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閉店間際に来客がありました

 重ねて申し上げますが、この作品はフィクションです。実在する人物や企業などとは一切関係ありません。

「すいませ~ん。お会計お願いします」


「はいは~い!」


 お客様の呼ぶ声が聞こえ、私は模型作りの手を止める。工具を机の上に、組み立て中の模型を箱の中に入れ、接着剤の口をしっかりと締めてレジへと向かう。


「お待たせしました!・・・TM社の鉄道宝箱シリーズの近鉄680系セットに、東京都交通局5200系セットですね。合計で9000円になります」


「クレジットでお願いします」


「はい、お預かります」


 お客さんからクレジットカードを受け取ると、所定の作業を行って会計を済ませる。


 街の模型店だからと侮るなかれ!うちの店ではちゃんとクレジットカードと、この地方の大手私鉄発行のICカードが対応できるのだ!


 本当、機械を導入しておいてくれた親父には感謝だな。現金払いが悪いとは言わないけど、小銭でお釣りを出す手間に比べたら、機械の扱いになりさえすればこっちの方が楽だからね。


「はい、カードお返しします」


 カードを返して、商品を袋に入れる。


「お待たせしました。毎度ありがとうございます」


「ありがとね。またくるわ~」


「またのご来店をお待ちしています」


 確かあのお客さんは鉄道模型、その中でもディスプレイモデル(動かない飾るだけの模型)を専門に買っていかれる常連さんだったな。


 私はすぐに金庫からお客様台帳を取り出して、情報を追加しておく。


「これでよし・・・さてと、作業に戻らないと」


 台帳を金庫に戻し、鍵を閉めると再び工作スペースに向かって、戦艦「山城」の組み立てを再開する。


 納品予定は明後日。親父の手伝いもあって既に「金剛」と「島風」は完成している。残る「山城」も8割がた完成し、既に艦の原型は大分出来上がってる。


 とは言え、いつまた仕事が入るかわからない。今日は親父が急用でいないから、全て自分でやるしかない。あれもこれもとやっていれば、あっという間に時間が過ぎてしまう。


 できる限り早く進めておかないと。と言っても、ここで下手に焦るのも良くない。今組み立てている700分の1の模型は、戦艦クラスであっても細かい部品はとにかく細かい。ピンセットに掴み損ねて飛ばしてしまえばことである。それからランナーから外す時に、細い部品とかだと下手すると折れる。接着剤で補修はできるけど、強度や見栄えはよろしくなくなる。


 人間ミスは仕方がないといえ、これはお客さんにお金をもらって引き渡す大事な商品だ。自分のために作るのとはわけが違う。今の私には店長として、できるだけ万全な状態でミコさんに商品を引き渡す義務がある。


 だから私は慎重に作業を進めた。


「う~ん・・・いいねえ」


 出来上がりつつある戦艦「山城」の模型を見ながら、思わず悦に入ってしまう。


 史実の太平洋戦争では旧式化が進み、最終的に1944年10月のレイテ沖海戦で姉の「扶桑」とともに非業の死を遂げた戦艦。36cm連装砲6基を搭載し、独特の艦橋形状をしている。日本初の超ド級戦艦であるゆえに、設計に苦心した様子がしのばれる。


 本で読むだけだと設計上の欠陥やら、速度が遅いやら、何ら大した活躍もせずに沈んだということで、あまりいい印象を持ちにくい。よく読む市販の架空戦記とかでも「大和」や「長門」の影に隠れがちだし、下手するとすぐ撃沈されたり、空母にされちゃったり、解体されちゃったりするからな~。


 なので私もほとんど作ったことなかったけど、こうして作ってみると愛着湧くねえ。まあ、色々と設計上マズイ箇所と言うのも改めて認識しちゃうけど。主砲配置とか、艦橋とか、対空火器の増強具合とか。


 しかし、ミコさんはどういう目的で艦船模型買ってるんだろう?別に女性が艦船模型集めちゃいけないなんて言わないよ。最近はアニメやスマフォゲームの影響か、鉄道とかミリタリー系に興味を持つ女の子なんか珍しくないし、うちの店にも時たま来るし。


 これまでの顧客台帳を見ると、主に戦艦や駆逐艦ばかり買ってる。それも「大和」とか「武蔵」とか「アイオワ」とかの強い戦艦じゃなくて、「金剛」型とか「ネルソン」型とか「キング・ジョージⅤ世」型とか、古い型やこう言っては何だけど癖の強い艦ばかり買ってるし。駆逐艦にしても日本の特型から甲型までと「島風」のような重雷装タイプばっかり買ってるんだよね。


 つまり、買ってる模型に偏りがある。そう言う艦艇が好きでコレクションしてるのかな?とも思ったけど、あの美人さんの雰囲気からしてちょっと考え難い。


 外見だけで判断するなんて偏見だ!と言われてしまえばそれまでだけど、こっちだってこの店には子供の頃から出入りしてるし、3年ばかりとは言え大手の店でも経験を積んだ。その自分自身の勘からすると、やっぱり腑に落ちないし、何かがおかしい。


