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「ねー、あんたほんとにギュルカンさん?」

「ウルブリヒトの名を呼べ。それが私の家名だ」


道中話しかけるギゼラにピリピリする空気を発しているのは間違いなくあのギュルカンの筈だが、ギゼラにはどうにも別人に見える。


「まあいいか。お風呂どっち?」

「ここだ」


そう言われて案内されたのは、石造りの部屋に蛇口とシャワーがちょこんと付いているがらんどうの部屋だった。

湯をはる浴槽もない。


「お、立派なもんじゃん。お湯は出るの?」

「一応出るが、期待しない方がいい」

「まあ真冬の川に比べりゃ天国かな。着替えはこれ?」

「それは夏用のローブだが」

「袖がない方がサイズ調整楽だもん。男の着るものは、私には大きくて。特に人族のなんかは」

「⋯⋯そういった発言も慎め。君の立場を危うくする」

「お優しい発言だねー!鉄の血が流れている噂ってデマ?」

「私は一旦出ている。準備が整ったら所長室に来い。寝泊まりする場所を与える」

「いたれりつくせりー!」


ギュルカンは浴室から出ていった。

その背中を見届けたギゼラは、ギュルカンに舌を出して睨みつけた。



ギュルカンの本質がどちらであるか、ギゼラにとってはどうでもいい事だった。

どうせお貴族様など、貴族以外の奴らを同等の生き物と思っていないのだ。

それが例え同族であろうと。

況やドワーフ族をや。



300年前のドワーフ族大虐殺は、人族にとっては歴史書の中の遠い昔の出来事だろう。

しかしギゼラの祖父母は生きてその渦中にいた。

同胞の断末魔の悲鳴や、ドワーフ族の叡智と誇りを注いだ書物が火種の火柱、その熱さ。

血肉にまで焼き付けられた恨みつらみは親の代から孫の代、つまりギゼラにまで深く刻まれていた。


あの災厄が再び故郷の村に降り注ぐかもしれない事を考えると、ギゼラが、この施設に半ば強引に連れてきたギュルカンに良い印象を抱かないのは当然だった。

そしてここから一秒でも早く抜け出す事がギゼラに出来る最良の行動に他ならなかった。


ギゼラはこの後、研究所内を見て回り逃走経路を確認する算段を立てることに決めた。

欲を言えばあのブローチも持って帰りたいぐらいだが、おそらくあれは簡単に返しては貰えないだろう。

「返すよ」と言われたあの時にむしり取ってしまえば良かったが、後悔しても遅いことはある。


「とはいえ、この建物厄介だなあ」


まるで牢獄のような建物の壁を、ギゼラは指でこつんとつついた。





一通り建物の内外を見回り、出てきた感想は「うん、脱走は無理」だった。

その辺を歩いていた職員曰く、元々貴族用の牢獄だった建物を改修したそうだ。

道理で頑健な造りになっているはずだ。


研究所の周りはぐるりと高い塀に囲まれており、日夜見張りがいる状況だ。

塀の素材は鋼合金で、穴を開けて足がかりにするのも手間がかかる。

唯一の出入り口は跳ね上げ式で、おまけに塀の周囲は水堀に囲まれている。

水の排出口にも鉄格子が入っていて、小魚以上に大きなものは通れない。

ゴミはすべて綺麗に裁断されなければ塀の外に出せない仕組みになっているし、焼却処分する為の大きい焼却炉まである。


腐っても国家機密の舞い込む王立施設。

一介の小さな女が逃げ出す隙間はなかった。


「こりゃ、本格的に軟禁の予感だ」


もしあのギュルカンに魔石に関する知識のヒントを与えたとして、それが国家に対する功績を上げる結果になったとして、その後ギゼラはこの施設を出ていけるだろうか。


恐らく答えは否だ。


ギュルカンが功績を独り占めしようとするなら、ギゼラは口封じの為に殺される。

もし殺されないのであれば、ギュルカンはさらなる成果を上げるためギゼラを飼い殺しにするだろう。


