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サラリ―マン風のスーツの男が、後頭部を抑えながら、ゆっくり振り向いた。
「…誰?」
吊り上がり気味の眉がピクピクしてる。
頭が真っ白になるとは、こういう状態を言うのだろうか。
「ま…間違えた?」
意味不明の自分の言葉が、疑問形になっている。
「あ?」
男は、完全に怒りモードだ。
無理もない。
この状況から考えるに、一樹は、初めて入ったこの喫茶店で、おそらく、初めて出会ったこの男の頭を、後ろから、思い切り、手にしているカバンで殴ってる。
手には、カバン。
その手には、殴った感触が、確かに残っている。
思い切り、そのカバンを振り回した感触も、はっきりと。
言い逃れできないほど、リアルに。
「理由を聞こうか? 何で、俺が、あんたに、殴られなきゃならないんだ?」
声が、ハイトーンでないことが、余計に、この男の怒りを彷彿させる。
「えーっと…。」
どう、言い訳したらいい?
何て言い訳を…?
「俺に、わかるように、説明してもらおうか。」
「ちょっと、やめて。」
険悪な雰囲気に、あわてて、前に座っている女が、男を止めようとする。
あんぐり口をあけていたママも、我に返って、カウンターの中から駆け寄ってきた。
「えっと、何かの間違いらしいとのことですので…。」
言い訳はきかない。
謝るしかない。
一樹は、覚悟を決めた。
「黙ってないで…。」
完全に、切れてる男が、立ち上がろうとした、その時
「ごめんなさい!!」
一樹は、立ち上がろうとする男の目の前で、バチンと大きく手を合わせた。
ちょうど相撲のねこだましのように。
「う。」
男が、一瞬、ひるむ。
その顔の前で、手を合わせたまま、立て続けに、一樹はまくしたてた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、ほんとに間違えたの。」
その勢いに、男は、少したじろぐ。
一樹の顔と男の顔の距離は、ほんの数十センチ。目の前に合わせた手がなかったら、ぶつかっってしまいそうに近い。ぐんと縮まってしまったスペースをあけようと、男の方が、身体ごと後ろに引いた。
一樹の中で、これはヤバいとの自覚があった。
謝るのに懸命で、パーソナルスペースなど気にしなかった。
とにかく、自分が悪い。
何か、わけはわからないが、謝るしかない。
「古い知り合いとそっくりだったのよ。その知り合いが、バカばっかり言う奴で。なんで、間違えたのかわからないけど、ほんとに、そいつだと思い込んじゃって…。ほんっとにごめんなさい。」
弾丸のように、早口で弁明する一樹に、男は、立ち上がりかけた腰を降ろし、それでも、呆れたように反論した。
「あんたとは、顔も、あわせてないだろ。」
その通り。このサラリーマンは、一樹が入った時からずっと、一樹に背を向けていた。
でも…。
「背中が、そっくりだったのよ。」
「は?背中?」
「そう、背中…。」
そっくりというか、ダブったというか…。




