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遊史は、一樹の言葉を待っていたのか、自分の言うべき言葉を探していたのか、どちらも果たせず、
「帰るよ。」
小さなため息をついて、立ち上がった。
着崩れたシャツを軽く直し、一樹のかけたハンガーから、上着をとり、いつの間にか外していたネクタイも、今日は忘れずに、カバンのポケットにつっこんだ。
帰る準備をしている遊史に、何か声をかけなければ…。
そう思っていても、一樹には、言葉が出なかった。
冗談にしたり、ごまかしたり、色んなことができたはずだ。
最低限の言葉で、遊史は、伝えてくれたけど、その極端な言葉の少なさは、一樹に、それを望んでいたのかもしれない。
何とでもできる。今なら、何もなかったことにもできる。
今なら、ごまかせる。
ごまかしてるとわかっても、きっと、遊史は、合せてくれるはずだ。
とぼけても良かったんだ。
お前、何、謝ってんだって。
友達なら当然のことをしたまでだって、遊史の拒絶を、一樹への感謝にすり替えて、恋心を再び封印すればいい。
一樹が、そうしたいと思えば、遊史は、そのストーリーに乗るはずだ。
一樹の恋慕に気が付いても、一樹が望まなければ、それをなかったことにしてくれる。
一樹のしたいように、遊史は、あわせてくれる。
遊史ならそうする。
一樹次第だ。
それも、わかっていた。
それでも、一樹は、ごまかすことができなかった。
遊史への気持ちが、あまりにも深く、そして、大学時代に吹っ切れたと思った気持ちが、あっさり覆るほど、強かったことに、今更ながら気が付いていた。
もう、無理だ。
限界だ。
隠し通すことは、できない。
「また、お前に助けられた。ありがとな。」
遊史が、もう一度、礼を言って、本当に帰ろうとしたとき、一樹の手が動いた。
ぐんと、上着を引っ張られて、遊史が振り向くと、一樹が、遊史の上着の裾を捕まえているところだった。
「?」
一樹は、うつむいたまま、立ち上がり、遊史にその表情を見せることなく、背後から、いきなり抱きしめた。
「一樹?」
一樹にはわかってる。
こんな時の遊史は、戸惑いはしても、無視したり、茶化したりはしない。
きっと、一樹のことを思い、一樹の気持ちを想像し、今の一樹にとって、一番いいと思う事を選択してくれるはずだ。
一樹が、遊史に対して、そうしたように。
遊史の背中は温かかった。
遊史は、何も言わず、黙っていた。
これが、今の一樹にとって、必要な時間なのだと、そう思ってくれたはずだ。
ずっと、このままでいたかった。
一緒に、いたかった。
本当に、好きだった。
好きで、好きで、たまらなかった。
「好きだよ、遊史。」
小さく、くぐもった声で、一樹は、遊史に告白した。
小さすぎて、多分、遊史の耳には、はっきりと聞こえなかったはずだが、遊史は、
「うん。」
とだけ言った。
どのくらいの時間が過ぎたのか、わからない。
ずっと、背後から黙って抱きしめられていた遊史を、一樹は、ゆっくり解放した。
遊史が振り返るのがわかる。
けれども、一樹は、うつむいたまま
「じゃあな。」
とだけ言った。
遊史の表情は、わからない。
遊史の身体が、ためらうように動いたが、結局、何も言わずに、静かに部屋から出て行った。
遊史が出ていくまで、一樹は、顔をあげることができなかった。
本当に終わったな。俺の恋。




