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王立魔石研究所で短期の下働きをするという取り決めとなったギゼラは、孤児院に一旦戻った。

荷物がある訳ではないが、院長に話を通すのと、一夜限りではあるが同室だったシンリーに一言挨拶をと思ったのだ。

シンリーに行き先が出来たと告げると、彼女は驚いた後に拗ねたような顔を見せた。


「嘘、あんたちょっと幸運過ぎない? 孤児院に来た直後に働き口見つかったなんて」

「んー。ちょっとツテがあってね。そもそもこの孤児院に来たのも手違いだったというか」

「ふぅーん。ねえあたしも連れて行ってくれない? こんな所の臭いご飯なんてうんざりなのよ」

「まあ⋯⋯口利きは出来ると思うけど」

「やったぁ!で、どこで働くって?」

「王立魔石研究所」


ギゼラがそう言うと、シンリーは顔を引きつらせて態度を翻した。


「お断り!」

「え? なんで」

「なんでってあんた⋯⋯知らないの? そんなヤバいとこ」

「⋯⋯ヤバいの?」


あのちゃらんぽらんなギュルカンがトップに据えられているのだ。相当適当な組織だと思っていたのだが。


「魔石の研究の為なら人を人とも思わない連中の集まりよ。噂じゃ人体実験もざらだって話。なんでも牢屋に入った死刑囚と処刑された人数が、月に二、三人は数が合わないんだって」

「ええー⋯⋯」

「私の親戚の知り合いがそこの下働きだったけど、研究者は皆腕や首や足に傷跡だらけだって言ってた。きっと数の合わない死刑囚を生きたまま⋯⋯してた時の傷だろうってさ」

「へえ〜。でも私、ギュルカンさん預かりなんだよね。実務はやらなくていいって言われてるしー。酷いことにはならないんじゃない?」


むしろドワーフ族の知識を無闇に受け渡しではならないので、下手に手を出したくない。表向きは書類整理やごみ捨てなどの雑務をこなすという体で雇われた。


「ギュルカン? もしかしてあのウルブリヒト家の?」

「んー? そんな家名だったかなあ。超すっごいお貴族様の四男坊だって言うけど」

「じゃあそのウルブリヒト様じゃない!よりによって一番最悪な人に付くのねあんた⋯⋯あたしは死んでもお断り」

「そんなに言う人?」


確かにあのヘラヘラした感じはイラッとするけど、恐れるとは少し違うような⋯⋯。

ギゼラは首を傾げた。


「そんなによ!鉄の血が髪の先まで通ってる、凍った水晶より冷たい冷血漢だって専らの噂なんだから」

「えええ〜?」

「あんた、明日には石の材料に混ぜ込まれてるんじゃないの? あたし、やっぱり孤児院でいいわ。せいぜい生き延びてねギゼラ!」


そう言ってシンリーは食堂の掃除に行ってしまった。

ギゼラは疑問を解決出来ないまま、研究所から来たという迎えの馬車に乗ることになった。


+++++



「うお、これが研究所⋯⋯」


王宮から少し外れた場所にあるその建物は、牢屋かと思う程無機質な見た目をしていた。

色味の褪せた三階建ての煉瓦造りで、窓には鉄格子がかかり硝子は分厚い。

殆ど囚人を収監する建物と言って差し支えない程だった。


「こちらに」


案内をしてくれたのは頑強な男だった。ギュルカンのいる所長室まで案内をする間余計な口は聞かなかった彼だが、目が雄弁にギゼラを訝しんでいた。


────何故こんな奴が研究所に?


ギゼラは、男の不躾な視線は最もだと思った。

しかし口を開いて同意などはせず、言われるがままに男の後についていった。


「こちらの部屋です。詳しい業務については所長と秘書のダビドさんから聞いて下さい」


男は一礼して去っていった。

不審な女に対しても礼儀正しい男だった。

ギゼラは密かに彼をいい人認定した。


「失礼しまーす」


ギゼラは目の前のドアノッカーを掴み、音を立てた。


「────入りたまえ」


ドアの向こうからは予想外に落ち着いた声が聞こえてきた。

ギュルカンなら「ああ!どーぞ入ってくれ!」ぐらいの陽気さを見せるはずだ。

なら、さっき言ってた秘書さんかな?

