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バースデー  作者: K
10/27

10


 その日は、ずっと落ち着かなかった。

 仕事が終わると、ダッシュで、スーパーに行った。


 二日酔いは、まだ収まっていないかもしれないけど…


 鍋にしようと思った。

 二人で、なべをつつく姿を想像したら楽しくなって、つい、いつもより高い肉を買ってしまった。

 材料をしこたま買い込んで、マンションに辿り着いた。


 けれども、ポストを探ると、見たくないものが入っていた。


 鍵だ。


 肩が落ちたことを自覚した。

 荷物が、急に重く感じた。


 それを持って、部屋に帰る。

 テーブルにメモがあった。


「迷惑かけて悪かった。ありがとう。」

 一樹は、両手に抱えた荷物を降ろし、大きな大きなため息をついた。

 遊史のいない部屋は、少し広く感じた。

 

 いないのか…


 もう一度溜息をついた一樹は、フと、思い出した。

 急いで、ベッドと壁の間の隙間を覗いてみる。


「あった。」


 昨日、遊史のネクタイをはずした時、ベッドの上に投げたつもりが、壁の方に飛んでいったことには気づいていた。

 そのあと、ワイシャツを脱がそうとして、脱がしきれなくて、そのまま遊史が寝てしまったので、忘れていた。

 手を伸ばして、やっとのことで、落ちていたネクタイを引きずり出す。

 遊史は酔っぱらっていたから、自分のネクタイがどうなっていたのかわからなかったはずだ。

 連絡する口実ができたことに、思わず笑みがこぼれる。


 さっそく、遊史に電話をかけてみる。

 コールが続いて、いったん切ろうかと思ったとき、電話が通じた。


「一樹?」


 気怠そうな遊史の声。

 まだ、二日酔いが、残っているらしい。


「寝てた?」

 心臓が飛び出そうなほど、上がったテンションを無理やり抑えつける。

「んー。」

 全力で高揚する気持ちを抑えて、普通を滅茶苦茶意識した声で伝える。

「ネクタイ、忘れてるぞ。」

「あー、悪い。見当たらなかったから。」

「どうする?持って行こうか?」

 できるだけ、自然な会話になるように意識する。

「取りに行くよ。」

「いつ?」

「え?」

 遊史は、まさか約束になるとは思ってなかったらしい。

 携帯の向こうから、何かを探してるような音が聞こえたが、すぐにあきらめたようだ。

「お前にあわせる。」

「来週の金曜は?」

「了解。」

「じゃあ…」

と言いかけて、一樹は、口をつぐむ。

「何?」

「その…なべでもしないか?」

「…」

 数秒の沈黙。

 電話だと、相手の表情が見えなくて、何を考えているのかと不安になる。


「気をつかいすぎるなよ。」

 しばらくして、遊史が言った。

 朝も、勝手に勘違いしてた。

「そんなんじゃないよ。」

「そっか?」

 また、数秒の沈黙。

 そのあと、小さな溜息が聞こえた。


 そして、

「じゃ、行くわ。」

と返事がきた。

「おお。待ってるからな。」

 できるだけ、自然になるように、一樹は答えた。

 胸が躍った。



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