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やっとのことで部屋に入ると、一樹は、遊史の体ごとベッドに倒れこんた。
一樹は起き上がるが、遊史は、そのまま、ゆっくり目を閉じようとする。
「待て、寝るな。」
一樹は、あわてて、遊史の上体を無理やり起こす。
「一樹?」
一樹の顔をぼんやり見つめる遊史の体から、一樹は、急いでスーツの上着を剥ぎ取る。
ネクタイをとって、ワイシャツのボタンに手をかけたところで、一樹は、何かに気づいて手を止めた。
遊史は、支えを失ってドサリとベッドに崩れ落ちる。
「?」
遊史のワイシャツに、赤いものがついているのだ。
ネクタイをつけていたら、気が付かない位置だ。
一樹は、それが、口紅だと気が付いた。
愛花の唇の色だ。
飲み過ぎて、遊史の意識が危うくなったとき、愛花が、やたら絡んでいたことを思い出す。
悪魔のような女だなと一樹は舌打ちした。
離婚の話を聞く前のことだ。
遊史の家庭をもめさせたいだけの悪戯だ。
「遊史、おい」
一応、声をかけてみるが、遊史はピクリとも動かない。
着替えさせるのは、あきらめた。
ベッドを遊史に譲り渡し、一樹は、ソファに自分の寝床をつくる。
遊史の離婚の話を聞いた時から、酔いはすっかり冷めていた。
一樹は、そっと、遊史の顔を覗き込んだ。
すぐそばに遊史の顔がある。
不思議な感じだった。
大学2年の夏、何度か、遊史に呼び出された。
「おかしいだろ? 何で、俺を避けるんだ? 俺が何かしたのか?」
当惑しきった遊史が、遊史を避ける一樹を呼び出したのだ。
「別に、避けてないよ。」
「嘘つけよ。理由を言えよ。」
「理由なんかないよ。避けてないって言ってるだろ。遊史は考え過ぎなんだよ。」
「ほんとに?」
「本当だ。」
それで押し切った一回目。
「何、怒ってるんだよ?言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。」
「怒ってないよ。」
「嘘だろ? 怒ってるじゃないか?」
「遊史に怒ってるんじゃないよ。遊史とは関係のないことだよ。」
それで通した二回目。
「お前の態度、おかしいだろ?」
「何言ってるんだよ?」
「俺の事が嫌いなのか?」
ドクンと心臓が波打った。
「嫌われるようなことを、俺がしてるのか?」
「前も言ったろ、遊史は考え過ぎなんだよ。お前の事嫌いなら、もっと露骨に避けてるよ。」
ちょっと苦しかった三回目。
その時は、もう自分で、気づいていた。
俺は、遊史が好きなんだ。