目的地に到着しました
「ああ、ついに日の出か」
空が徐々に明るくなってきた。水平線の向こうが白み始め、それまで闇に覆われていた世界が徐々に形をなしていく。それまでは真っ黒で見えなかった陸地も、しっかりと見えるようになった。3隻はその陸地に並行するように、西に向かって航行していた。
恐らく現地時間を指しているであろう艦内時計は、もうすぐ5時を指そうとしていた。
「あと1時間もあれば、ヅイヤの港に入港できます」
山城が報告してくる。さすが船魂、全然疲れている様子がない。
「ようやく到着か・・・ああ、久々に徹夜したから眠い」
背伸びをしたら、一緒に大きな欠伸が出る。
「ふぁい・・・」
目の前のミコさんも、船漕いでるし。
そして私たちの周りには、飲み干されたコーヒーカップや、食べ終えたお汁粉やうどんのお椀が散乱した状況になっている。
結局、あのあと私はミコさんにこんこんと海軍についてのことを説明した。もちろん、プロではない私の言うことだから、基礎的なことばかりだけど、それでもミコさんがふむふむと頷いてばっかりであったところを見るに、本当に何も知らなかったらしい。
まあ、近代海軍がないに等しい国の人なのだから仕方がないか。
そしてミコさんに教えつつ、逆に私はこの世界のことを彼女から聞き出した。
彼女から聞いて驚いたのは、四方を海に囲まれている島国に関わらず、大国の侵攻を受けるまでジフ王国にはまともな海軍はなかったらしい。そもそも、統治形態自体が江戸時代の日本と同じ、中央政府はあるものの地方はそれぞれの領主が収める封建制度であったそうだ。
そして外の世界との繋がりは、交易も交流もほとんどなく、半分どころかほとんど鎖国だったとか。ただし、これは意図的に国を閉じたわけではなく、魔法があって自国内でほぼ全てのことを完結できたので、交易や交流する理由がなかったからだそうだ。
そんな国が200年前から大国の攻撃を受けるようになり、中央集権化とそれにともなう軍事機構の再編が進んだとのこと。まあ、これは妥当な動きだ。
けどその後が特殊だ。と言うのも、小国ではあったが魔法が使えたジフ王国の主要な戦術は、長く水際での敵軍殲滅で、当初は海の上で敵軍を攻撃することすら考えなかったらしい。
その当時、敵がジフ王国に上陸したとしても、その兵力数はそれほど多くなく、敵が上陸してくるのも多くて年に数回程度。このため、ジフ王国側は敵に本国への上陸を許したとしても、悠々と反撃して撃退しそうだ。数的に劣勢でも、大概魔法の力でねじ伏せられたという。
その戦術が大きく変わったのは100年ほど前から、敵の艦船に蒸気軍艦が登場して輸送力が増強され、それまでよりも敵の上陸頻度が飛躍的に増した。このため、人口が圧倒的に少数のジフ王国の負担は大きく増し、それまでのような余裕ある反撃が難しくなった。
さらに上陸してくる敵兵もそれまでの剣や弓、火縄銃と言った魔法で圧倒出来ていた武装から、射程の長い新型大砲やマスケット銃が登場したことで、その戦力が大幅に向上していた。このため、敵を一度上陸させてからの水際戦術では損害が大きくなり、ジフ王国は転換を迫られた。
そこで、次なる戦術としてジフ王国は沿岸部の海上での迎撃を行うようになった。最初は小舟による襲撃戦術を多用した。小舟と言っても魔法の力で海上を自走し、夜間に接近して切り込みや敵艦への攻撃を仕掛けていたという。
しばらくはこの戦術で凌ぎ切っていたが、しかし敵だってバカじゃない。対抗戦術を編み出すようになり、特に敵が迎撃用の火器としてガドリング銃を採用するようになったことで、この戦術も封じ込められたそうだ。
ちなみにこの世界、異世界転移ものではお馴染みの竜騎士とか幻獣等は存在せず、空での戦いはまだ起きてないという。ジフ王国人は魔法で空を飛ぶことができるみたいだけど、空を飛ぶと魔力を消費して攻撃魔法が使えなくなるそうなので、基本的に近距離での偵察や移動以外での使用はしないそうだ。
もちろん、敵軍にも飛行機は登場していないとのこと。気球の目撃例はあるみたいだけど、それなら銃を持った魔導師程度で相手にできるようだ。
こうなると、ジフ王国としては敵軍を海上で殲滅できる強力な艦隊が必要になるけど、ジフ王国は魔法はあるけど、科学技術はそれほどでもない。加えて資源もそれほど出ない。当然工業力は皆無に等しく、小銃とか拳銃の類は鹵獲品を元にコピーできたけど、大砲や軍艦はとても無理だったらしい。もちろん、鹵獲品を修理しての利用も出来ない。
「魔法で修理できないの?」
と聞いてみたが。
「修理できなくはないですが、巨大な軍艦の修理なんかしようと思ったら、魔導師が幾らいても足りません」
とのこと。『実体化』は一人で何隻もできるのに、実物の修理は難しいとか、魔法と言うのもよくわからないな。
ただ、その結果が異世界に向かって使えそうな武器を持ってくるって言うんだから、無茶があるな。まあ、それほどまでに切羽詰まっていたということか。
なおこの国魔法に召喚系の類はないそうなので、嫌でも自分たちで異世界に探しに行くしかないとか。それで犠牲者も出ているみたいだから、本当に御苦労さまである。
「で、日本に辿り着いてうちの店で模型買い始めたわけか」
