海戦が終わりました
「夜明けか」
空が白み始め、陽の光が東の水平線から差し込んで周囲を照らし出していく。しかし、昨日と違ってそこに広がるのは恐ろしい光景だった。
「ヒドイもんだな」
至る所で艦が燃え、既に上甲板を海水に浸して沈みかけの艦も何隻か見える。また既に艦が沈んだと思しき場所には、大量の漂流物とそれに掴まる多くの人間、脱出した乗員たちの姿も見える。
この光景を自分たちが現出させたということに、私の気持ちはかなり重くなる。加えて海上で漂流する彼らを助ける術がないのが余計に心苦しい。
こちらの艦隊の損害は微々たるものだ。唯一駆逐艦の「霞」が二番砲塔に直撃弾をもらって中破したけど、それが以外の艦は奇跡的に無傷に近かった。敵に接近した駆逐艦戦隊は幸いなことにそれ以上の損害を出すことなく撤退でき、戦艦部隊は「伊勢」と「比叡」が被弾したけど、いずれも装甲で弾き返して大した損害を出さなかった。
本来であれば、漂流する敵艦の乗員を救出するのが船乗りの流儀なのだろうが、これらの艦艇に乗っている人間は私とミコさんだけだ。つまり救出する術がない。仮に乗せたとして、その捕虜を監視することもできない。
こうなると、残存する敵艦や輸送船団に救出を要請するしかないが、その敵艦や輸送船団は夜が明ける前に遁走したのか、ほとんど残っていなかった。
「残存する敵艦は砲艦1、水雷艇2の模様」
榛名が報告してくる。たった3隻では、あの膨大な漂流者は助けられまい。
「ミコさん」
「はい?」
「救命ボートを残していってもよろしいでしょうか?」
「・・・敵のためにですか?」
「ええ。彼らは敗残兵ですが、力の限りを尽くして戦った結果、艦を喪って海を漂流しています。私の世界には、武士の情けと言う言葉もあります。甘いと言われるかもしれませんが、敗者に対しても敬意は払うべきでしょう」
こんなこと、戦争を知らない平和な時代に生きる人間のヒューマニズムに過ぎない。そんなことは重々承知しているけど、今こちらはそれを行うだけの余裕がある。やれることであるなら、やっておきたかった。
「わかりました」
あれ、意外。素直に認めてくれたな。
「よいのですか?」
「はい。武士の情けと言う諺は私たちの国にもあります。それに、仰るように敗者にも敬意を払うべきでしょう」
「ありがとうございます。それから、ミコさんは発光信号打てますか?」
「はい、それは習ったので」
良かった。それまで知らなかったらどうしようかと思った。
「だったら発光信号で、残存する敵艦に我々は撤退するから、生存者の救助に全力を尽くすよう言ってください。ついでに、追撃もしないと」
それにどうせ追撃のしようもないけどね。一晩掛けて撃ちまくったから、こっちの残弾はほとんどない。これ以上の戦闘は不可能だ。
「わかりました」
こうして、私にとって最初の海戦は終わった。敵のシロア公国の艦隊は艦艇群の大部分を喪って撤退した。そして私たちもカッターと救命具を放出し、残存する敵艦に救助を専念するよう申し伝えても撤退する。
「放出するのはカッターだけですね?」
私がカッターのみを放出するよう指示すると、榛名が確認してきた。
「うん。漂流中の敵兵には悪いけど、動力艇は敵に利用されるといけないからね」
動力付きの内火艇は敵に利用される可能性もあるから、酷かもしれないけど放出するわけにはいかなかった。その代りカッターや救命具と共に、食料や水もかなり流しておく。漂流中の敵兵がどれだけ利用できるかわからないけど、それで一人でも多く助かってくれるならそれでいい。
「それじゃあ、帰りますか?」
「はい。ヅイヤの港に帰還します」
「ヨーソロー!母港への帰途につきます」
敵兵への対応と、夜の間飛んでいた水偵隊を回収し終えたところで、私たちの艦隊も撤退する。
「何とか終わったな」
全てが無事に終わったことで、私は司令官席に座り込む。本当に疲れた。
「お疲れさまでした店長。こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
榛名が気を利かして飲み物を持ってきてくれた。それは冷やされたラムネだった。その甘さが、疲れた体には本当に染み入る。
「榛名たちもたちもお疲れ様。戦闘は君たちに任せっきりで、本当にありがとう」
今回勝てたのは艦の性能が勝っていたのや、こっちが偵察機を持っていたというのもあるけど、艦魂たちが指示通り艦隊を動かしてくれたのも大きい。本当に感謝してもし尽せない。
「ありがとうございます。けど、これで私たちもお役御免ですね」
「?どうして」
「だって、弾薬が尽きた艦なんてただの鉄の塊じゃないですか」
ああ、そう言えば弾薬や燃料は補充できないから、解体や自沈処分してたんだっけ。
まったく、これだけ大活躍した軍艦に容赦なくそんなことするなんて、本当に罰当たりだよ。まあ、命懸かってるので、ウトカ将軍の前では口に出さないけど。
それに。
「そのことだけど、大丈夫だと思うよ」
「・・・はい?」
榛名がキョトンとする。そりゃ想像すらできないだろうな。
ただそれを実現するためには・・・
「3日ぶりの我が家だ~」
見慣れたゴトー模型店の看板と我が家の姿に、帰ってきたことを実感する。異世界での3日間がまるで夢の如く、我が家は全く変わり映えしない姿で建っていた。それだけで何故か感動してしまう。
海戦が終わった日の夕方、ヅイヤの港に戻った私とミコさんはウトカ将軍から盛大な歓迎を受けた。まあ、侵攻してきた敵艦隊を撃破して大勝利したのだから、海軍総司令官が喜ぶのはしょうがない。
