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模型店を引き継ぎました

 HJ大賞開催と言うことで、突如浮かんだアイディアをとりあえず小説として書いてみました。実際に大賞に間に合うかは別として、実験作品として投稿いたします。少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 なおこの作品はフィクションです。実在する人物や企業などとは一切関係ありません。

 我が家は祖父じいさんの代から続く模型店だ。住居と店舗を兼ねた3階建ての建物の、1階と2階部分が店舗になっていて、所狭しと鉄道模型やプラスチック模型の箱が並んでいる。


 最近じゃ大規模量販店やインターネットショッピングに押されている所謂いわゆる、街の模型店と言うやつだな。しかも、うちは代々鉄道模型はいいとして、プラスチック模型についてはミリタリー関係のスケールモデルしか扱っていない。


 スケールモデルって言うのは、実際に存在する車や飛行機、船を48分の1とか、700分の1とか縮尺を決めて、ミニチュアにした模型のことだ。


 だからうちの店には、普通の模型店ならどこにでも置いてあるアニメに出てくるロボットやスポーツカーのプラスチック模型とか、フィギュア、子供向けの電池で走る車のおもちゃもない。


 もちろんスケールモデルだって、今でも固定ファンはそれなりにいる。有名俳優や政治家にも、その手の趣味人として有名な人がいて、時々テレビなんかで紹介されている。


 それでも、売れ筋ともいうべき商品を置かなくて大丈夫なのか?と子供のころから不思議に思っていたのだが、これが不思議と大丈夫らしい。むしろ、祖父じいさんも親父も特に売り上げが落ちて困っているような様子になったのを見たことはないし、私自身生活に影響が出たことはない。


 そんな実家の模型店を、私は先日三代目として引き継いだ。私自身も祖父や親爺の影響で模型は好きなので、大学を卒業して3年ばかりは大手電機チェーンが運営するおもちゃの量販店で働いていた。


 親爺にしてみれば商売敵で息子が働くのは複雑だっただろうが、特に反対はしなかった。私としても、独立前に商品知識なんかを覚えるいい勉強の機会になったし。


 そうして少しばかり外の世界で仕事をしたあと、実家へと戻って店を継いだ。と言っても、別に親爺が体を壊したとか、店が忙しくなって人手がいるようになったとか、そう言う理由ではない。


 単に親父が隠居を望んで、店を畳むか私が継ぐかって話になっただけだ。親父は今年65歳。自営業主としてはまだまだ頑張れそうな年頃だけど、爺さんから店を継いで30年余り。その間ずっと店を守り続けてきた。週に1日だけの定休日と、正月休みを除けば1日たりと店を休んだことはない。


 俺から言わせれば、店を開けてる最中も親父は奥の工作室でプラスチック模型作りに勤しんでいたから、この商売は半分趣味を兼ねていたとしか思えないのだが、だけど長期休業して旅行した思い出は確かにない。


「体が元気なうちに、行けなかった所に母さんと行っておきたい」


 と言われれば、こっちとしても強くは出られないし、むしろ親爺にも老後を楽しんでもらいたいと思ってしまう。結局、ほとんど二つ返事で私は店を継ぐことを承諾した。


 こんな感じで私は爺さんからの模型店、「ゴトー模型店」を引き継いだ。


 今さらながら自己紹介すると、私の名前は後藤大和。年齢は26歳の独身彼女募集中だ。趣味は爺さんと親爺の影響もあって模型・・・と言いたいだけど、実はそうではない。いや、模型が趣味ではないと言えば語弊がある。模型も趣味の一つと言えばいいのかな?他にも鉄道とか、軍事も大好きだ。


 だから、その手の知識も駆使しながら、お客さんと上手くやっていければいいなと店を継ぐ直前は考えていたんだな。


 だけどそれが、まさかあんなことになるとは。普通の人間だったら絶対に想像つかないことだよ、まったく。


 さて、話は私こと後藤大和が店を継いだ時から始まる。3月末の年度末に前の職場を円満退社した私は、1週間ほど掛けて住んでいたアパートを引き払い、実家へと戻ってきた。


「今日からしっかり頼むぞ!」


 そして親父とお袋の出迎えを受け、実家に戻って引っ越し荷物が片付いた翌日から「ゴトー模型店」の店長となった。とは言え、いくら模型店で3年間の勤務経験があるとはいえ、いきなり店長の仕事はできない。


