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男装少女と太陽の少年

 今後の生き方を決意したオレはすぐに荷物を纏めて集落を出た。夜の山は危険だが腕には自信があったし、なによりあの場所で一夜を過ごすほど強靭な精神を持ち合わせていなかったからだ。


 山の中で拾われてから8年。閉鎖的な環境で育ったオレは他の集落へ行くことすら初めてで、しかしこれからは教えられた知識を基にどうにか生きていかなければならない。

 もう、手助けしてくれる皆は居ないのだ。


 数日間は野営して過ごした。今までも数日間家に戻らず大規模な狩りを行うことがあったため、存外困ることはなく移動することが出来たのは幸運といえた。

 また、全く道がないわけでなかったのも運が良かった。知識として叩き込まれていた道を使えば、一週間ほどで街へ降りることが可能だったのだ。


「……ついた」


 目の前に広がるのはその街を囲むように作られた壁だ。壁といっても大それたものじゃない。木製の、ようは境界線を示すだけのものだ。

 それでも山奥の集落から出た事のなかったオレにとっては大規模なものに映り、門前で呆然と壁を眺めてしまう。


「すごい。大きいし、人がいっぱいいるな」

「兄ちゃん、こんな小さい街で驚くなんてどこから来たんだ?」


 そんなオレの呟きを拾ったのは隣に居た商人の男だ。馬車の上から見下ろして笑っているが、嫌な感じはしない。親切心と好奇心から声をかけてきただけなのだろう。人のよさそうな笑みで気さくに声をかけてくる男にどこかで緊張していた心が緩んだ。


「山奥の名前すらない村ですよ、他との交流がなかったもので。ところでどうやって入ればいいんですかね」

「おっと、そうしたら大冒険だったなぁ。商売をするわけじゃなけりゃ門番に名前と目的を告げりゃいい、街によっては入るだけで金を取られるから気をつけろよ」

「ありがとうございます、重ねてで申し訳ないんですが冒険者ギルドはどこだか知ってます?」

「ああ、それなら門から北に真っ直ぐ進んだところだ、看板があるし正面が教会だからすぐに分かると思うぜ」

「親切にありがとうございます」


 ぺこり、と頭を下げると「気にするな」と笑って商人は先に門をくぐっていった。門番と顔見知りなのだろう、名前を告げて幾ばくかの小銭を渡せば――ここでは商人は支払いの義務があるらしい――あっさりと入っていく。

 オレはそれを見送りつつ、忘れないうちにと後へ続こうと門へ向かう。




 冒険者。そう、この街へ来た一番の理由は冒険者登録することにある。

 ある程度の持ち物はあるがそれでは生きていけない事くらいは分かる。そして何より自分の目的は魔物や魔族を狩ること、最終目標は諸悪の根源、魔王の討伐。その二つの問題を同時に解決できるのが冒険者という立場である。

 村に居た青年が冒険者に憧れており、彼と狩りをする傍らよく冒険者についての話をしていたから知識としてはそこそこ知っているのだ。彼はどうやら昔冒険者に憧れて一時期村から離れていたことがあったらしい。


 冒険者として登録すれば武器や防具といった必需品を幾らか安く手に入ると聞く。また、魔物などを討伐することによって報酬が発生するのも冒険者の特権であり、ある程度実績を積むことで任務として魔族討伐を行うことも可能になる。

 そう、魔族と戦うには冒険者となる必要がある。破ったところで罰則はないが、効率よく経験を積んでから戦える利点があるし、報酬がもらえるのも冒険者であることが大前提だ。


 仕事として成立するし、冒険者はそれだけで身分が保証される。無論下位であればあまり意味を成さないものであるが、今まで山奥の集落で暮らしてきた田舎者としては冒険者としての立場が必要だった。


(北へ真っ直ぐ、教会の正面……)