ギゼラはそう思いながらドアを押し開けた。


部屋の中には、必要最低限の机と多数の実験道具、そして二人の男がいた。

一人は白髪混じりの壮年の男性。そしてもう一人が────


「えーっと、どなた? ギュルカンさんは?」


壮年男性の横に立っていたのは、黒曜石よりも深い闇色の前髪を上げ、整髪料できっちり髪を固めた背の高い男だった。

切れ長で涼し気な目元や固く引き結んだ口からは所長の威厳すら感じさせる。

彼は染み一つない白い前開きのローブを着ているが、それは清潔さというより着ている本人の潔癖さを表現しているようだった。


男は眉間に皺を寄せて不機嫌そうにギゼラを睨んでいた。


「私が王立魔石研究所所長のギュルカン・アマデウス・ウルブリヒトだ。以後私のファーストネームを呼ぶのは慎みなさい。立場を弁えて職務に勤めるように」


誰だこいつ。

もしやギュルカンの影武者⋯⋯いや影武者ならもう少し似せてくる筈だ。

同姓同名の別人なのだろうか。


壮年男性は不安そうな眼差しをギゼラに向けた。


「ギュルカン様、こんな小さな子どもを⋯⋯?」

「事情がある。深く詮索するな」

「それは、長年ウルブリヒト家に仕える家令にも秘匿されるべき事情でございますか」

「主人である私が詮索するなと言っている。不服かダビド」

「いえ、出過ぎた真似を致しました。何卒ご容赦を」


ダビドは慌てて頭を下げた。


「そんで、私のお仕事はなんですか?」


ギゼラは来客用であろう、この部屋に似つかわしくない豪奢な長椅子に音を立てて腰掛けた。その下品な振る舞いにダビドは眉をひそめる。


「立場を弁えて慎みたまえと言ったが、聞こえなかったかギゼラ君」

「ごめんねー、下町暮らしが長いんだ。お上品な振る舞いなんてひっくり返っても出てこない」

「⋯⋯まあいい。君の表向きの仕事は私の部屋を中心とした研究所内の雑務だ。当面は清掃と不要物の廃棄を命ずる」

「⋯⋯命ずる、ねえ」

「何だ」

「いいえー。ほんで裏向きは?」

「後々分かる。今は言われたことをこなせ」

「ほーい。ほんとお貴族様ってのはまあ人に命令する事が好きなんだから」


ギゼラがあくびをすると、ダビドが隠しきれない怒気を笑顔の下に隠して一歩出た。


「如何なる事情があるのかこの年老いた身には想像もつきませんが、ギゼラと申しましたか。ギュルカン様に不埒な真似を働けるとはゆめゆめ思わぬよう心に留めおき下さい」

「はいはーい。頼まれたってお断りだ!」

「まずはその臭くて下品な出で立ちをどうにかしろ。風呂には入ったことがあるか」

「んー? 15年前にあわあわゴージャスな風呂に入ったかなー」

「ギュルカン様はそのような冗談を好まれません。つきましては、職員用の風呂場がございますからそこで身支度を調えるのがよろしいでしょう」

「何も持ってきてないんだけど、替えの服ってある?」

「職員用の白いローブが」

「十分。じゃ、お風呂はどっち?」


「私が案内しよう」


ギュルカンがため息をついてドアの方向に向かった。


「ギュルカン様!そのような事を」

「よい。それとダビド」

「何でございましょう」

「ギゼラ君は成人女性だ。そのつもりで扱いなさい」

「いえーい。こないだ成人したばかりだよー!」


ギゼラは指を二本頬に当てて口だけ笑った。

これが最近の下町の若者に人気のポーズなのだ。

嘘は言っていない。この間(五年前)ギゼラはドワーフ族の成人年齢である90歳となっている。

人族で言う所の18〜20歳ぐらいだが、ダビドよりも20以上は年上だ。

たかだか70歳前後の年下の男の子に白い目で見られたって、小娘扱いされたって、ギゼラにはどうという事もないのだ。


大人の余裕を見せておかないとね!


その辺の事情を知らないダビドは、絶句しながらギュルカンとギゼラの二人を見送ることになった。

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