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「それぇぇぇ! どうしたの? 売ってたの? 誰が見つけたの⁉」

「僕が買ったんだよ、銀貨三枚でね」

「ぎっ銀貨っ⋯⋯」

「そりゃ、とんでもねぇヘボな目利きがいたもんだ」

「見た目より軽いからねぇ。台座が銀メッキとでも思ったんじゃないかな?」

「メッキ⁉ あれミスリル⋯⋯」

「おいギゼラ」

「あ」


ブローチの素材について話すのは、例え台座であってもタブーだった。それもこれも、人族に交じるときに自分がドワーフと気付かれない為の決まりだ。


「レディ、返して欲しい?」

「そりゃ当然!」

「でも困ったなぁ、これは僕が買ったものだし」

「銀貨三枚なら出すから!出せるから!バート立て替えておいて!」

「金の問題じゃないんだ。僕はこのブローチが気に入ってねえ」

「それ家の家宝的な奴だから返してぇぇぇ」


そう言うと、青年は指を顎に当ててうんうんと頷いた。



「家宝!確かにこれは大層貴重な石だ。生まれて初めてみたよ────ライツェンタールなど」

「ば⋯⋯お前!」


その言葉が聞こえた瞬間、ギゼラは全身の毛が逆立った。そして衝動のままに跳躍し、肘を大きく後ろに引いて背中をしならせ、青年の頭に拳を打ち込んだ。


まずい。非常にまずい。

あれが魔石と知られてしまった。

あのブローチが魔石で出来ていると知った他種族は、関わった者全てを消さなくてはならない。

それが一族の掟だ。

ギゼラは興奮した頭の中で、衝動的に倒してしまった青年の死体をどう処理するか考え始めた。


ところが、


「痛ぁ!いきなり人をぶつものじゃないよレディ!」


ギゼラの拳を受けた青年は、額を擦りながら口角を少しだけ下げた。ギゼラは驚愕の眼差しで青年を見る。


ドワーフ族は他種族よりも身長が小さいため、力がないと思われがちだ。

しかし本来石工や探鉱に優れた文化を持ち、幼い頃より重く硬い石を持ち運び、破壊する作業に従事してきた彼らの鍛え上げられた身体は、並の鋼鎧など拳で貫ける。


「なんで!? 私の渾身の右を頭に食らったのに⁉」

「嘘だろ、ギゼラの拳をたかが痛ぇで済ませやがった」

「ハハハハハ!石頭には自信があるんだ」

「いや頭がどうのじゃねぇよ。背骨大丈夫かよ」

「む? 別に何ともないよ」


渾身の一撃を「痛い」で済まされたギゼラのプライドはボロボロだった。

ギゼラは昨日無くした荷物の中にあった、愛用のハンマーを無意識の内に探した。


「うそ⋯⋯私の渾身の⋯⋯待って、い、如何に鍛えた人体と言えど⋯⋯金属には叶わない⋯⋯あれさえあれば、あの子さえいれば」

「ギゼラやめとけ、ハンマー探そうとすんな」

「ハンマーどこ、私のハンマー⋯⋯」


生まれた瞬間からハンマーを握らされるドワーフ族にとって、ハンマーは相棒であり心の拠り所なのだ。

一種のおしゃぶりみたいなものである。


「やめとけって、とにかく一度話を聞いてやろうぜ」


な?

