足跡
卵のようなつるりと綺麗に開けられた穴はクローゼット探偵が話している通りの穴だった。始まりはほんの小さな穴だったかもしれない。でも徐々に大きく穴は広がり、最終的に人が一人通れるだけの大きさを作り上げ、それは成人男性一人分の大きさまで手を加えられていた。最初から人が通ることを含めた掘り進め方に思えたし、何よりもまずモグラ男が上手く誰かに気づかれないように今迄掘り進めてきた事それ自体が不思議だった。
私の父さんは周辺一帯が地盤沈下するかどうかについて知らないはずはないし、地質調査員局だってそのデータには目を通しているはずだった。
にもかかわらずこの穴は存在していた。無論、ただの空洞に過ぎない。私の父さんが穴を塞ぐために業者を呼んで話は終わり。日常に戻っていけばいい。
かえるちゃんが買ってきた梯子をクローゼットに括りつけ、下に降りた。その先にモグラ男はいなかった。
「なんだ。何にもない」かえるちゃんは周辺を見渡した後、もう一度そう言った。
「ただの穴ね」私たちが引き返すことだってありえた。
あるいは、こう言うことだって出来る。
「これは不思議な国の穴なんだ」
私たち以外の誰かがこの穴を彷徨ったとき、この穴がどちらの穴か区別出来ない相手に対して私はそう言う。その足跡を、私は誰かに対して分かち合いたいと思う。そうすることでしか私はモグラ男について話すことが出来ないのだ。この穴に続くモグラ男に飲み込まれないための注意書きとして。あるいはもう二度とここへ立ち入らないと誓うための約束の代わりとして。しかし私たちは約束を破った。私たちは穴に進むことを選んだのだ。