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「大学生?」
「はい。」
「座っていい?」
「どうぞ。」
始めて会うのに、学生は、何の躊躇もなかった。
一樹も、ためらうことなく、その学生の前に座った。
背後で、カップルの小さい会話が聞こえてくる。
「何、笑ってんだよ。」
「だって、なんか、タジタジなんだもの。」
「うるせ。あのオネエの距離感が…。」
オネエ?
何、言ってるの、バカね。
と、心の中で毒づいて、自分が女言葉を使っていることに、初めて気がついた。
愕然とした。
自分でも、あまりに自然に使っていたので、気が付かなかった。
いやいや、気が付かないなんてことある?
今まで、生きてきて、女言葉なんて、使ったことはない。ないと断言できる。
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頭の中で、クエスチョンマークが飛び交ってる。
ここに入ってきてからが、変だった。
あのリーマンの背中がダブって見えて、変な景色が見えて、知らない奴と、何かしゃべった。
会話の内容は、朝、起きた時に、夢をみたけど、ほとんど内容を忘れているパターンと同じ。
やっぱり、夢か?
ただ、夢の中の自分は、女だったと思う。
言葉遣いだけじゃなく、会話の内容も、その感じ方も、今の男の一樹の感性とは、少し違う気がした。
ただ、 一樹とは、違うけど、一樹だった。
あまりにも、同化していて、男だ、女だの区別すら、感じなかった。
女言葉を使っていることに対しても、あまりに自然で、その自然のままに、今も自然に使っている。
むしろ、元にもどそうと思うこと自体が、今は不自然だ。
頭の中の思考すらも、女言葉だ。
感受性も、一樹のようで、一樹じゃない。
何で?
頭を傾げると、目の前の学生が、少し微笑む。
彼が、自分を見ているのに気が付いて、
「ありがとう。助けてくれようとしたんでしょ?」
と言うと、学生は、
「そう、見えたので…。」
と、答える。
優しそうな風貌の、その学生は、どこか、遊史に似ていた。
「そう見えた?」
一樹は、更に首を傾げて、そのまま、まじまじと、その学生を見つめた。
やっぱり似てる。
遊史より、いい男だけど、口元に笑みを浮かべながら話すとこも、その落ち着いた優しいしゃべりかたも。
「確かに、夢みたいだった。見たことないとこで、見たことない男としゃべってた。夢だった?起きた状態で?私、何て言ってた?」
「僕が聞いたのは、やめなさいって、言ってるでしょって…。」
そう言いながら、柔らかく笑ってる。
「それは、覚えてる。」
そう言って、後ろのリーマンの頭をカバンで殴りつけたんだ。
赤面するほどの失態。信じられない。
「他には?」
「いえ、何も…。」
「そう。」
何か、色々しゃべってた気がするんだけど。
必死で、思い出そうとしてみるが、指からすり抜けていく砂のように、すくおうとしても、すくおうとしても、記憶は、零れ落ちていく。確か、一度だけチラリと見た相手の横顔も、今は、霞んでしまって、もう、わからない。
「何か、別世界って感じだった。嫌な感じじゃないのよ。むしろ懐かしくて…。」
自分より、絶対に年下の、この目の前の学生には、何か不思議な雰囲気がある。
遊史に似てるというのが、大きいのかもしれないけど、どこか、人を安心させる空気を持っている。遊史と同じように、きっと、優しい男なんだろうと確信する。心を開いて、何でも相談したくなってしまうような。
その彼が、驚いた様子もなく、穏やかな声で尋ねた。
「思い出しましたか?」




