文芸部
「久しぶりに太陽を見たね」
私は、母のその言葉に吐き気を覚えた。小説の出だしには陳腐であり、現実にしては気障な台詞であると思ったからだ。北部の低気圧と、南部の高気圧が、ちょうど沖縄で前線を作っていて、しばらく十二月に似合わない梅雨のような天気だった。私の通う高校では冬服への移行がもう済んでいて、寒いけれど着込むとジメジメするような、そんな気持ちの悪い気候が続いていた日の朝だった。運転していた母にワンテンポ遅れて、後部座席から朝焼けが見えた。その姿をしっかりと確認してからは、確かに太陽へ旧友との再会に似た親しみを覚えたが、先程の空返事を訂正する気にはなれなかった。
寝ぼけ眼の早朝講座が終わり、クラスメイトの一人が、窓を見て「良い天気だ」と半場独り言のように言っていた。確かに良い天気だった。快晴ではないが、冬の梅雨とは比較的に、実に爽やかだった。「感動した」また、彼女が独り言を呟いた。私は別に感動はしなかった。しかし、彼女はしばらくの間、空を見ていた。自然を尊ぶような性格の持ち主でないクラスメイトが、スマホも触らずに空を見ていた。本当に感動したんだろうなと思った私は、太陽でもないのに少しだけ嬉しくなった。
実話