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「────まあ、あの方は?」

「ギュルカン様がエスコートしていらっしゃるわ」

「あの鉄の血の男がねぇ⋯⋯」


ひそひそと囁かれる小鳥のさえずりはもちろんギゼラにも届いていた。

羨望、嫉妬、時には侮蔑の感情を肌で感じたのは、ギゼラには久々の事だった。


ここは王城で開かれているデビュタントの為のダンスパーティーだ。


「これはこれは。ウルブリヒト様と⋯⋯失礼ですがこちらのご令嬢はどなたですか?」


ギュルカンにエスコートされながらカーペットの上を静かに歩いているギゼラの元に、豊かな髭を蓄えた中年男性が近付いてきた。ギゼラは小さく笑いカーテシーをする。


「エンバレク男爵家の娘だ。行儀見習いも兼ねて魔石研究所の方で働かせている。名をアンネリーゼと」

「初めまして、その、」

「ペティンガー子爵だ」


ギゼラがギュルカンの言葉を聞いてもう一度小さく微笑むと、ペティンガー子爵は目の下をほのかに色づかせて目を逸らした。


「エンバレク⋯⋯はて、不勉強なものでして」

「元商家の、一代限りの小さな新興貴族でございますわ。ペティンガー様が覚え留める程の家ではございません」


これは事前にギュルカンと示し合わせていたエンバレク家の設定だった。


「ほぉ。しかし平民の出だというのに、なんとお美しいお嬢さんだ。まるで月明かりに誘われて森の奥から出てきたエルフかと思いましたよ」

「⋯⋯まあ」


ギゼラは恥ずかしそうに頬に手を当てた。

誰がエルフだ。あんな偏屈引きこもり一族と一緒にされてたまるか。

しかもナチュラルに平民見下してんなこいつ。お貴族様ならちょっとは本音隠せばいいのに。

などと腹の奥で思っていたのは内密である。

その時、


「⋯⋯ウルブリヒトの。こんな所で遊んでいる暇があるのか? ああ、それとも既に退去の為の荷造りが終わったということか」

「で、殿下!」


侍従らしき男に青い顔を向けられながら、第一王子クリストフが姿を現した。

先程からチラチラとギゼラを見ていたので、来ることは分かっていた。

ここからが芝居の正念場だ。


「殿下。これはこれは」

「白々しい挨拶は良い。今日はやけに美しい花を連れているではないか、ウルブリヒトの。」

「エンバレク男爵家の娘です。名前はアンネリーゼと」

「ふむ。アンネリーゼ⋯⋯歳はいくつだ」

「今年で12歳になります」

「ファーストダンスの相手は決まっているのか」


クリストフがギゼラをじっと見つめながらそう問うと、周囲は息を呑んだ。

明らかにギュルカンがエスコートしている筈の彼女に対して不自然な質問だった。


「ギュルカン様にお願いしてございますわ」


ギゼラはそう言ってギュルカンの腕に己の腕を絡めてにっこり笑う。


貴族であれば貴族らしく、クリストフの言外の要求を飲み込み

「決まった相手はいない、壁の花にでも」

などとうそぶけば良かった。その後クリストフが誘いやすくするための呼び水として。


しかしギゼラはクリストフを突っぱねてギュルカンの手を取った。

たかが平民上がりがクリストフ殿下の誘いを。

いや平民上がりだからこそ伝わらないものなのか。

周囲はギゼラの一挙手一投足に耳を済ませた。


「⋯⋯アンネリーゼ。そういった振る舞いはやめなさい」

「あら、どうして?」

「この夜会に出席した今から、君はもう子どもではない。家族でもない男に、やたらと親しい距離で接するな」

「まあ!ひどいわ。前はよく一緒に遊んで下さいましたのに」


実はこの小芝居、当初はクリストフがアンネリーゼをダンスに誘い、アンネリーゼが渋々ダンスの相手を了承しようとする事で、クリストフとギュルカンが更に険悪な仲になり騒ぎを起こすのがシナリオだった。

ギゼラはそこに疑問を持った。

「いつもの二人がキャンキャン言い争ってるだけって思われない?」

と。

おそらくいつもいがみ合っている様に見せている二人だ。もしかしたらエーミール殿下や周囲の人も流してしまうのじゃないか。注目度や話題性に欠ければそれだけ標的が食いつく確率が下がる。

