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魔王の憂鬱と、憎悪、そして希望。

 先代魔王が倒れ、現魔王が即位したのはほんの数週間前のことである。

 現魔王である僕は積極的に人間界への接触を図りすぐさま近隣諸国を制圧。魔族の支持を高めて己が地位を磐石なものへと至らしめていた。


 そんな魔王が未だ少年の域を出ないという事は王城にいる中でも上層部のごく一部の魔族しか知らない事実である。年齢を重視する魔族は少ないが、年齢が若ければ若いほど実力を伴わない。完全実力主義の彼らは容赦なくそこを付け入り何かあれば反発するという事が目に見えて分かっていたため、僕は率先して明かそうとは思っていなかった。

 そんな僕は独り、王城の執務室で真っ青な宝石のネックレスを眺めている。それは姉であるユーリア・フォン・ホルヴィシアと全く同一のもので、今では彼女の生きた証を感じ取ることのできるほぼ唯一のものとなっていた。




「……僕は、ようやく此処まで至りました、姉さん」


 小さく、呟く。――姉さんがいなくなって七年の月日が経とうとしている。姉が居なくなったのは、反乱分子によるクーデターの日。

 クーデターを鎮圧し首謀者らを拷問にかけたが曰く「魔族としての力を全て奪い、記憶も封じて無作為転移魔法を使用した。行き先は私にも分からない」というものだった。それでも、当時の魔王であった父は諦めずに探し続けた。その後もクーデターの残滓の一掃、混乱し不安を抱く魔族を安心させるための多くの政策やパフォーマンス。

 これはあくまで僕の考えではあるが。

 恐らく父は愛娘を亡くしたという喪失感を埋めるためにがむしゃらに王として働き続けた。その結果がクーデター前よりも断然上がった支持率と過去最高の功績と発展なのだから皮肉なことこの上ない。


(ああ、だからこそこの結末は当たり前だったんです)


 魔族の王国がようやく安定したときには既にクーデターから七年の歳月が経過していた。国が安定したことに安心し、――そして七年かけても見つからない娘を完全に諦めたとき、魔王に限界が訪れた。それは、ぷつり、とまるで音でも聞こえそうなほどの勢いで。

 過去最高の魔王にかつての気迫は最早存在せず。病でも寿命でもないはずなのに日に日に衰えていった父は、ただただこの国の安寧と、せめてユーリアが苦しまずに死んだことを願って逝った。


「けれど、ごめんなさい、父上」


 目を瞑る。今でも思い出す優しい姉さんの笑顔。僕よりもずっと優秀で、性別さえ違えば父をも超える魔王として即位したであろう強い、強いひと。

 生憎と父と違い僕は姉の死を認めていない。クーデターから七年。魔王によるユーリア捜索は実らず、当然のように彼女からの接触や目撃報告もなく。捜索が打ち切られたのと同時に僕ら姉弟の乳兄弟であり側近である青年――ラルスに任務を下した。


 ユーリア・フォン・ホルヴィシアを探し出し、必ず連れて帰れ。


 兄のように可愛がりながらもその頃には王と臣下としての立場を自覚し始めていたラルスは、その言葉に嬉しそうに微笑んだ。


「はい、必ずユーリア様をお連れし戻ってまいります」


 それだけを言うと彼はすぐさま身支度をして旅立った。連れ戻るまでは決して帰らない。そんな強い意志を瞳に宿し。


 大好きな姉さん。幼馴染であり、唯一信頼できる臣下のラルス。彼らが居ない以上ここは孤独の戦場である。僕は強くならなければいけない。ラルスが、そしてどこかで生きている姉さんがそうであるように、僕は王城で戦い続けるのだ。そして強大な魔王となり姉と僕を引き裂いたようなクーデターを決して起こさせない、そんな強靭な体制を整える。


「姉さん、早く会いたいです……。また、三人でお茶をしましょう。僕はもう剣の腕だって随分とあがりました。魔王として充分戦える腕と魔法、そして知識を死に物狂いで身につけたのです」


 それは全て、ただ一人の姉のため。

 姉が戻ってきたときにちゃんと守れるように、それだけの為に魔王としての生き方を学び、多くのものを切り捨ててきたのだ。


 姉さんがいなくなったときに、僕の平穏は消え去った。

 それでいい。それでいいのだ。後悔は無い。姉が苦しんでいるだろう状況で呑気に甘えて生きられるほど低能ではいられなかった。


 姉の為ならば平穏は要らない。たとえ地獄であろうとも、その先で姉がいるならばそれでいいのだ。


「はやく、――ひとりは、さびしいです」


 決して言ってはいけない言葉だと分かっている。それでも、独りは苦しい。姉のいない世界だけはいつまでも慣れることは無い。


「……世界が、憎くてたまらないんです」


 ふるり、と首を振る。油断をすればすぐに飲み込まれそうな、憎悪の炎。世界が憎い。己に反発しようとする魔族らも憎い。低能な人間共に至っては、全てを消え去れば平穏を保てたのにと思うほどに憎くて仕方がない。いっそ委ねればと思うときもある。それでも踏みとどまるのは――それは、全て姉の為に。


「けれど姉さん、貴方が帰ってきて、ラルスが戻ってきたら。またかつてのように幸せになれるでしょう? 僕が世界を統べ、僕たちの為の世界を作って、――ラルスと姉さんの帰りを、待っていますから」




 何もかもなくした少年――現魔王であるフリッツ・フォン・ホルヴィシアは、そうして心を殺してただ姉の背中を追い続ける。



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