支援艦艇を増強しました
そんな感じで、「明石」型工作艦に続いて「風早」型給油艦2隻を含む、5隻の給油艦をミコさんはじめ魔導師の皆様方に『実体化』してもらった。
この「風早」型給油艦と言うのは第二次大戦中に日本海軍が建造した艦隊随伴用タンカーで、今回は1番艦「風早」と2番艦「速吸」を持ち込んだ。
先ほどの「明石」型工作艦もそうだけど、こうした支援艦艇の整備をするのは、もちろん艦隊の行動範囲を広げるためだ。
レク海軍工廠が稼働したことで、艦艇への燃料・弾薬の補給と修理が可能となった。しかしながら、そうは言ってもレク海軍工廠は動くことができない。
ジフ王国に現在攻撃を仕掛けている4ヵ国は、うまいことに東西南北の4方向に散らばっている。つまり、どの方向から敵が仕掛けて来てもおかしくないということだ。
こうなると、艦隊は最悪の場合ジフ王国本土を挟んで反対側の海域へと急行し、敵艦隊を撃破する必要がある。また今後航空艦隊を整備するにしても、艦隊が各方面へ出動することに変わりはない。
つまり、艦隊はレク海軍工廠から遠く離れた海域にも出動することとなり、加えて損傷することも考えられる。そうなると、遠隔地での補給や修理作業も必要となるわけだ。
しかしそうした補給や修理を遠隔地でも可能とする支援艦艇があれば、万が一にもジフ王国を挟んで反対側の海域に敵が現れたとしても、燃料や損傷の憂いなく艦隊を出撃させられる。
もちろんレク海軍工廠のような、そうでなくても小規模でもいいから基地を設営するという選択肢だってある。実際私もこれは考えてウトカ将軍にも提案している。
しかしながら、基地の設営は艦艇の『実体化』に比べると土地の選定やレイアウト設計など、手間が掛かり大掛かりなものとなる。魔法と言うチート能力があると言っても、ある程度の手間と時間などを考慮しないといけない。
おまけに、数を増やせばそれだけ存在感も増していき、今のところこちらの動きに注意を払っていない強硬派の目に留まる可能性も高くなる。
だから基地の急激な増設は、現実的な方法ではない。加えて、どちらにしろ支援艦艇の整備は艦隊の柔軟性を高くする。
結局、強力な工場設備を持つ工作艦と高速で艦隊随伴も可能な高速給油艦を『実体化』するのが、現状一番マッチしているわけだ。
ちなみに今回『実体化』した「風早」型給油艦の2番艦「速吸」は、艦体中央部に飛行機搭載甲板を搭載している。このため7機の水上攻撃機か、1回こっきりだが陸上機の運用も可能と言う変わり種だ。今回は予め水上攻撃機「晴嵐」を搭載している。
本来「速吸」が潜水艦搭載用の「晴嵐」を搭載するなんてありえない。そもそも「晴嵐」自体、史実では30機以下しか製造されていない超希少な機体だ。
しかしそこは模型。「晴嵐」は市販模型に入ってるスペアパーツなんかに付属しているので、それを組み立てて「速吸」の飛行甲板に搭載すれば、それで大丈夫だった。
搭載機としては同じ水上機で急降下爆撃も可能な「瑞雲」という選択肢もあったけど、「晴嵐」は魚雷搭載が可能だったので、あえてこちらにした。
「風早」にしろ「速吸」にしろ、史実では大戦後半の戦局が悪化した時期に竣工したために、短命かつ本領発揮が出来なかった悲劇の艦だ。だから私としては、この世界では是非とも有効に使ってやりたかった。
「後藤さん、確か補給艦艇には食料を運ぶ給糧艦もあるんですよね?そちらは配備しないんですか?」
「うん?」
艦艇の『実体化』作業の合間、造船所内の食堂でケイ君が質問してきた。
人間生きていれば腹が減る。だからこうして、ちゃんと日に3回(作業が長引いたりすると4回)食堂で食事する。この食堂も鉄道模型のストラクチャーの木造建物を、食堂と設定して『実体化』したものだ。