バートはそう言ってギゼラの背中を擦った。


「うっうっ⋯⋯ハンマぁぁぁ」

「分かったから、それも探してやるよ」



+++++



バートは己の隠れ家の一つに招待し、精神的にボコボコになったギゼラとやたら上機嫌な青年を客間に迎え入れた。


「まずはお互いの自己紹介だね!僕の名前はギュルカンだ」

「⋯⋯ギゼラ」

「ギゼラ、素敵な名前だね」

「名前に素敵もクソもない⋯⋯一族の名前は使いまわしなんだから」

「だからそうやすやすと情報を与えるんじゃねえよギゼラ。ほんと石の事以外はポンコツだなお前」

「何さ、10の頃までおねしょしてたバートが!偉そうに!」

「ばっ⋯⋯今はそんな話をしてねぇだろがよ」

「ほうほう、バートは10までおねしょ⋯⋯」

「ギュルカンてめぇ、何を手帳に書いてやがる。それと10じゃねえ8だって!」

「10も8も同じでしょうが!」

「俺にとっては大事な違いなんだよ!」


そんな二人の応酬を眺めていたギュルカンは、三日月のように口角を上げながら顎に手を置いた。


「ふふふ、ドワーフ族には2年など、僕らの2週間みたいなものなのかなあ?」


「流石にそこまでの感覚じゃないけども!」

「お前、人族のガキの頃の2年はでけぇんだよ、分かるだろギゼラ」

「あれ? ねえねえ僕サラッと重大事実言ったと思うんだけど」

「んなことよりその手帳寄越せ」

「ふーんだバートは10でおねしょでいいじゃん!覚えやすいしー!」

「俺をイジる材料をキリ良く覚えようとすんな!そろそろ忘れろよクソババア」

「バァァァト?」

「何だやんのか、ハンマー探してやんねぇぞ」

「ずるい!権力を笠に来て横暴するなんて!」

「闇市の元締めは大体そういう性格に落ち着くんだよ!」

「そろそろ僕のこと構って欲しいなァー」




しっちゃかめっちゃかになった三人は一旦落ち着いた。

バートが珈琲を淹れている間に二人はそれぞれ一人がけのソファに腰を沈めた。


「それで、どうしてドワーフ族のレディがこんな所にいるんだい?」


口火を切ったのはギュルカンだ。


「その前に!どこで私がドワーフ族ってばれたか教えてもらっていい? 今後の参考にしたい」

「やだなぁ、どこでも何も、最初からだよ。僕言ったじゃないか。「小さなレディ」って」

「いやそれちっちゃいお嬢ちゃんに使う常套句」

「あれ? そうかあ。ごめんごめん知らなかったよ」


バートとギゼラは目を合わせた。

「こいつマジかよ」という目線を交わす。

ギュルカンは常に陽気で掴みどころのない男なので、それがジョークなのか本当の事なのか分からなかった。


「じゃあ何であなたはドワーフ族について知ってるの?」

「僕の質問にも答えてよ。レディ、君はどうしてこんな所にいて、大切なブローチを無くしたのさ」

「まあ色々ありまして⋯⋯」


「ま、ドワーフ族にもたまには異端の奴が出てくるんだよ」


バートは芳醇な珈琲の香りを漂わせながらテーブルにカップを置いた。カップは銅を加工した美しい一品だ。


「知っての通りドワーフ族は他種族を嫌ってる。奴らの魔石採掘や加工の技術は途方もない価値があるし、それを目当てに歴史上何度も虐殺が起こった。だから普通のドワーフは自分の持ってる知識や財産を隠匿して、閉鎖的な村社会で生きてんだ」


「だが、そこのレディはそうじゃなかったんだね」


「ああ。村の治める領土にある石じゃ足りねぇと昔から世界を旅してる。こいつは基本ポンコツだからよく色んなもの無くすし、秘密を喋りそうになるし迷子にもなる。だが石にかけちゃ本物の馬鹿なんだよ。勿論いい意味でな」

「ふふん、新しい金属を発見したこともあるんだからね!」


ギゼラが胸を張ると、バートはため息をついた。


「鍋で煮て融ける金属なんか、何の役に立つんだよ」

「道具は使い方次第ですぅー」


「なんと!もしやあのビスマスを発見したお方か⁉」


ギュルカンは心底感嘆した声を上げた。


「お? ご存知?」

「知っているもなにも、僕の直属の部下がそれを今研究しているんだよ。いやあ面白いねえ、あの低融点金属は」

「けんきゅ⋯⋯え、ちょっと待って」

「紹介が途中だったな。ギュルカンは王都にある魔石研究所の所長だよ」


バートはさらりと言うが、ギゼラは血の気が引く思いをした。

魔石の研究所なんて、捕まったら最後、ギゼラの家石を始めとしてドワーフ族の秘密のあれやこれやを搾り取られるに決まっている。

良くて軟禁、最悪奴隷だ。


「過去イチまずい!ちょっとギュルカンさん、何も言わずにブローチ返して!今すぐ逃げる!」

「一人の魔石好きとしちゃ、君とはもっと話をしたいんだけどなあ。ブローチだって僕の部屋に飾って眺めていたい位なんだ」

「馬鹿なの? 飾るの? 魔石だよ?」

「む? このミスリルの加工技術、ロマン溢れる繊細な拵え、何よりも高純度を示す金属光沢と美しいへき開を活かしたカット!⋯⋯こんな美しいライツェンタールは十分鑑賞品としての価値があると思わないか!」

