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バースデー  作者: K
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「不妊治療って、いつから?」

 七海が聞くと、陵介は、愛花に対した言葉とはうって変わって、静かな声で答えた。

「妊娠じゃないと分かった時に、医者にできにくい身体だと言われたそうだ。だから、結婚してすぐに始めたと聞いた。」

 陵介も、基本的に、常識人だ。

 こんなところで、こんな事を話す男でもないが、遊史が、他の誰でもなく、陵介に、プライベートなことを話したということは、この件を、陵介から、皆に伝えてほしいということなのだろうと、陵介は理解したのだと思う。一樹もそう思う。

 

「最低。子供ができないの、わかって、遊史と結婚したんだ。」

 愛花が、また、毒を吐く。仲間の遊史に同情してるわけではない。まして、このメンバーで、怒りを共有したいわけでもない。ただ、声を張り上げたいだけなのだ。

 それを無視して、七海は、

「じゃあ、もう6年も…。」

 と、気の毒そうにつぶやいた。


 既婚者の女性の立場に同情している。このメンバーの中では、結婚している七海が、一番、彼女の気持ちを、わかってあげられるのかもしれない。

「それで、精神的に追い詰められたって…。ノイローゼ?」

「そういうことだろうな。結局、奥さんの両親から、離婚を切り出されたそうだ。遊史の為に、何がなんでも子どもが欲しかった奥さんの心の負担を、少しでも軽くするには、別れた方がいいという結論になったらしい。」


 それを聞くと、七海が、言いにくそうに切り出した。

「つい最近知り合った人なんだけど、私の友人の知り合いが、派遣で、遊史の会社に1年契約してたことがあったのよ。」

 七海は、綾乃を少し気にしているようだった。

 きっと、七海も、綾乃の気持ちに配慮して、今まで、言わないでいたのだろうと一樹は思う。

 男たちはともかく、女は、女の気持ちがわかるのだ。


「派遣の子だから、詳しい内情までは、知らないらしいんだけど、遊史が結婚する時、ひと悶着あったらしいのよ。」

「ひと悶着って?」

 大晴が聞いた。

「遊史のこと好きだった同僚がいたらしくて、妊娠が間違いだってことがわかったあと、結婚の為に手段を選ばない嘘つきだって、奥さんのこと、会社で責めたらしいのよ。まあ、妊娠騒動から、結婚まで早かったのは確かだったし、そう思われても仕方ないとこはあると思うんだけどね。それで、皆の前で、遊史が、奥さんかばって、結婚してから、絶対に子どもを作るから祝福してほしいってその場を納めたんだって。」

「うわ、修羅場…。」

 大晴が、小さな声でつぶやいた。

「そんなことあったんなら、ますます、遊史の為にも、子ども、欲しかったろうな。」

 すると、七海は、小さく首を振った。

「それもあるけど、奥さん、会社辞めて、遊史と、田舎に引っ越したじゃん。それって、不妊治療に専念したいってこともあったのかもしれないけど、不妊のこと、その同僚たちに知られたくなかったんじゃない?」


 さすが、七海。

 その通りじゃないかと、一樹は思う。

 遊史が、田舎暮らしを希望してるなんて、引っ越しするまで知らなかった。

 就職したばかりで結婚して、貯金もないのに田舎に家を建てるなんて、堅実な遊史には、あり得ないと思えたが、そういう事情があったのなら、納得できる。

 遊史ではなく、奥さんの希望だったんだろう。


 そして、多分、男の陵介や大晴が考えているより、遊史の奥さんの心は、もっと複雑だったのだと思う。もしかしたら、遊史も、その複雑さを理解していなかったかもしれない。


 妊娠騒動は、奥さんの勘違いだったのか、芝居だったのか、本当のところはよくわからない。

 もしかしたら、人前で、その過ちをなじるほど、遊史が好きだったその同僚の存在に、遊史をとられそうな恐れを感じてしまった為の嘘だったかもしれない。


 ただ、簡単に嘘をつけるような性格ではなかったのだということはわかる。

 結局、そのせいで、病気になるほど、自分を追い込んでしまった。

 嘘だったにしろ、嘘じゃなかったにしろ、遊史の為に、そして、自分の為に、どうしても子供が欲しかった気持ちは、本当だったろう。


 全ては推測だが、遊史は、優しいから、彼女の気持ちを汲んで、彼女のしたいようにしてあげていたんだと思う。そして、彼女は、その為に遊史にかかる負担も、よくわかっていたと思う。

 だからこそ、どうしても子どもが欲しかった。

 なのに、できなかった。


「そっか。バツイチになっちゃったんだね。」

 七海がピクリとも動かない遊史を見ながら言った。

 綾乃も、遊史をじっと見ていた。

 その表情からは、やはり、何を考えているのかわからなかった。


「じゃ、この酔っ払い、誰が送ってく? 私が送ろうか?」


 綾乃が遊史を見ているのに気が付くと、早速、愛花がしかけてくる。


 一樹が、眉をしかめるのと同時に、陵介が即断した。

「引っ越し先の住所は、だいたい聞いてる。一樹の近くだから、一樹に頼む。いいな。」

「もちろん。」

 一樹は、二つ返事で引き受けた。


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