8
最初は、わけのわからない感情だった。
まさか、男にときめくなんて、あまりにも想定外で、自分でも何がおこっているのかわからなかった。
そのうちに、遠くで遊史の姿を見るだけで、本当に心臓が痛くなった。
遊史と一緒にいると、嬉しいのに苦しい。
傍にいると、心の平穏が保てない。
動揺する自分自身を持て余し、つい、避けてしまった。
まるで、小学生だ。
それが何度か続いて、遊史に呼び出された。
避けるのは、賢明ではないと気づくが、依然として、自分の感情が理解できないし、制御できない。
けれども、遊史が、自分以外の人間とマンツーマンで楽しそうに話していると、無性に腹がたった。
つい、八つ当たりして、わけのわからない遊史に呼び出された。
そして、遊史が、綾乃とつきあうことに決めたとき、ようやく自分の感情に気が付いたのだ。
見ないふりをしてきたものを見るハメになったといってもいい。
混乱しきった感情が、そのまま遊史に伝わり、再度、遊史に呼び出された。
嫌いなんかじゃない。
好きだったんだ。
けれども、それに気が付いた時、既に、遊史の一番は、一樹ではなくなっていた。
一樹は、そっと、遊史から、距離をおいた。
遊史は、いつも、何か言いたげだったが、一樹があけた距離を、無理に縮めようとはしなかった。
もう、遊史の隣の席は、一樹ではなく、綾乃の指定席だったのだ。
もっとも、一樹が、自分の気持ちがわかったといっても、事態は何も変わらない。変わるはずもない。
遊史と綾乃が別れたことを聞いた時は、さすがに動揺したが、もはや、感情に振り回され、自分をコントロールできない状態ではなかった。
一樹は、秘めた想いを誰にも告げることなく、卒業した。
遊史の姿を見ると、やはり、胸が痛むが、遊史が、自分に親友という形以外のものを求めていないこともわかっていた。
だから、遊史が結婚するときは、心から祝福できたのだ。
遊史の幸せを、心から祈っていられた。
だというのに…
一樹は、今、息がかかるほどの間近で遊史の顔を見ている。
遊史は特別だった。
こんなに好きになった相手は初めてだった。
初恋の相手なのだ。
何で、好きになってしまったのか?
そこのとこはよくわからない。
色んな意味で、混乱しまくっていたから、冷静に、その時の感情を分析することなんてできなかった。
気が付くと好きになっていた。
そして、努力して、あきらめて…。
結婚した遊史は、一樹にとって、もう遠い存在だと思っていた。
そして、すっかり、自分の中で整理した問題だと思っていた。
だというのに、今、その初恋の相手が、弱り切って、フリーになって、こんなとこにいる。
目を覚ます気配はない。
じっと見ていると、当時のときめきを思い出した。
好きなままで、身を引くということは、未練を残すものだと実感する。
告白もせず、内に秘め続けたものだから、昇華せずに心の底に沈殿していたのだ。
優しい男だった。
自分を持て余して、遊史を振り回した。
でも、遊史は、当惑しながらも、一樹を見捨てなかった。
一樹が、どんなに感情的になっても、大きな包容力と忍耐力で、一樹を理解しようとしてくれた。
結局、理解はできなかったけど。
「…」
突然の衝動にかられる。
一樹は、遊史が寝入っているのを、もう一度確認して、そして
不毛なキスをした。