「はい。おかげで戦局は大逆転です!」
「だろうね」
彼らの敵が使用する兵器の詳細まではわからないが、ミコさんが大まかに言うところでは。
「100年ほど前までは本当に木で出来た帆船だけだったのが、蒸気で動く鋼鉄の船が出てきて、今じゃ帆で動く船はほとんどいなくなりました」
だそうなので、恐らく感じ的に日清戦争前後くらいのレベルだろう。なるほど、その程度の艦なら旧式の「扶桑」型でも圧倒できる。その一方で、被害を被る可能性も捨てきれない。
日清戦争の頃であれば、既に機雷や初歩的な魚雷が登場しているし、大砲の性能も向上している。そして艦艇の速度も快速の艦なら20ノット以上に達している筈だ。
なるほど、こうなるとジフ王国側としても軍艦の数を揃えたくなるだろう。
ただ現状は基本的に『実体化』した軍艦を使い潰しているのだから、勿体ない。それに元が模型で補充が比較的簡単とは言え、今後敵の軍艦の性能が向上することも考えれば、それに改めて欲しい。
ミコさんが言うには、現在のジフ王国の国力と技術力では、停泊地を整備するのが精一杯だそうだ。この停泊地の整備と言うのは、戦艦のような大型艦の場合全長があって喫水も深いから、それだけの艦が入ることのできる港を整備するということだ。
そしれそこから先、例えばドックや武装の換装、大規模な造兵施設を備えた軍港や工廠を整備するのは不可能らしい。ただし、これに関しては土地さえあれば何とかなる腹案があるので、とりあえずヅイヤの港でミコさんの上司と面談してからの話だな。
「さ、店長。朝食をどうぞ」
「あ、ありがとう山城」
夜が明けて入港も近づいたので、山城が盆に乗った朝食を持ってきてくれた。さすが艦の化身。好きな時に食べ物や飲み物を持ってきてくれる。
脚気対策のためだろう麦ごはんに豆腐とワカメが浮いているおみそ汁に、魚の干物。漬物がついたザ・和食な朝食である。
「ミコさん、山城が朝食持ってきてくれましたよ」
「zzz・・・ふぁああ・・・あ、御飯ですか。ヤマシロ、ありがとう」
眠気眼の彼女も盆を受け取った。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
そして。
「うん、美味しい。さすがは料理に定評のある旧帝国海軍。味は折り紙付きだね」
「ありがとうございます」
現代に残されている旧帝国海軍の料理のレパートリーは広く、その味にも定評がある。人事制度やら私的制裁やら、問題の多い組織だったことは否めないけど、一方で評価できる文化も数多く残しているのは間違いない。特に料理はその筆頭だろうな。
そう言えば。私は目の前で朝食をパクつくミコさんを見てふと疑問を抱く。
「ミコさんは、和食大丈夫なんですか?」
「はい、というか私の国の料理とあまり変わりませんから」
やっぱりか。どうやらジフ王国と言うのは日本に近い文化を持ってるようだ。顔立ちも東洋系だし。
ただ、やっぱり魔法が使える民族と言うことだからかな?雰囲気的に日本人ではないというのがヒシヒシと感じられる。
「あの、どうかしましたか?」
「いえ、ちょっと考え事をしていただけです」
そんな感じで他愛のない会話をしつつ、料理を食べ終えて、山城から食後のコーヒーと茶菓子をいただきつつ前方を見ていると、艦が速度を落とし始めた。大分近づいたようだ。
「あ、見えました。あれがヅイヤの港です」
山城が陸地の一点を指さす。
「どれどれ」
見張り用の双眼鏡で、陸地を眺める。
ミコさんと山城は港と言っているが、現代日本人が想像するような大規模な埠頭や、荷揚げ用のクレーン、そして膨大な物資を集積する大規模な倉庫らしいものは全く視界に入ってこない。
代わりに見えるのは、おそらくレンガ造りの平屋建ての小規模な倉庫が陸地の方にポツポツとあり、その周辺に家屋らしいものが多少密集している様子だ。
ちょっとばかり規模の大きい漁港と言ったところだろうか。
ただここが軍港であると、強く印象付ける存在が確かにあった。
「あれは「金剛」型戦艦。それに「伊勢」型もいるね。それから駆逐艦が3・・・いや、4隻か」
「金剛」型戦艦2隻に「伊勢」型戦艦1隻、そして型式まではわからないが、日本海軍の特型以降の駆逐艦が4隻は見えた。
「戦艦は「比叡」に「霧島」と「日向」。駆逐艦は「朝霜」「霞」「磯風」に「山雲」です」
山城がそれぞれの艦の名前を教えてくれた。いずれも顧客台帳のミコさんが買った品のリスト、それもここ1年以内に購入された記録があったな。
「これに今回この「山城」に「榛名」、駆逐艦の「陽炎」が加わるから、戦艦5隻に駆逐艦5隻か」
バランスは欠くけど、凄まじい火力を有した打撃艦隊だ。
これだけの戦力を揃えて迎え撃つとなれば、敵艦隊はどれほどの戦力なんだ?
そんな疑問が頭の中をグルグルと回っている間に、「山城」は湾内へと入って停止し、錨を入れた。
「さあ大和さん、行きましょう。長官が首を長くして待っている筈ですから」
「ああ、よろしくお願いします」
こうして僕は、ミコさんとともに彼女の上司の元へと向かった。
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