大抵の建物なら、人族より秀でた身体能力と経験で抜け出せるとギゼラは高をくくっていた。

魔石研究所がここまで厳重なセキュリティの施設だと想像出来なかったのがギゼラの敗因だった。

「だからお前はポンコツなんだよ」というバートの高笑いが聞こえてきそうだった。


「どう転んでもバッドエンド。とにかくいざという時に逃げられるように、準備は怠らないでおこう。⋯⋯まずは正攻法から試してみるか」


ここで言うギゼラの正攻法とは変装である。

ギゼラは自分と似通った体躯の人間を探す為に、研究所内をもう一巡し始めた。



「⋯⋯ぜんっぜんいない。女っ気ない。なんなのここ、むさ苦しい」

「女性職員を探しているのか」

「ええ、ちょっとねー」

「理由を聞く。正当な申し出であれば紹介しよう」

「へ?」


ギゼラの背後にはいつの間にかギュルカンがいた。


「ぎゃ!ギュルカ、いやウルブリヒト様!」

「ところで入浴の後には所長室にと伝えたはずだ」

「え、あ、そういえば」

「君のせいで業務が滞っている。ただちに来なさい」

「うえ〜、タイムアップ」


ギゼラはさっきよりも威圧感の増したギュルカンに首根っこを掴まれて引きずられていった。


「あ、身体強化してるな!逃げられん」





所長室に放り込まれたギゼラは、所長用の机にかじりついて書類仕事をこなしているダビドと目があった。

ダビドは眉を釣り上げた。


「濡れ鼠だったのが、天竺鼠までには小綺麗になりましたかな」

「お褒めの言葉ありがとうございまーす。そんで、何の用?」


ギュルカンはため息を付きながら奥の扉を指差した。


「今後はそこの部屋で寝泊まりしろ。たかがこれを言うためにどれだけ時間をかけた事か」

「え、そこって」

「私の仮眠室だ」

「断固拒否する‼ それなら外の馬小屋でいい!」


所長室の隣なんてプライバシーも何もあったもんじゃない。逃走計画だって立てられないじゃないか。


「そもそも、あっちで私が寝るならギュ、ウルブリヒト様はどこでお休みになるんですか」

「休憩は私もそこでとる。他に休める場所はない」

「え? よるは勿論家に帰るよね」

「仕事が溜まっている。暫くは帰れない」

「嘘だろ⋯⋯」


ギュルカンがそう言うと、ダビドは息を呑んでギュルカンとギゼラを交互に見比べた。


「いやマジで断ります!そこの庭の一部借りて野営します!」

「許可はしかねる。君を監視する意味を兼ねている。意味は分かるな」

「あーあー分かりましたよこのお貴族様が!一ヶ月、監視されてやりますよ!」

「それは承諾ととらえて良いか」

「はいはいはい好きにして下さい!もーすっげぇいびきかいて安眠妨害してやるんだから」


「お待ち下さいギュルカン様! そのような⋯⋯真にございますか?」


「異論があるのかダビド」

「は、いえ、あの、確認の意味で申し上げまして、そうしましたら仮眠用の簡易ベッドを運び込むのはどちらに」

「あー、毛布一枚くれれば床で寝るからだいじょーぶ」

「そんな訳にはいくまい。狭い部屋だが簡易ベッドをもう一つ運び入れるには造作ない広さだ」

「それ、狭いって言わなくない?」



+++++



ギゼラがギュルカンに促され部屋の中に入ると、そこは今までの殺風景な所長室と打って変わった景色があった。

趣味のいいふかふかの絨毯。複雑な模様のカーテン。飾り気こそないが、傍目にも品の良さが伺える上質なくるみ材を使った机や椅子。

そして何よりも目を引くのは、壁一面、棚一面に広がる妖しい煌めきの数々だった


「⋯⋯は? え、ミスリライド原石? こっちはオリハルコン? ヒヒイロカネも‼ ちょ、こっちの棚には魔石のアクセサリーがところ狭しと⋯⋯あーコレ私が前に無くした奴‼カルティナイト!」