 忘れないように頭の中で繰り返しながら門番のところへ行く。門番の男はオレを見下ろすと小さく「故郷と名は」とだけ尋ねる。


「名前はユリアン。故郷はヴェストベルクの向こうにある無名の村です」

「姓は」

「ありません」


 ユーリアの名は捨てたし、元々姓は持っていない。ほぼ全員が家族同然であったあの集落において必要なものは名前と屋号くらいで、もしかしたらあったのかもしれないが少なくともオレは知らなかった。

 淡々と答えれば簡単な手荷物の検査を行われたあとにあっさりと通される。羊皮紙になにやら書き込まれているが、恐らく先ほどの情報を記しているのだろう。


 小さく会釈をして街へ立ち入る。見慣れない石造りの町並みに思わず息を吐く。人で酔いそうだ。


 しばらく立ち尽くしていたが後ろで門番が小さく咳払いをしたことで、オレは慌てて冒険者ギルドを探すことにした。




 * * * * 




「………迷った」


 いや、ないだろう。自分の馬鹿さ加減に頭痛を覚える。

 結論だけ述べると、案の定人に酔い、さらには人の多さに混乱しているうちに流されていき気づけば方向が分からなくなった。


 見知らぬ広場にたどり着きひとまず腰を下ろすが、ギルドがどこにあるのか皆目検討がつかずに途方にくれてしまう。


「どうしようかな、とりあえず宿を探したほうが早い?」

「キミ、大丈夫?」

「え?」


 ぶつぶつと呟いていると後ろから声をかけられ慌てて振り返る。そこにいたのは年のあまり変わらなさそうな少年だった。短く切った茶髪は無造作に跳ね、同じ色の瞳と目元のそばかすが素朴で人懐っこさを感じさせる。


「あ、突然声かけちゃってごめんね、なんか困っていたみたいだから」


 僕の悪い癖なんだよね、と笑いつつも少年は隣に腰掛けた。かなり馴れ馴れしいというか、図々しいというか。行為自体はそう言えるのにそうと感じさせない仕草に驚く。人のよさが滲み出ているからだろうか、本心からの言葉をそのまま紡いでいるように見えるからだろうか。


「この街は初めて?僕も来て日は浅いけどそれなりに街のことは把握してるんだ」

「えっと、……」

「ほら、困ったときはお互い様でしょ。目的の場所を知ってたら案内するよ」


 しばらく驚いて声を出せなかったが、少年があまりにも目を輝かせ「人助けだ!」と全身で主張しているものだから笑ってしまった。


「あー、冒険者登録したくてギルドを探してるんだ。どこだか知ってる?」

「キミ、冒険者になるの?!」

「え、うん、そのつもりだけど」


 何か不味いことを言っただろうか、と冷や汗をかくが少年は満面の笑みでオレの腕を掴んでぶんぶんと振り回す。なんというか、距離が近い。それを不快にさせないのはやはり彼の人柄が故なのだろう。


「僕も冒険者なんだ! わー、仲間だ!しかも年が近い子と! やった、今から案内するよ!」

「え、あ、ありがとう」

「丁度僕も任務達成の申請に行くところだったんだ、キミも僕もついてる!」


 つかまれた手はそのままに少年は返事も待たずに駆け出す。悪気はないようだが――その、人ごみの中全力疾走は如何なものだろうか。

 人にぶつからないように気をつけながらひっぱられていると、教会が見えてくる。商人が言っていた教会だろうか、となるとかなり近い場所でさまよっていたのだろうか。そう考えると相当恥ずかしい。


 そんなズレたことを考えていると、やはり呆気なくギルドにたどり着く。少年はようやく足を止めて振り返る。相変わらず嬉しさを隠さない笑みだ。くっきりと浮かぶ笑窪が可愛い。


「自己紹介がまだだったね、僕はアルノルト!気軽にアル、って呼んで」

「……オレはユリアン。――よろしく」


 その笑顔があまりにも眩しくて。

 太陽のようだ、と思った。


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