ただ私としては、このまま長居しているとまた何を吹っ掛けられるかわかったものではなかった。だから「疲れているから今は休ませて欲しいし、故郷には何も言わず出てきているので、計画遂行のためにも一度帰らせて欲しい」と半ば以上本気で懇願し、歓迎の宴やらあったらしいけど、何とか抜け出すことができた。
そして今、ミコさんの転移魔法で日本へ帰ってきた私は、久方ぶりの我が家と対面しているというわけである。
ちなみに、ミコさんも一緒だ。
「ただいま~」
「おう、帰って来たか」
店に入ると、店番をしていた親父が声を掛けてきた。
「悪かったね父さん、店番させちゃって」
「いいっていいって。それよりも、向こうじゃエライ目に遭ったみたいだな」
「本当だよ。まさか海戦に参加させられるとは思わなかったよ」
「ま、何にしろ無事に帰ってきてくれて何よりだ。ただ向こうの世界のことは、お前が深入りしたんだから、お前で何とかしろよ。出かけてる間の店番と、ちょっとくらいの手伝いはしてやるが、それ以上のことは面倒見きれんからな」
「わかってるよ」
「あ、あの大和さんに店主さん?」
「何?ミコさん」
「店主さんは、大和さんが私たちの世界に行って戦ったことにあまり驚かれていないようですけど?」
確かにそうだ。親父は向こうの世界のことを知ってるとは言え、私が何をしていたかまでは本来知らないはず。ましてや海戦に参加していたなんて。
それなのに、親父の態度が淡白すぎるのに、ミコさんとしては驚きなんだろう。
「それだね・・・父さん、そんな態度をとるってことは、俺からの連絡届いたんだね?」
「ああ、しっかり届いたぞ」
「え!?連絡が届いたって、そんな!?私たちの世界でどうやってやり取りしたって言うんですか?」
「いやね。これを向こうに持って行ったから」
と、私は既に電池切れを起こしているスマフォを懐から出して、ミコさんに見せる。
「それって確か、この世界で遠くの人と話したり、調べごとをしたりするのに使う機械ですよね?」
「お、良く知ってるね。そう、このスマフォで父さんに連絡したんだよ」
「え!?そうだったんですか!?」
「ああ。だけど連絡がつくかは半信半疑だった」
向こうの世界に行く時に、外出時の習慣でこのスマートフォンもちゃんと持って行った。普通に考えれば、異世界で使えるはずがない。
ところが、向こうに行って艦の写真を撮ろうとした時に、アンテナが弱いけど立っていることに気づいた。そこで、最初は電話。次にネットのアプリサービスで連絡を取ろうとした。けどこの試みはどうも上手く行かなかった。
だから最後の手段として、普通のメールで連絡を試みた。すると、送信はエラーせずにすることができた。ただ確実に届いているという確信はなかった。いくらこちらからメールを送っても、親父からの返信がなかったから。
それでも、ダメ元でバッテリーが上がるまでに数通のメールを発信した。その内容は、異世界における現状報告。そして・・・
「でも届いていて良かったよ。父さん、注文した物はどうなってる?」
「おう!うちの店で在庫があった奴は、とりあえず取り置きして置いてやったぞ。ないのは今取り寄せ中だ。で、メーカーにもないのは、中古店をあたるしかないな」
父さんがキープしておいてくれた模型の箱が入った袋を見せる。
よしよし、これでジフ王国海軍増強計画を進められる。
今回ムトカ将軍と結んだ艦隊指揮の交換条件として、私が主導する形での艦艇並びに付属施設の強化策をやらせてもらうことになっている。それは主として、軍港の建設、工場の建設、補給艦艇の増強、航空戦力の増強、潜水艦の配備だ。
つまり、ぼくのかんがえた最強の海軍を模型で作ってやろうってことだ。あんだけ危険な目に遭ったんだから、これくらいやらせてもらわなきゃ困る。
そんなこと出来る目途があるのかと言われそうだけど、これがあるんだね。何故なら、こうした模型は既にメーカーから数多くリリースされている。
これを使わない手はない。元手が数万円あれば、大規模な軍港に工場、これまでにない大規模な艦艇の整備が出来る。
そして少なくとも資金の面で問題はない。それ相応の代金としてジフ王国が金を提供してくれることになっている。
だからこちらとしては、財布のひもを気にすることなく好き勝手に模型を買いまくって、自分の好みの、つまりはぼくのかんがえた最強の海軍を作れるってわけ。
いや~、夢みたいだ。本当に。
「あと大和。買うのは良いけど、こんだけを組み立てるってなると、例え素組みでも時間食うぞ」
「それについてなんだけど、外注か最悪誰かを雇おうかと考えてるよ」
帰ってくるまでに考えた案を披露すると、親父が仰天する。
「おいおい、本気か?あちらはそれでいいのか?」
「ミコさんたちの許可はもらってあるよ」
さすがに多数の模型を組むとなると、私一人では手に余る。だからミコさんたちに許可をもらって、必要な人間も集める方針で行くことになった。もちろんその資金はジフ王国持ちだけどね。
秘密の漏洩と言う心配はあるけど。
「向こうとの行き来はミコさんたち魔導師の力がなきゃ無理だし、例えバレても与太話としか思われないはずだって」
「・・・やれやれ。俺は知らんからな」
盛大に呆れながら、親父はそう言った。
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