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一週間はあっと言う間だった。
一樹は、部屋を片付け、トイレや風呂までピカピカにした。
小物収納を買い、そこらへんに転がっているものは、全てきれいに片付けた。
完璧に仕上げて、金曜日を迎える。
遊史の為というか、遊史を想って片付けるのは、全然苦にならなかった。
遊史が、心地よく過ごしてくれればいい。そんな想いだった。
片付けが、こんなに楽しいと思ったのは、初めてだった。
約束の時間より、遅れること5分で、インターフォンが鳴った。
ドアを開けると、両手に缶ビールの入ったビニール袋を持ち、ビジネスバックを小脇に抱えたスーツ姿の遊史が、笑いながら立っていた。
「いったん、帰ってくるつもりだったんだけど、仕事が遅くなったから、そのまま来た。」
胸がズキンとした。
どういう体のメカニズムなのか、好きな相手を前にして、胸が本当に痛くなる。
「もう、飲んでた?」
顔が赤くなっていたのだろう。
「料理つくりながらね。」
そういうことにした。
「そっち、座って。」
座椅子のようなソファに座らせて、一樹は、準備万端のなべを座卓に持ってくる。
遊史は、上着を脱いで、無造作に床に置く。
それを、一樹は拾い上げて、ハンガーにかけた。
遊史は、部屋の中を不思議そうに見渡しながら、一樹からビールを受け取った。
「前、来た時は、部屋の中、見る余裕なかったんだけど、こんな感じだっけ?」
「こんな感じって?」
「何か、意外に乙女チックっていうか…」
カーテンの模様は、幾何学模様なのだが、小さな花柄に見える。
小物は、かわいい箱に入れられ、部屋全体が、うっすらとしたベージュだ。
全て、俺が揃えた。
俺が心地よいと思った柄だし、色だし、遊史が居心地よいといいなと想像しながら買った小物たちだ。
けれども、そんなことは言えない。
「母親だよ。揃えてくれたの。迷惑だけど、買いなおすのもなんだかね。」
「そうだな。」
あまり、物事に執着しない遊史は、それで納得してくれる。
「てっきり、彼女の好みだと思った。」
と、遊史は、笑ったけど、一樹は、笑えない。
「誰とも、つきあっていないって。」
言わなくていいことを、あえて、言ってしまう。遊史にとって、必要のない情報なのは、わかっているのに。
むしろ、彼女がいると告げたら、きっと、心から喜んでくれるだろう。
なべは、もうぐつぐつ音をたてていた。
「こないだは、迷惑かけたな。」
軽く乾杯して、一樹と遊史は、一樹の作った鍋をつつきはじめる。
「遊史が、酔いつぶれるなんて、大学ぶりだったから、面白かったよ。」
「皆で、俺を肴にしてたんだろ。」
苦笑しながら、ネクタイを緩める遊史にドキリとする。
「まじで記憶ないんだ。」
「どこから?」
うーんと遊史は首を傾げる。
「愛花に、学生時代のこと、色々聞かれてたろ? 2年下の有紀ちゃんのこととか…」
「ああ、バレンタインに、大きなチョコレートケーキくれた子だ。」
かわいい思い出に、ほっと遊史の頬が緩む。
「有紀ちゃんとの仲について、色々突っ込まれてただろ?」
「覚えているような、いないような…いや、ケーキの話はしたな。その辺りからかな、記憶が途切れてるの…」
「明日は、お休み?」
「ん? ああ。お前は?」
「休み。ゆっくり飲もうや。」
「そうだな。」
遊史は、いつもの遊史だった。




