった。
自分は社会的に理想的な貴婦人として努力している。
だから婚約者も理想的に紳士として努力すべきだ。
見た目だってもっと理想的な貴公子になって。ちょいポチャなんてもってのほか。
馬車のミニチュアづくりが趣味なんて、子供っぽい。
そんなもの卒業してほしい。
ーーだって、私はこんなに無理しているのに。
かくして彼女は悪役令嬢になった。
婚約者は誠実な人なので、悪役令嬢との婚約関係を義務感で続けたが、悪役令嬢からうけるストレスが溜まりにたまったところでヒロインと出会った。
悪役令嬢の不良行為が明らかになり、そのまま婚約破棄。破滅。
悪役令嬢は馬で走り去り、国外で伝説の女蛮族となったというーー
けれど。
そんな話はもう、今では『あったかもしれないIF』にすぎない。
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庭では愛しい旦那様と幼い娘が、木材を持って何かをやっていた。
窓を開き、私は呼びかける。
「あなた! 今日は何をなさっているの?」
「この子に馬車のおもちゃを作ってあげているんだ!」
「素敵ね。私も手伝っていいかしら?」
「もちろんだよ! ……ごめんね、僕、こういうことしか得意じゃなくて」
「いいじゃない。なんでもできるあなたって素敵!」
「えへへ……いやはや」
「私もパパ、だーいすき♡」
ぎこぎこ。ノコギリの音に、夫のDIYで娘が喜ぶ姿。
駆け回るポニー。風が気持ちよくて、体も伸び伸び、最高だ。
「……あー、適材適所って感じね!」
転生前の記憶を思い出して、のんびり幸せになったコミュ障OL。
じゃあ『記憶を思い出す前の人格』はどこにいった?
真面目に役目を果たそうとして、無理をして、結果的に悪役令嬢になってしまう、努力の方向性が間違ってた人格はーー
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「え?! 私はもう結婚しているの?! 両親も元気に生きている……うう……嬉しい……。しかも……こんなに真面目でしっかりした旦那さま?! 全然子供っぽくない! 体型にあったスタイルアップの服も、化粧品の種類もいっぱい……。社交会もあるの?! 頑張らなくっちゃ! ああ、たのしい!!」
悪役令嬢の人格はコミュ症夫人の中に入っていた。
魂の入れ替わり。
しかしそこは適材適所。
こちらもまた良い妻として幸せな人生を過ごしていた。
お読みいただきありがとうございました!
悪役令嬢モノを楽しむたびに「私絶対うまく立ち回れない……」と思う筆者が書いた作品でした(笑)
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【お知らせ】
1/13より別作品の連載開始いたしました。転生巫女が陛下の夜伽になっていちゃいちゃ内政チート?する話です。
下にリンクあります。こちらもよろしくおねがいしますm(_ _)m