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クローゼット

 家の数キロ先には、山並みがある。災害後の地震マップにはその周辺一帯が赤く染まっている。赤は震度7を示し、その周辺は大きく損害を受けていた。土壌はもろくひび割れている。その穴をかき分け、モグラ男は出てきたのだ。

 でもモグラ男は光に弱いはずだ。朝日が近づいてくると一旦地中に戻り、考える。それから思いつくのだ。外からではなく、中を通って探せばいいことを。一体彼が何を探しているかは私にすらわからない。ただ一つ言えることは、かくれんぼのように見つかったら、負けなのだ。

 あるいはモグラ男は液状化現象再発防止のために作られた、揚水井戸の穴と自身の掘り進めた穴をハブにして自由に行き来しているかもしれない。たとえ地下水を抜いても、モグラ男はいる。鼻をひくひくさせて、夜になるのを待っている。昼間は住居の明かりのないところ、薄いところ、たとえばクローゼットなんかやベッドの下、地下室、貯蔵庫なんかがあれば気をつけた方がいい。私はかくれんぼの途中、彼と出くわしそうになったことがある。幸い扉を閉じていたからモグラ男が出てくることはなかったけど。

 それに私の父さんも気づいたのか、あの日以来、とても用心深くなっている。

 家の外にも中にも耐震強度材があらゆる形で組み込まれている。設計図や土台に、クローゼットやテレビに、電化製品には安全装置や予備電源が組み込まれている。それらはとても慎み深く起動する。まるで私の父さんみたいに。

 食料庫には非常用に備えた避難地図が張ってある。市のサイトから写したものだ。そこに私の父さんは独自のメモを加えている。避難所、日用品、食料などを調達するドラッグストアまでの最短ルート、ガソリンスタンドまでの最短ルート、市役所や消防署までの最短ルート、友人や親戚たちの家までの最短ルートが色別に書き分けられている。私の父さんはそのルートを車や自転車、ときには走ってそのルートをマラソンする。毎日じゃないけど、よくそうしている。

 帰ってきてまず私に「ただいま」と言う。私は「おかえりなさい。パパ」と言う。

 お風呂から上がった後、私は両親にモグラ男のことを話した。もしかしたら今日来ているかもしれないと思ったから。カレーなんかを作ったときに食料庫の光のない場所に隠れていたと思う。おそらくその時にはもう、私の家にモグラ男は住み着いていたんだろう。

 しかし当然の如く両親は否定する。

「いるわけないじゃない」きっとアニメかマンガに出てくるのでしょ。彼らはモグラ男を食卓に飾るちょうどいい会話を娘が話してくれているぐらいにしか思っていない。

 私はそれを証明したいけど、出来ないのだ。でもモグラ男は近くまで来ていたのだ。

最初は私の父さんのクローゼットに、次にママのクローゼットに、最後に私の部屋のクローゼットに順番に穴を開けていった。クローゼット間を移動しやすいように、パイプ菅のような通路を彼はその爪で用意した。私の父さんはそんなのあるわけないじゃないか、ほら見てみなよと言う。確かに空いてはいない。でも昨日は空いていたのだ。モグラ男一人分の穴が確かに。

 その穴の写真を撮っておけば良かったと後悔した。次の朝には消えていたし、その日の夜に彼は現れなかったからだ。その後数日間は、モグラ男は出てこなかった。きっと私に見つけられるから穴を塞いでどこかに隠れていたんだろう。

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