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魔族の動き、そしてふたりの旅立ち

 魔王が代替わりしたという噂は瞬く間に広まった。ここ十年近く比較的大人しかった先代魔王と違い、新たに即位した魔王は随分と野心的なようで、魔族や魔物の活発化はすぐさまに問題となる。

 比較的魔王領に近い――と言ってもその多くは厳しい山岳や崖にて隔てられていた諸国は、その全てが数ヶ月のうちに侵略され、そしてその大半が陥落し今や魔族の統治する異界へと至った。

 多くの軍隊が人間の国家を奪還するために軍事遠征をしたが、魔王の指示か、今までひと相手には単独行動の多かった魔族が団結してこれに対抗。魔族との集団戦に不慣れな軍隊は多くの戦死者を出し、またその中には魔族討伐に手馴れていたはずの多くの上位冒険者も含まれていた。


 これにより冒険者や軍人、傭兵といった戦士の人口は著しく低下。しかし魔族や魔物といったモノは一切の遠慮も知らずに人間界を滅ぼそうと侵略を続けている。今までは安全地帯だといわれた地域にすら魔物を飛び越え魔族が襲撃し、他国どころか街同士の物流も途絶えがちになっている。

 最早安全と呼べる場所はなく、力のない者はただ日々を怯え、人々を守るためにと剣を取った戦士の半分は二度と故郷の土を踏むことは無い。



 世界は、大きく動き出す。




「――魔族討伐のランクが引き下げ?」


 兎も角低ランクのユリアンとアルノルトに出来ることはなく、ただ街に近寄る魔物退治とランク上げの為のポイント稼ぎを日々行っていたが。ある日馴染みの受付嬢が躊躇いつつもそれを口にした。


「はい。ご存知の通り今冒険者は減っていく一方で、魔族討伐依頼を正式に受けられる者はごく僅かです。なので、ギルドが戦えると保証したよりランクの低い冒険者も魔族討伐依頼を受けられる仕組みが先日作られました」


 勿論、拒否義務はありますし強制されるものではありませんが、と二人が魔族討伐を目指していることを知っている受付嬢は続ける。


「本来ならば魔族討伐を出来るようになるのはBランクからですが、Bランク冒険者になるには最短でも数年を要します。下手をすれば、十数年。しかし魔族は待ってはくれません。よって、一定の条件を満たしたCランク冒険者も魔族討伐任務を受けられることになります」

「つまり、今日Cランクに昇進した俺たちは、」

「ええ、申請さえしてくださればギルド上部で審議を行い、認可が下りれば任務を受けられることになります」


 目を丸くして、ユリアンはアルノルトと顔を合わせる。毎日仲良く任務受注と報告に来るまだ幼い二人を受付嬢は弟のように思っており、その表情は曇っていたが幸か不幸か、二人は気づくことがなかった。周りに居た冒険者たちで気づいた者らは何処か悲痛に顔を顰めるが、それもなんだかんだ言って努力し誰よりも熱心に戦っている二人を知っているだけに何もいえない。何より、自分たちも同じ身なのだ、言える立場ですらなかった。

 そんな周囲の気持ちなど微塵も気づかず、二人は嬉しそうに笑う。元々魔族討伐、それだけを目標に任務をこなし、夜は宿の主人に呆れられるほど遅くまで鍛錬を繰り返してきた。勿論世界の現状を省みるに喜んでいられる状況ではないのはわかっているが、ようやく正式にチャンスが来たのだ、と固唾を呑む。


「その申請、二人ともやって大丈夫です?」と、アルノルトは迷うことなく受付嬢に問いかければ、彼女は今までの感情を隠し事務的に頷いた。


「冒険者データはこちらで保管してありますので、同意のサインだけ書類にしてくださればすぐに申請できます」

「お願いします!」


 元気に返事をするアルノルトと黙って頷くユリアンへ魔族討伐許可が下りるのは、その数週間後のことである。




 * * * *



 ここで一つ余談をしよう。


 冒険者というのは遊び半分や、単なる身分証明代わりに登録する者も多い。そういった類の冒険者の殆どは最低ランクのままなので一目瞭然だが、小遣い稼ぎに危険を伴わない任務をこなすうちにランクがひとつは上がる者も少なくないし、時折狩りをして稼ぐことでかなり時間をかけてCランクまで上げてしまう者もいる。今まではそれで問題はなかったし、街やギルドとしても本来の冒険者があまりやりたがらない任務をこなしてくれるということで重宝していた。

 困ったのは、情勢が変わってからだ。上位冒険者の多くが戦死し、戦線復帰不能に陥る大怪我を負うようになった現魔王による侵攻。これにより所謂「本来の戦士としての冒険者」の比率が大きく変わったのだ。

 そして、自然と市民は今まで頼らなかった類の冒険者にも戦士のそれと同じものを求めるようになる。事情が事情なだけに仕方ない、と割り切れないのは日々の暮らしの稼ぎを時折稼いであとは遊んで暮らしたい、という程度の認識で冒険者になっている者たちだ。

 そういった冒険者らは次々とギルドを脱退した。ギルドに属する利点よりも欠点が上回ってしまったのだ。


 たまったものではないのはギルドも同じだ。ただでさえ一気に減少した上位ランクの冒険者に加え、戦士ではないとはいえCランク冒険者や長年務めてくれていた冒険者まで去っていったのだ。

 このままでは魔族と戦える冒険者すらいなくなるのでは。慌てたギルドが窮余の一策として打ち出したのが、多少の制限を設けたものの討伐ランクの引き下げである。これにより今までそも魔族との戦闘経験をこなす機会にすら恵まれなかった冒険者に経験を重ねさせ、急造でもいいので上位冒険者を作り出し凌ごうという策である。


 話が逸れたが、こういった事情により――周囲からすれば不幸にも、ユリアンとアルノルトからすれば幸運にも――Cランク昇進とともに本来ならその後数年かけてたどり着くはずの魔族討伐の権利を得たのである。



 * * * *



「みなさん、今までお世話になりました!」

「……ありがとう、ございました」


 ぺこり、とお辞儀をし壁外に居るのは旅支度を済ませたユリアンとアルノルトだ。門の内側では見送りに来た同業者や顔見知りが心配そうに別れの言葉を口にしている。

 正式に申請の通った二人は、すぐに街を出ることを決意した。ここは比較的魔族の襲撃は少なく、人々を守るためにも、己が目的を達成するためにも、より魔王領に近い場所へ向かおうというのだ。


「気をつけてくださいね。他の街へ着いたらまずそこにある冒険者ギルドへ行ってください。それによって安否確認がとれ、多少の支援も行えます」


 何度も聞かされた言葉を、それでも受付嬢は繰り返す。まだ少年の域を出ない彼らを心配する者は多い。それでも止められないのが冒険者であるということは、冒険者ギルドの受付嬢である彼女は一番よく知っていた。


「うん、大丈夫だよ。僕たちだって一人前の冒険者なんだから」

「一人旅よりも二人なら安全だ。その、不安だろうが安心してほしい」


 揺るがない決意に受付嬢は微笑むと門から一歩下がる。それを合図に皆が距離を取り、門番が最後に小さく礼をしたのを見ると二人は背を向けた。



 ぬるま湯に浸かる時間はとうに過ぎた。ここからは、何が起こるか分からない冒険の旅だ。

 ――運命は巡る。新たな星が近づいている。

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