 そもそも考え直すと、名字も住所もわからないし。そもそもあの人が日本人か外国人かすらわからないし。わけのわからないセリフと合わせて、考えれば考えるほど怪しい。


「親父も教えてくれないし」


 あの後何度か、それとなく親父にも聞いてみたのだけれど、「本人から聞け」の一点張りで、聞き出すことはできなかった。


「・・・明後日こそ教えてもらえるかな?」


 ま、どうせ明後日に会うんだからその時聞き出そう。そう考えなおして、私は模型作り(時々来客対応)に没頭した。




「さてと、そろそろ店仕舞いにするかな。お客さんもいないみたいだし」


「山城」の模型を完成させたのは、ちょうど閉店に近い時間だった。完成させた模型を完成品スペースに置き、店内を一通り回ってお客さんが残ってないかチェックする。レジの傍のパソコンで監視カメラをチェックするだけでもいいんだけど、親父から「万が一お客さんが残っていたら責任問題なんだから、しっかり自分の目でも見ろ!」と言われ、そのとおりにしている。


 店内にお客さんが残っていないことを確認すると、まず2階の電気を消す。そして1階の電気もレジ周りだけ残して消灯して、店の外に出る。看板や道に面したショーウインドウの電気は予め消しておいて、あとはシャッターを降ろして施錠するだけだ。


 レールを取り出して天井と床の金具に引っかけ、棒を使って降ろそうとした時だった。


「大和さん!」


 聞き覚えのある女性の声が。


「あれ?・・・ミコさん?」


「ハアハア・・・こんばんは!」


 やってきたのはやっぱりミコさんだった。走って来たのかな?息が上がっているみたいだけど。


「はい、こんばんは。どうしたんですか?お店に来るのは確か明後日だったんじゃ?」


「はい!あの、模型出来てますか!?」


「はあ!?」


 ただでさえ前倒して作り上げたのに、さらに今日引き取りたいって。どんだけ急いでるの!


「出来てなければ、出来てる分だけでも引き取りたいんですが」


「いえ、もう出来てますけど。一体どうしたんですか?まだ予定日まで2日もあるじゃないですか!?しかも、こんな閉店間際の時間に」


 いくら何でも慌てすぎでしょ。それか、何か?彼女が口にしたおかしな言葉と何か関係あるのかね?


 するとミコさん、視線を私からずらして思案顔。何事か考え込んでるらしい。


「大和さん」


 妙に思いつめたというか、真剣な表情で私を見据えてくるミコさん。


「はい?」


 こっちは事情が飲み込めず、間抜けな声で返してしまう。けど彼女は真剣な表情のまま、口を開いた。


「この後付き合っていただくことできますか?」


「はい!?」




 とにかく彼女の要望に応えて、完成品を専用のケースに入れて代金を受け取る。そしてそのまま店を完全閉店して、外に出る。


 と、その前に。


「父さん、母さん。ごめん、ちょっと急用ができたから外に出てくるわ」


 家の方にいる両親に、玄関から一応声を掛けて置く。


「はい、行ってらっしゃい」


 とお袋の方は特に心配する様子もなく答え、そして親父はと言えば。


「おう・・・店の鍵預かっておこうか?」


 玄関まで一度出てきて、声を掛けてきた。

 

「うん?・・・ああ、頼むよ」


 そう大して時間は掛からないと思うけど、大事なものだし親父に預けておくことにした。店を開ける時に絶対に必要な大事な鍵だ。


「じゃあ、行ってくるよ」


「おい、大和」


「うん?何?」


「・・・気をつけてな」


「うん、わかった」


 この時はあまり深く考えなかったけど、後から考えるとこの言葉には深い意味があったんだな。


 で、もう1回店の前まで取って返して、袋を持って待っていたミコさんと合流する。


「お待たせしました」


 すると、彼女は先ほど同様真剣な表情でこっちを見据えてくる。


「・・・大和さん」


「はい」


「私の手を握ってください」


「は?手をですか?」


「はい」


 ミコさんが手を差し出してきた。綺麗な女性の手だ。女性との付き合いがほとんどない私としては、大いに緊張してしまう。


「ええと・・・じゃあ」


 とにかく手を差し出し、彼女と握手する。


 そして彼女はキョロキョロと周囲を窺うように首を振った。


「ミコさん?」


「誰もいませんね・・・じゃあ行きます!」


 すると彼女は、聞いたこともない言葉で何かを唱え始めた。それはまさに、典型的な呪文を唱えているだった。


「ミコさん?・・・わ!?」


 ミコさんが唱え終えた瞬間、一瞬だけ体がフワッとした。エレベーターに乗っている時に感じるフワッとした軽い衝撃。そんな感じと言えばいいだろうか。


「今のは?・・・て、あれ?」


 すぐに異変には気づけた。周囲の雰囲気がガラッと変わったからだ。突如として鼻をくすぐる潮の香。海の傍でするアレだ。でもおかしい、海から極端に離れてるわけではないが、内陸部のこの街で潮の香なんかするはずがない。それに、周囲が妙に暗くなったように感じられた。肌に触れる感触も違う。


 そして何より。


「え!?店がない!」


 確かについ数秒前までうちの店の前にいたはずなのに。その店が綺麗さっぱりなくなり、代わりに見えたのは壁だった。最初は暗くてよくわからなかったが、目を凝らして見ると、どうやらレンガで出来た壁のようだ。


「ミコさん!これは一体!?」


 すると彼女は手を放し、私に背を向けた。


「付いて来てください。暗いので足元に気を付けて」


 そう言って歩き出した。


「ちょ、待ってください!」


 慌てて追うけど、暗いのでとにかく歩き難い。


 石か何かにつまずき、転びそうになりながらも、なんとか彼女についていく。すると、開けた場所に出た。


「え!?」


 私は目と耳を疑った。月明かりだけで薄暗いが、確かにそこには音を立てて打ち寄せる白波の光景があった。

  


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