10
その日は、ずっと落ち着かなかった。
仕事が終わると、ダッシュで、スーパーに行った。
二日酔いは、まだ収まっていないかもしれないけど…
鍋にしようと思った。
二人で、なべをつつく姿を想像したら楽しくなって、つい、いつもより高い肉を買ってしまった。
材料をしこたま買い込んで、マンションに辿り着いた。
けれども、ポストを探ると、見たくないものが入っていた。
鍵だ。
肩が落ちたことを自覚した。
荷物が、急に重く感じた。
それを持って、部屋に帰る。
テーブルにメモがあった。
「迷惑かけて悪かった。ありがとう。」
一樹は、両手に抱えた荷物を降ろし、大きな大きなため息をついた。
遊史のいない部屋は、少し広く感じた。
いないのか…
もう一度溜息をついた一樹は、フと、思い出した。
急いで、ベッドと壁の間の隙間を覗いてみる。
「あった。」
昨日、遊史のネクタイをはずした時、ベッドの上に投げたつもりが、壁の方に飛んでいったことには気づいていた。
そのあと、ワイシャツを脱がそうとして、脱がしきれなくて、そのまま遊史が寝てしまったので、忘れていた。
手を伸ばして、やっとのことで、落ちていたネクタイを引きずり出す。
遊史は酔っぱらっていたから、自分のネクタイがどうなっていたのかわからなかったはずだ。
連絡する口実ができたことに、思わず笑みがこぼれる。
さっそく、遊史に電話をかけてみる。
コールが続いて、いったん切ろうかと思ったとき、電話が通じた。
「一樹?」
気怠そうな遊史の声。
まだ、二日酔いが、残っているらしい。
「寝てた?」
心臓が飛び出そうなほど、上がったテンションを無理やり抑えつける。
「んー。」
全力で高揚する気持ちを抑えて、普通を滅茶苦茶意識した声で伝える。
「ネクタイ、忘れてるぞ。」
「あー、悪い。見当たらなかったから。」
「どうする?持って行こうか?」
できるだけ、自然な会話になるように意識する。
「取りに行くよ。」
「いつ?」
「え?」
遊史は、まさか約束になるとは思ってなかったらしい。
携帯の向こうから、何かを探してるような音が聞こえたが、すぐにあきらめたようだ。
「お前にあわせる。」
「来週の金曜は?」
「了解。」
「じゃあ…」
と言いかけて、一樹は、口をつぐむ。
「何?」
「その…なべでもしないか?」
「…」
数秒の沈黙。
電話だと、相手の表情が見えなくて、何を考えているのかと不安になる。
「気をつかいすぎるなよ。」
しばらくして、遊史が言った。
朝も、勝手に勘違いしてた。
「そんなんじゃないよ。」
「そっか?」
また、数秒の沈黙。
そのあと、小さな溜息が聞こえた。
そして、
「じゃ、行くわ。」
と返事がきた。
「おお。待ってるからな。」
できるだけ、自然になるように、一樹は答えた。
胸が躍った。