もちろん、食堂の魂がちゃんと付いていて、食事を出してくれる。ただしこの食堂の魂、ちなみに割烹着を着た元気のいい女の子だけど、好きな料理を作ってくれるわけじゃなくて、基本的に彼女が決めたメニューから選択する方式にしていた。
ちなみに私が選んだのはカツカレーで、ケイ君はオムライスを食べていた。どちらにもスープとサラダ、さらには食後の飲み物が付いた良心的なメニューだ。
でお互いにカレーとケチャップで口周りを汚しながらガツガツ食事していたわけだけど、ちゃんとコミュニケーションはとる。特にケイ君とは会話が弾む。
私はナプキンで口周りを拭きながら、彼の質問に答える。
「それは私も考えたけど、現状すぐには必要がないしね」
日本海軍を代表する給糧艦には「間宮」と「伊良湖」の2隻があった。そしてケイ君は、給糧艦を食料を運ぶ艦と言ったけど、これはある意味正解である意味不正解だ。何故なら日本の給糧艦の場合、艦内に菓子や蒟蒻の製造工場を備えていた。つまり、単に食材を運ぶだけじゃなくて、その加工まで手掛けていたわけだ。特に「間宮」の羊羹は絶品だったと現代に伝わっている。他にも強力な通信設備やクリーニング設備など、給糧艦に留まらない多用途支援艦と言う側面もあった。
だからあると便利なことに間違いない。しかしながら、例えば「間宮」の場合18000人の人間を3週間養える量の食料を搭載できたとされている。
そして現状、そんな給糧設備があったところで宝の持ち腐れだ。何せ艦隊を運用する人間は、例え数十隻の艦艇を整備したところで、数名に過ぎないのだから。
工廠守備のために派遣されてきた兵士なんかも加えれば多少増えるが、どちらにしろ現状では過剰設備だ。何せこれらの人間の食事は、造船所内の食堂や庁舎内の食堂で賄えてしまうからだ。そしてこれらの食堂は地面からの魔力によって食材が補給されるため、基本的に補給の必要がない。(ただし魔力不足や、建物の魂が臍を曲げるとこの限りではない)
もちろん、ジフ王国の兵站を軽減させるのは間違いない。だからあったら便利で、今後『実体化』しようとは考えている。だけど、工作艦や給油艦のように今すぐ起こるかもしれない戦闘に対応するものではない。
だから今回持ち込んだのも工作艦や給油艦に、レク造船所守備に必要な各種艦艇(小型潜水艦や水雷艇、魚雷艇の類)となっていて、給糧艦はまだなかった。
「・・・と言う訳で、今回はまだ『実体化』しないよ」
と説明したら、ケイ君は明らかに落胆した。
「そうですか。今回は「間宮」来ないんですね」
なんかどこかのゲームのプレーヤーみたいなセリフを口にしたよ、この子。ちょっと将来が心配になる・・・まあ、勉強しているのはいいことか。
「にしても、ケイ君よく勉強してるよね」
彼が変な方向に染まってないか気になるところだが、どんどん新しい知識を付けているのは本当に感心する。もちろん、その知識の源泉は私たちがこちらに持ち込んだ本だ。
ケイ君はジフ王国人なので、当然日本語は読めないけど、写真や絵を見つつ、わからないことは私や艦魂たちに直ぐ聞くようにしているようだった。しかも、ミコさんや艦魂たちに頼んで日本語の勉強も始めているらしい。
優秀な人材だとは聞いていたけど、ここまで向学心があるのには本当に感心してしまう。
「そんな、勉強だなんて。半分遊びのようなものですよ。自分が楽しんでるだけなんですから」
「それでも、知識を付けるのはいいことだよ」
「でも、今回の場合は「間宮」の羊羹や最中が単に食べたいっていうのもありますし」
なるほど、そっちがお目当てなわけか。でもその気持ちわかるな。
「まあ、「間宮」の羊羹や最中はこっち(現代日本)でも美味で有名だったからね・・・ところで、ジフ王国にも羊羹や最中みたいなお菓子あるの?」
