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第4話



 映画の時間までは今週あった面白い話とか、クラスでこんなことがあったとか適当に会話をして時間が過ぎるのを待つ。

 話しのネタがないときはくっついて横になるか、一緒にゲームをするかである。


 一緒に夜を越したのは既に両手の指の数を超えているが、未だに慣れない。

 勿論、私は千春さんとしたときが処女であったし、リードするのは千春さんだ。

 ノーマルだと思ってた千春さんも私と同じ同性愛者だと知ったのは、初めての夜から数週間後、何度目かの夜を越して、眠れずに話し込んでいた時のことであった。


「そろそろ準備して、向かおうか」

「分かった」


 部屋の戸締りをして車に乗り込む。

 映画館のあるデパートまでは車で20分弱、日は既に落ち車道をライトが照らす車が走っている。

 

「暖房いれる?」

「ううん、平気」


 10月も半ばに差し掛かった今日この頃、時間帯によっては肌寒さを感じるが、車内は快適な温度を保っている。

 私はこれから見る映画の話題や、それ以外にも気になっている映画の話しを振る。

 千春さんは自分が見たい映画は何だとか、この映画は一緒に見たいなど返事をしてくれる。


 私は思う、私はどれだけ千春さんを知っているのだろうか、と。

 出会ったのは高校に入ってから、好きになったのはそれからすぐ、1年以上の片想いをしており、どうせ片想いするぐらいならばと当たって砕けろの精神で告白したらまさかの「いいわよ」の一言返事である。


「これからも、一緒にいろんな物が見れるといいな」


 そう願いを込めた呟きは、狭い車内の中では当然のように聞こえていたのだろう、千春さんの手が私の右手をそっと握った。


 時間も遅いと言うこともあるのか、映画館はそこまで混んでは無く、私達はスムーズに席についていた。

 適当にとったパンフレットで今上映されている映画のPRを見ながら時間を潰していると、隣に座っている千春さんがスマホをいじっていた。


「もうすぐ上映だよ?」

「えぇ、分かってるわ」


 そう答えながらも、スマホを手放さない千春さんに私は呆れながらもまたパンフレットに目を落とした。

 もう間もなく上映されると言うのに、急に千春さんは席を立った。


「千春さん?」

「お手洗い行ってくるから、荷物見ててもらっていいかしら?」

「うん、全然いいけど」


 じゃ、と言って退室した千春さんに、私はすぐに戻ってくるだろうと思い待っていた。

 しかし、映画の予告が始まっても戻ってこない千春さんに、私は何かあったのだろうかと気になり落ち着かなかった。


 結局、千春さんは本編が上映される数分前に戻ってきた。


「混んでたの?」

「えぇ、ちょっとね」


 ちょっと、かなんか嗅ぎ慣れない匂いもするけど、今は気にしないでおこう。

 そう思っても、やはり気になってしまい、映画に集中できない。

 ちらちらと隣の千春さんを見ても、千春さんは映画に集中しているようだ。

 皆が静かに映画を見ているなかで会話をするほど、私も非常識ではない。


 終始、映画の内容は頭には入らなかった。

 溜息を心の中でつきつつ千春さんと退室してロビーに出ると、一人の女性が近寄ってきた。


「千春」

「夏月、まだ居たの?」

「私も丁度見終わったところだよ、そっちの子は? 妹とかいたっけ」

「従妹よ、私が赴任してる学校の生徒なの」

「ふーん、まぁいいわ、あんたこの後暇? 久しぶりに飲みにでもいこうよ」


 誰だろうか、この女は、年齢的には千春さんに近いようだから友人のようだ。

 しかし、この夏月と呼ばれた彼女からは、さっき映画が始まる前に嗅いだ匂いと同じ匂いがする。

 嫌な妄想が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。


「飲みにか、行きたいんだけど、今日はこの子家に「いいよ、先生、さっきお母さんから連絡あって、やっぱり帰ってくるみたいだから」」


 話しの最中に割り込んで申し訳ないが、今日はダメだ。

 このまま千春さんの家に行ってもきっと悪いことしか起こらないような気がする。


「瑞希?」

「ごめんね先生、お母さんには迎えに来てもらうから、夏月さんと飲みに行っておいでよ」

「あー、なんか間が悪かったかな、ごめん千春、私はまた今度でもいいよ?」

「いいんですよ、夏月さん、いつも先生にはお世話になってるし、休みの日までお守みたいな事させちゃって申し訳なく思ってたので」


 思ってもいないことが口からすらすら出てくるのは、どうしてだろうか。

 行かないでほしい、でも一緒にいたくない。

 理解しがたい思いと言動が私を混乱させる。


 とにかく何か言わなければと口を開いた時、千春さんの低い声がした。


「瑞希、いい加減にしなさい」

「ひっ」

「ちょ、千春?」

「瑞希、今日は貴女を預かるってちゃんと叔母さんにも言ってあるの、無理言って叔母さんを困らせたら駄目よ」

「あ、う……」


 何も言えなかった。

 泣きそうになるのを我慢するために顔を俯かせれば、千春さんが夏月さんと話していた。


「そういう訳だから、飲みにいくのはまた今度にしましょう、連絡先変わってないわよね?」

「へ? あぁ、うん、変わってないけど、ごめんね、なんかその子に気を使わせちゃったみたいで」

「いいのよ、それじゃあまたね」


 ぐっと腕を引かれてその場を離れる千春さんに、私は黙ってついていくしかなかった。

 立体駐車場は夜と言うこともあって暗い。

 車の助手席に押し込められた私は、運転席に乗って無言で車を出した千春さんの顔を見れなかった。



 部屋に戻った私は、とりあえず座るように言われたベッドに腰かけたが、何を言えばいいのか分からないでいた。


「瑞希」


 名前を呼ばれ、びくりと反応を見せる。


「どうしてあんな事言ったの?」


 どうしてだろう、あんなに軽く千春さんに触れていたから?

 でもそれは私だって同じだ、仲の良い友達とおふざけ程度に触れ合うことはある。

 それは千春さんにだって当てはまる、高校からの長い付き合いの友達だった場合もあれば、過去の恋人だったのかもしれない。

 

 それを正直に話そうと思っても、私の口は開かなかった。


「夏月は高校時代の友達よ、私が同性愛者だってことも知らない、ただちょっと、昔からスキンシップの激しい子ではあるけど」

「……へ?」

「席に戻った時、あの子のつけてた香水の匂いがしたから勘違いしたんでしょうけど、私とあの子の間には何も無いわよ」


 顔を上げて千春さんを見ると、困ったような、呆れたような、そんな顔をしていた。


「これが私達の現実よ、嘘をつき続けるしかないの……今までこういう場面に出くわしたことがなかったけど、どうする? 瑞希が耐えられないなら別れる?」


 それは、私は耐えられるけど貴女には無理でしょ? と言っているのか。

 確かにそうだ、私はあの場を離れたくて適当な事を言ったし、それで千春さんを怒らせた。

 でも……。


「……ない」

「何? 聞こえないわ」

「別れたくない! もうあんな事言わないから、許してください!」


 あぁ、私は馬鹿だ。

 こんなにも私を大切にしてくれる人を、自ら遠ざけよう等と、愚かにも程がある。

 私を抱きしめる腕がこんなに愛おしいと思ったことも、涙を拭う手の温もりも、失うところだった。


「えぇ、許すわ、でも次は無いから覚えておいてね……私も、瑞希と別れるつもりはないもの」


 ごろんとベッドに押し倒され、深いキスをして、その後はシャワーも浴びずに夜を超すのだった。


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