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朝になった。
ソファで寝た一樹だったが、熟睡できたとは言えなかった。
色んなことを考えた。
そして、ときどき苦しそうに寝返りをする遊史をずっと見ていた。
一樹は、カーテンの隙間から朝日が覗くのを確認した。
今日は、金曜日だ。仕事に行かなければならない。
何で、陵介の馬鹿は、今回の飲み会を木曜に設定したんだ。
陵介にとっては、理不尽な怒りを心の中でぶつける。
眠れなかったので、身体はだるいが、一樹は、一息ついて、一気に起き上がった。
棚の奥からコーヒーメーカーを引っ張り出し、卵を焼き、パンを焼いた。
コーヒーメーカーから、ポコポコと音がし始めた頃、ベッドから声がした。
玄関から入ってすぐに台所がある。その奥が7畳の居間兼寝室だ。仕切りから、奥の部屋をのぞくと、遊史がボーっと天井を見上げていた。
「ここって?」
「俺のマンションだよ。」
一樹がカーテンを開けると、遊史は、眩しそうに腕で顔を覆った。
「何も覚えてない。」
「かなり酔ってたからな。」
「…」
目をこすりながら、遊史は起きようと試みようとして、うっとうめく。
一樹は、笑いながら、上体を起こした遊史の背中をなでる。
「二日酔いだろ。飲み過ぎだ。」
顔色が悪い。今日は、仕事は無理だろう。
一樹は、すぐそばにいる遊史を、激しく意識してる自分を感じている。
「俺は、仕事に行くけど、お前、どうする?」
遊史は、一樹の手を止め、ゆっくり体をベッドに沈めた。
「休む。」
眉を寄せて、きつそうな顔をしてる。
少し身体を動かすだけで、吐き気がするようだ。
「そっか。無理するな。」
何気なさげに、答えるが、一樹の動悸は、激しくなっている。
ワクワクするような気持ちを殺して、一樹は、普通を装う演技をする。
「シャワー―浴びたかったら、着替えとタオル、ここに置いとくから、使っていいよ。多分、今日は動けないだろうから、一日寝てたら。」
「帰るよ。月曜までに、まとめないといけない書類があるんだ。」
「無理するな。明日もあさってもあるだろ?」
今の傷ついている遊史を、一人にするわけにはいかない。
心の中で、そう理由づけている。
でも、実際は、1分でも1秒でも、自分自身が遊史といたいだけなんだ。
でも、その気持ちを、遊史に悟らせるわけにはいかない。
今までずっとそうだったように、普通にふるまうんだ。
一樹は、わざと、仕方なさそうに鍵をとりだした。
「もし、どうしても、帰りたくなったら、鍵、ここに置いとくから、出る時、ポストにいれといてくれ。」
「わかった。」
じゃあと、玄関に行きかけて、一樹は、もう一度ベッドに戻った。
「本当に無理するな。もう一泊しろ。」
「?」
遊史の不思議そうな顔に、ちょっと強引だったかと反省する。
けれども、遊史は別の解釈をしたようだった。
「陵介に聞いたんだな。」
自嘲気味に笑う。
あまり、見たことのない痛々しい笑顔だった。
理由は何でもいい。
「とにかく、早く帰ってくるから、どこにも行くなよ。」
念を押して、一樹は、仕事に出かけた。
休みたいくらいだったが、遊史の二日酔いにつきあって会社を休みましたなんて言い訳を、遊史に言いたくない。
メールもしたかったが、気にかけすぎていることも悟られたくなかった。
自分は、あくまでも、傷ついた遊史をフォローしてやるただの親友なのだ。
遊史が、一人がつらいというなら一緒にいる。
遊史が、きついなら、世話を焼いてやる。
遊史が、一人になりたいなら、一人にしてやる。
あくまでも、遊史のフォローなのだ。
自分が遊史のそばにいたいなんてこと、遊史には絶対に知られたくない。
そのためなら、精一杯の演技をする。
それは、得意だと思ってた。