「ありますよ。ただ値段がべらぼうに高いので、おいそれとは買えませんけど」
「そうなの?・・・そう言えば、ジフ王国の食文化とか聞いたことなかったな」
成り行きで戦闘に参加し、その後ジフ海軍の増強に携わってきた私だけど、海軍関係のことばかりに夢中になっていたので、ジフ王国の現状、特に文化に関してはほとんど話を聞いていない。忙しくて聞く気も起らなかった。
「ジフ王国の一般の人って、普段は何食べてるの?」
「お米にお味噌汁に1~2品のおかずが基本ですよ。おかずは大概野菜か魚で、肉はあまりないですね。お菓子に至っては、高級品なので月に1回食べられるかどうかです」
お米が食べられるってことは、戦前の日本よりも食糧事情はいいってことか。これも魔法の恩恵ってことか・・・でも甘味が高級品ってことは、砂糖は貴重な品なわけだ。
「砂糖って貴重品なの?」
「もちろん。南部の一部の地域でしか栽培されていませんから、無茶苦茶高いですよ」
と、ここでちょっとした疑問が浮かぶ。
「魔法で砂糖を複製するとか、それか収穫量を劇的に増やすとかできないの?」
「後藤さん、本の読みすぎですよ。そんな便利な魔法あるわけないでしょ」
ケイ君がちょっとバカにしたように笑う。
いや『実体化』や『転移』なんていう超絶チートな魔法を使うような人たちに、そんなこと言われたくない。
「ええ・・・じゃあ、普段魔法ってどんなふうに使うの?」
「それは人によって魔法を使える能力が違うからバラバラですよ。魔法を使うのが上手い人なんかは、身の回りのことの多くを魔法で出来たりしますよ。でもさすがに、同じものを複製したり、収穫量を劇的に増やすなんてできませんよ」
ケイ君の話によると、ジフ王国の人たちは生活の中で普通に魔法を使うという。ただしそれは、ローソクに火打石やマッチなしで火をつけるとか、重いものに魔法を掛けて浮かせるとか、食物の育ちが良くなるように呪文を掛けるとか、その程度の類らしい。
つまり身近な生活を少しばかり便利にする程度の魔法だそうだ。ミコさんのように『実体化』や『転移』ができるような、彼らがいうところの魔力が強い人は、極一部でしかない。ケイ君も『実体化』まではできるが、『転移』はできないという。
それでも、こうしたちょっとした魔法を駆使して、これまで飢饉や伝染病の流行もなくやってきたらしい。
他に戦闘の際に使う魔法なんかもあるようだが、そちらは基本的に軍に入った人間が使うもので、日常生活では余程でもない限り使う機会はないそうだ。
なんか思っていた以上に貧乏くさい感じがするけど、ただし病気やケガに関する治療については、魔法を使うおかげで、かなりの確率で治癒するそうで、乳児の死亡率が低く、平均寿命は長いようだ。
「なんか聞いてると、不便な生活をしているようにみえるけど」
聞く限り、ジフ王国の一般人の生活スタイルは不便で古臭い。ただしそれは、現代日本人の視点で見ればの話だ。
「そうですか?」
私の言葉に、ケイ君は不思議そうな顔をした。
このあたりは感覚の問題だろうな。私から見ると、ジフ王国の生活レベルは戦前以前のものだ。しかしながら、魔法のおかげで生命の危機に怯えるような事態はあまりなく、衣食住も保証されている。
なるほど、侵攻されるまで鎖国に近い状態だったのもわかる。別にわざわざ外に出る必要がなかったわけだ。もし戦争がなければ、半永久的に同じ生活スタイルで進んで行ったかもしれない。
しかしそうなると、近代日本の技術をこちらに持ち込むのは、色々と注意しなくちゃいけないな。
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