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バースデー  作者: K
6/27

6

 遊史は、ほとんど、家庭の話をしなかった。

 それは、つきあっていた綾乃に気遣ってのことだと思っていたが、話せる内容ではなかったからなのかもしれない。


遊史は、いつも、優しくて穏やかだ。

 感情的になることは、ほとんどない。

 一樹とは違って、感情の振り幅が大きいというか、流れが穏やかなのだ。


 大学1年の秋、綾乃とつきあう前に、遊史は、母親を事故で亡くした。

 心の準備のできないまま、愛する家族を失うことが、どれだけの喪失感を感じさせるのか、大学に帰ってきてからの遊史は、皆の前では気丈に振舞っていた。と、いうか、あまりに普通だった。大事な家族を失ったという事実を感じさせないほど、普通だった。


 ただ、一樹と二人きりになった時は、気が抜けたように、ぼんやりすることが多くなった。


 急に、遊史が、一樹の前にいることを忘れたように、ぼんやりしてしまうのだ。

 一樹の前だけだ。

 いつも、何かしら、だべっていた自分達に、いきなり、ほわんとした空白の時間がやってくる。


 一樹は、困惑した。

 だが、何となくわかった。

 大学に入学して、初対面の桃子に強引にラインを迫られ、何となくついていった居酒屋で、初めて遊史と会ってから、ずっと一緒だった。

 だからこそ、何となくわかった。


 それは、遊史の哀しみの表現の一つなのだと。


 きっと、何かの拍子に、母親のことを思い出すのだろう。

 ちょっとしたことだ。

 例えば、子ども連れのお母さんを見たり、風が強く吹いたり、落ち葉がハラハラと落ちていく様子を見るだけで、小さい頃の母親との記憶がよみがえる。

 手を引かれて一緒に歩いたこと、風に飛ばされた帽子を一生懸命追いかけてくれたこと、一緒に銀杏を探したこと…。

 これらは、あとになって、遊史が教えてくれたことだ。


 それら、ちょっとした場面で、流れ出す記憶に、遊史は、浸っていた。

 思い出に浸り、哀しみに浸っていた。

 

 遊史が、唐突に黙り込むと、一樹は、しゃべることを止めた。

 

 最初は、気を紛らわせようとしてみたが、そうすると、遊史は、無理に元気になろうとする。

 そっちの方が、よほど、痛々しかった。


 遊史ならば、どうするかを考えてみた。

 

 遊史が、一樹の立場だったら、じっと待ってるような気がした。

 悲しみに浸りきるまで、その感情が、完全に、遊史から流れ切ってしまうまで、きっと待ってる。

 傍にいてやるだけでいい。

 そう、結論を出した。


 遊史は、そのことを、とても感謝していた。

 あんなに、哀しい感情に、静かに浸っていられたのは、一樹が傍にいてくれたからだったと言った。

 我に返った時に、傍に一樹がいたことで、どれだけ救われたかと遊史は言った。


 悲しすぎて、泣くことすらできなかったあの時期を、何とか乗り越えられたのは、一樹のお陰だったと、言ったのだ。


 遊史は、一樹を信頼し、一樹に心を許していた。

 親友だったのだ。




 もし、あの頃と変わってなければ、離婚の件も、最初に聞いていたのは、一樹だったはずだ。


 離婚だけじゃない。結婚のことも、綾乃との交際のはじまりについても、その終わりについても、遊史は、一樹に、全て伝えたはずだ。


 でも、俺は、何ひとつ聞いていない。


 

 いつも、そうだ。

 一樹は自嘲する。

 いつも、自分は、自分の感情が処理できずに、遊史に対して、一方的に態度を決める。

 遊史の気持ちなんて考えずに。


 そんな一樹を、遊史は、どう思ってたんだろう?


 そんなことを考えてる間に、一樹のマンションの駐車場にタクシーが停まった。

「遊史、起きろ。」

 一樹が、遊史を揺り動かす。

「んー?」

 遊史が、うっすらと目を開けた。

「起きろ、降りるんだ。」

 一樹は、タクシーから遊史を引きずり出し、よろめく遊史を支えながら、自分の部屋に連れて行った。



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