部屋は大小の魔石で埋め尽くされていた。

聞けばそれはギュルカン個人が収集したものだという。


「気に入ったかい、レディ」

「気に入ったというかある意味ドン引きというか⋯⋯人族がよくここまで集めましたね」

「ふふふ、闇市というのは馬鹿に出来ない。出自不明の鉱石やアクセサリーには稀に魔石が混ざっている。平民は魔石と普通の鉱石の区別がつかないからね。本当の価値を知られないまま市場に並ぶんだ」

「へええ、だから闇市に出没して⋯⋯ん?」

「どうしたんだい、レディ」


ギゼラが振り返ると、なでつけた髪をぐしゃぐしゃにしたギュルカンがいた。

前髪はあの涼し気な目を覆いつくし、口には三日月のような笑みをたたえている。


「あれ? ギュルカンさんがいる」

「僕ずっといたよ!あーあー疲れた肩凝るー!君も見たでしょ、僕の所長っぷり。アレじゃ職場の雰囲気悪くしちゃうよねーごめんねー」

「えーと、双子や影武者じゃなく?」


「正真正銘、ギュルカン様でございます」


部屋の扉を締めたダビドは恭しく頭を下げた。


「先程からの非礼をお詫び申し上げます。ギゼラ様」

「えっえっ展開についていけない」

「簡単だよ!ウルブリヒト家の顔がある職場では、僕は大体ああしなきゃいけないんだ。ダビドはそれに合わせてくれてる感じー。ごめんねレディ、立場上孤児院から拾ってきた子と仲良くしてるの見せられなくて」

「あっちの方がお貴族様っぽいし、別に気にしてないけど。今はその態度でいいの?」

「いいのいいの!この部屋防音と盗聴防止かけてるからー」

「職権乱用しすぎじゃない? 魔石使ってるでしょ」

「んふふふー☆」

「語尾に星をつける貴族、イラッとするわあ」


「ギュルカン様。この部屋にギゼラ様を呼んだということは⋯⋯わたくしの想像している通りでよろしいのですね?」

「あーそーそー。合ってるよ。多分ね」

「かしこまりました」

「何そのふわふわした会話。どういう事か聞いていい?」

「内緒!ちょっと恥ずかしいからね」

「うげぇ。頬を染めるな頬を」

「それにしましてもギゼラ様、ベッドはどこにお持ち致しましょう」

「僕の隣でも構わないんだからね!」

「それは遠慮しますよー。んーと」


ギゼラはキョロキョロと辺りを見回した。そして、窓ぎわに置いてある向かい合わせになった一人掛け用ソファ二脚に目をつけた。


「なんだ、良いのあるじゃん」

「え? ソファで寝るのかい」

「きちんと睡眠は取られませんと。身体に障りがございますよ」

「この背中のクッション取ってー、向かい合わせにくっつけてー。ほい完成。これで寝れるじゃん?」


そう言ってギゼラが二人に見せたのは小さなベッド⋯⋯には到底見えない代物だった。

それを見た男二人は困ったように唸る。


「流石に小さすぎやしないかい」

「んなことありませんよー。ホラ」


ギゼラが試しに横になると、多少小さいが手足を折り曲げれば十分に寝られるサイズだった。


「しかし、女性をこのような場所に寝かせる訳にはまいりますまい」

「私のこと女扱いするなら、まず男と同室っていう事を考えてよ。これでも成人したてのぴっちぴちなんだから」

「へえ、いくつになったの?」

「軽々しく年齢聞かないの!黙秘!」

「これは失礼。許してくれ」


ギゼラはそのままソファのベッドに転がった。

窓の外から見える高い塀の越え方を頭の片隅に思い描きながら。

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