「そう言われると照れるけども!」

「おや、もしや君がこれを?」

「そうそう材料の採集から完成まで一通り」


自分が持つための家石を一から作るのが、ドワーフ族の成人の儀の一つなのだ。

ギゼラは90歳の時にこれを完成させた。


「照れてる場合かよおい、また情報漏らしてるぞ」

「そうか!おのれ策士め⋯⋯!」

「うーん、今のは僕悪くないと思うけどなぁ」

「大体てめえがいつまでもヘラヘラしてっからギゼラも怪しむんだよ。交渉するなら素は隠せ。────安心しな、ギゼラ。こいつは正真正銘の単なる石馬鹿だ。なんならお前の同類で」

「うっうっ⋯⋯バート⋯⋯マーティンやトニーの代から付き合いあったけど、これでおしまいだね…」

「あん?」

「じゃ!」


ギゼラは勢いよく窓に向かい、硝子を破って外に出た。

ここは3階。頑強なドワーフの身体なら落ちても傷は浅いのだ。


胃の底が浮き上がる気持ち悪さに数秒耐えて地面に足をめり込ませる。

骨が僅かに軋む感触を頭の中で確認し、煉瓦の瓦礫から足を引っこ抜くと、即座に周囲を確認する。

バートの隠れ家の一つ、スラム街の雑居ビルから抜け出したギゼラは迷わず地下に続く狭い道を選択した。


「そんなに結論を急がなくたっていいじゃないか」

「へぇ⁉」

「流石の僕だって、そんなに拒絶されたら傷つくぞ」


ぷんぷん、といった擬音がぴったりな程頬を膨らませ、ギュルカンはギゼラの目の前に立っていた。

背筋に寒いものを感じながら、ギゼラは道端に落ちていた配管を力任せに叩き折る。

その切れ端を次々に壁にめり込ませ、窓の縁も使いながら足がかりを作っていく。

ものの数秒でビルの屋上に登ったギゼラは、辺りを見渡した後隣の建物に渡れるようなロープを探した。


「まあまあ落ち着いて!一回だけ話を聞いてみない?」

「はぁ⁉」


流石に息を切らしたギゼラの横にはあの男だ。

汗一つかくことなくにまにまと笑っている。


「どうして────そうか、あんた魔石持ちか!」


そうだとすると合点がいく。

先程ギゼラの拳を受け止めたのも、瞬間的に移動したのも。彼は魔石によって防御魔法や空間転移魔法を展開したに違いない。


「ハハハハハ、流石に分かっちゃった?」


ギュルカンは長い袖の下からシンプルな作りのブレスレットをちらりと見せる。

そうしてギゼラの方に素早く手を伸ばした。


「⋯⋯なるほど、お貴族様だったって事か。それも魔石を複数持てるくらい身分が高い、本物のお坊ちゃん」

「んー、でも僕四男だからねえ。スペアのスペアにも手が届かない気楽な身の上だよ。両親とはほとんど会ったこともない上に、離れで暮らしてるんだよね。なんなら平民と思ってくれていいんだけど」

「いやもうこの際あんたの身分はどうでもいい!お家帰りたいから離して!」


ギゼラはじたばたと足を動かした。

ギュルカンは先程からギゼラの脇の下に手を入れて持ち上げているのだ。

リーチの差によりギゼラの手足は空を切る。身動きが全く取れない。


「やれやれ、話も聞かずに逃げ出すなよ」


バートが階段を上がってきた。


「うっさいわ!秘密がバレたドワーフは皆ああするの!」

「大声でドワーフだ何だ言うなよ。オラ、部屋に戻るぞ」

「窓の割れた寒い部屋やだー!」

「お前がやったんだよ!」

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