 それから1カ月間程は、前店長である親父から店の経営に関して手取り足取り教えてもらう毎日となった。店の中の商品の配置とかは私自身子供のころから店の中を散々歩き回っているので知っている。しかし、店の財務状況や取引先の銀行のこととか、親しくしている問屋さんのこととか、昔馴染みの常連さんのこと、さらには店のある町内会のことはさすがに教えてもらわないとわからない。


 しかも、前職は確かに模型店で働いていたとはいえ、あくまで雇われの一店員にしか過ぎなかった。ところが今度は店長である。店の運営の全責任が私の双肩に掛かってくる。前の職場では上司から言われてやっていた発注の仕事や商品の在庫管理も、今度は全部自分で決めて管理しないといけない。


 やること、それから覚えることは山ほどある。


 とは言え、これが嫌いなことや興味のないことであったなら苦痛で鬱屈な気分になったかもしれないけど、この店には子供のころからの愛着もあるし、何より取り扱っている商品は自分の趣味の範囲内。慣れないことに疲れはするけど、仕事自体は楽しい。


 しかも、街の小さな模型店だ。四六時中客がいて接客するなんてことはない。レジに座ってそこにあるパソコンで発注掛けたり、在庫の確認をしたり、ポップを自作したりする時間の方が長い。そして、それさえもない時間は、趣味と実益を掛けた時間を楽しめるって寸法だ。


 具体的には、まず大好きな鉄道や軍事ミリタリー関係、さらには架空戦記やラノベを読んだりする時間。これは商品に関する知識をつけることにも繋がるし、以前は通勤時間中にとっていた貴重な図書の時間に代わるものだ。


 次に自分自身が買った鉄道模型を、店内のデモ運転用レイアウトで運転すること。1m四方のスペースに作ったエンドレス(周回)配置の線路と、その周囲に爺さんが作った埃を被って古ぼけたレイアウトだ。子供のころから散々見てるけど、ここで鉄道模型を走らせると自然と心が落ち着く。ちなみに、このレイアウトを折を見て改修しようかなんて私は考えている。


 そして最後に、工作スペースで模型を作ることだ。この工作スペースは、爺さんが作ったもので、その爺さん自身に親父、それから私も模型作りに使ってきたスペースで、3人が同時に模型作りが出来るから、休日なんかはお客さんにフリースペースで貸し出したりもしている。ただ組み立てるだけじゃなくて、そのまま庭に出て塗装も出来るようにしてあって、爺さんや親父も含めたモデラーたちの憩いの空間になっている。


 ちなみに、私も模型は組むには組むのだが、面倒くさがって基本的に素組みしかしない。味気ないと言えば味気ないが、それでも形になってるだけで私には充分なんだ。


 さて、店や私自身の紹介はこの辺にして、話を本題に移そう。


 私が初めてソレに気づいたのは、店を継いでから少し経ったころのことだ。私は親父から常連さんのことについて説明を受けていた。


 ネット通販やら量販店やらのせいで厳しい時代、そんな中でもうちの店を慕って未だにコンスタントに利用してくれているお客さんもそれなりにいる。そうした常連さんを大切にすることは、うちの店にとって生命線である。息子になったからサービスの質が悪くなりましたという言い訳は通用しない。


 と言う訳で、私は親父から常連さんの名前や年齢なんかはもとより、その性格や好み、来店するタイミングなど、細かい情報をみっちりと教えられた。あ、言っておくけどこの顧客情報は門外不出の紙台帳にして、店の一番奥の耐火金庫にしまってある。


 うちの店の個人情報保護を舐めんじゃない!