そう思ったギゼラは、勝手に作戦変更をしてクリストフ殿下の誘いを断ってみたのだ。


⋯⋯それにしてもどうだ、この妹ポジション設定の匂わせっぷり。

しかめっ面ギュルカンよ少しは動揺するがいい。

ギゼラが悪戯心でほくそ笑むと、ギュルカンは困ったような笑いを浮かべた。


「⋯⋯もうそんな年齢ではなくなったのだ。お互いに」


ギュルカンはそう言ってギゼラの頭を優しく撫でた。

くそ!軽くいなされた。

ギゼラは本音混じりで拗ねた顔を見せた。




「嘘!あの鉄面皮が⁉」

「笑ってる⋯⋯」

「余程親しい方なのでしょうね⋯⋯笑うと素敵な方ねぇ、ギュルカン様って」

「アンネリーゼ様もまんざらではなさそうよ。ほらあの微笑みをご覧なさいな。頬が薔薇のように染まっているわ」

「まあ、ご身分こそ違えどお似合いのお二人ね。まるで歌劇のようなお話」




口々に感想を言い合う周囲を背景にして、クリストフは白けた顔を見せて鼻を鳴らした。


「随分と親しげな様子だな」

「そのような事は」

「誤魔化さずとも良い。エンバレク嬢、そのような朴念仁がファーストダンスの相手で良かったのか」

「ええ、わたくしには勿体ない方です」

「ふん。そうかな? もうすぐ職を追われる男だというのに」

「そんなことはございません!ギュルカン様は、きっとこの先も大好きなお仕事をされますわ」


だからこの芝居が終わったら大人しく所長椅子に座っていて下さい。

そんな意味合いを込めてギゼラはギュルカンに熱を込めた眼差しを投げた。


「殿下。それではわたくしどもはこれで失礼致します」

「待てウルブリヒトの。話は終わっていないぞ!」


クリストフが気色ばんでギュルカンの肩に手を置こうとした時、それを遮るように透き通った声が聞こえてきた。


「兄様、ギュルカンにそう無理を仰らないで下さい。ご婚約者のミレット嬢に寂しい顔をさせておいて⋯⋯」


「エーミール、貴様っ」

「王族としてあるべき振る舞いを。⋯⋯すまない、ギュルカン。そしてエンバレク嬢も。騒がせたね」


────かかった!

クリストフよりも濃いブロンドに透き通った青色の瞳をたたえた男は、頭を振りながらこちらを見た。


「とんでもないことです、エーミール殿下。お気遣いに感謝いたします」

「気にするな。そうだ、あの冷血漢がとても素敵な女性を連れていると噂になっていたよ。⋯⋯どうやら噂は真実みたいだ」


エーミールはギゼラに微笑んだ。

第一王子に比べて随分とまともな人物のように見える。

しかし第一印象をことごとく裏切るのが貴族というものだ。


「まあ、そんな」

「そう謙遜せずとも良い。今日は楽しんで行きなさい」


エーミールはそう言ってギュルカン達に背を向けた。






「⋯⋯良くやった」


ギュルカンが小声で呟いた。

ギゼラの耳にようやく届くくらいの声だった。


「成功なんです? あれで」

「ああ。あの男、君を見て目の色を濁らせていた。────あとは適当な飲み物を手に取ってウロウロしていてくれ」

「あら優しい。もしかして休憩時間?」

「エーミール殿下の手のものが何か仕込んでくるだろう。迂闊に飲みこむなよ」

「ゲェ!」



+++++



蜂蜜色のとろりとした液体は、確かに少しだけ薬臭いような気がした。

まあ、だからこそ甘くて味が誤魔化されやすいシェリー酒に入れたのだろうけど。


ギゼラは手に持ったグラスに口につけた。

そして少し人に酔ったようだなどと言ってギュルカンに手洗い場を案内をさせた。


「⋯⋯っぶぇ!」


思ったより苦いぞこれ!

口いっぱいの苦味と臭みを腹の底から吐き出し、口をゆすいで手洗い場を出る。

すぐそこのダンスホールがやけに遠く、廊下が暗く見えた。


「⋯⋯大丈夫ですか⁉」


ギゼラの背後から声をかけてきたのは、釣り上げた大魚エーミール殿下だった。

偏屈引きこもり一族というブーメランに気付かないギゼラ

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