 で、そのダイヤよりも貴重な常連さんの情報を見ていたのだが、その中に俺は不思議なリストを見つけた。


「父さん、この人一体なんだい?ミコていう名前しか書いてないよ」


 常連さんの顧客情報台帳には、その人の氏名や住所、年齢はもちろんのこと初来店の日や主にどんな商品を買っていってるかが書かれている。基本的に半年に1回くらいまでの頻度で来店する人が書かれる。


 ちなみに、氏名や住所をどう把握するのかと言えば、これはうちの店専用のポイントカードの入会書に名前を書いてもらうことでする。そうでない人の場合は、さりげなく声を掛けたりして会話する中で把握する。


 だから氏名や住所に関する情報が得られない人だって中には出てきそうなものだが、そう言う人はほとんどいない。うちの祖父さんも親父も人当たりはいいし、接客上手だったのでそうした情報を得られないなんてことはほとんどなかった。


 だから今回見つけたミコて言う人の情報は引っかかった。名前だけで住所はなく、性別の欄に女性に丸が打たれているだけ。初来店日はちょうど1年前の今頃だった。


「ああ、その人。そうなんだよ、いくら聞き出そうとしても本名や住所に関しては、はぐらかすんだよ」


「しかも、この人工作依頼までしてるじゃん」


 うちの店では祖父の代から、工作依頼を受けている。つまり、模型の組み立ての代行だ。組み立て式の模型は普通組み立てとか塗装まで含めて楽しむものだけど、そこはそれ。時間がなかったり不得意と言ったりした人だっている。そういう人から依頼を受けてやるわけだ。もちろん、本来の模型や塗料とかの代金に手間賃を上乗せするわけだけど、それでもポツポツ依頼があるのは知ってる。


「ああ。特に艦船模型が多いな。時々戦車や飛行機なんかも頼んでいくけど」


「本当だ」


 購入品のリストを見ると、断トツで艦船模型の購入比率が高い。しかも今も注文している最中だし。


「その人1カ月1回くらい来るから、そろそろ来る頃だな」


「ふ~ん。今回はその人何買ったの?」


「ほれ、工作スペースの隅に置いてある戦艦「榛名」と駆逐艦の「陽炎」」


 確かに、工作スペースの隅の完成品置き場に「榛名」と「陽炎」の完成済み模型があったな。


「ああ、あったね・・・あれ?じゃあまたその人、工作依頼してくるかな?」


「だろうな。だけど、このサービスは俺で終わりだから、まあ丁重にお断りするしかないな」


 そう、実はこの工作依頼サービス、親父の引退で中止するサービスだ。私の場合、さっきも言ったけど模型を作るには作るのだが、基本的にただ組み立てるだけの素組みしかしない。だからこのサービスはできない。


 まあそこまで利用者の多いサービスでもなかったから、なんとかなるだろうと高を括っていた。でもこのミコて人の注文頻度を見ると、そうも言ってられないな。月一回来店して、その度に複数の模型を買っていってるから。


「このミコて人どんな人?怖そうな人?」


 幸いなことに、この「ゴトー模型店」に悪質なクレーマーが来たのは見たことないが、前職では上司が長時間疲れながら対応していたのを見ている。客商売だからか可能性皆無なんてありえないのは頭で理解しているだけど、やっぱりクレームは勘弁願いたいところだ。できれば穏便に済ませられればいいんだけど。


「いや、若い女の子。怖そうとはかけ離れた優しそうな娘だよ」


「そりゃ良かった」


「わからんぞ。逆にその分起こると怖いかもよ」


「そりゃないぜ、親父」


 私を脅かす親父に文句を口にする。そう言う縁起でもないことは言わないで欲しい。いや、本当。マジで勘弁。


 と、その時。


 リンゴン!リンゴン!


 来客を報せる鐘の音が鳴った。


「と、お客さんだな」


「うん」


 私は顧客台帳を閉じて金庫に入れ、ダイヤルを回す。そして親父に続いて店の方へと出る。


「いらっしゃいませ~」


 前職で散々やった営業スマイルとあいさつでお客さんを出迎える。


「おお、大和。ほれ、さっき言ってたとミコさんだ」


「へ?」


 予想外の事態に、間抜けな声を出してしまった。


 先に出迎えていた親父の陰から、ひょこっと女性が顔を出した。



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