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第20話



 涼子さん、瑞希のお母さんは少し強い口調で娘を自分の部屋へ行かせると、大きく溜息をついてこっちを見た。


「小牧先生、分かっていると思いますが、母親として、あの子と先生の交際を認める訳にはいきません」

「理解しているつもりです」

「そもそも、教師と生徒と言うだけでも問題なのに、それも、女性同士だなんて、世間からどう見られるか、覚悟はあるんですか?」

「私の立場も、娘さんの立場も理解しています、女同士の結婚がこの国で認められていないことも理解しています……ですが私は、瑞希さんを心の底から愛しています」

「ふざけないでっ!」


 パン、と空気を裂くような音が鳴り、頬に痛みが走った。

 正面を向いていた顔がいつのまにかリビングのテレビに向いて初めて頬を打たれたと気付いた。


「百歩譲って! 瑞希が女の子しか好きになれないことは理解します、ですが相手が問題なんです! 先生である貴女が生徒の人生を狂わせているとは考えないんですか? 世間から後ろ指さされるような人生を送ることを許すと思いますか!?」


 そんなこと、分かっている。

 でも、そこに「教師」は関係ない。


「私がどんな立場にいようと、それは関係ありません、仮に瑞希さんが私以外の女性とお付き合いしたとしても、同じような反応を周囲は示します、そこで瑞希が苦しむことも、お母様が苦しむことも変わりはありません」

「それは……」


 言い返そうとした涼子さんを遮り、私はしっかりと涼子さんへと向き直る。


「辛いことだと、自覚しているつもりです、私自身、たくさん傷ついた過去があります、そんな傷を瑞希さんに負ってほしくはありません、ですが私はこれから先どれだけ不幸になろうとも、瑞希さんとだけは一緒に居たいんです、どうか、私達の交際を許してください」

「……」

「教師であると言うことがご不満なら、仕事を辞めます」

「ちょっ」

「私は、私の全てを犠牲にしてでも瑞希さんを愛し、幸せにすると誓います」


 慌てた涼子さんを黙らせるかのように、頭を下げる。

 これでダメなら、もう別れるしかないんだろう。

 ごめんなさい、と心の中で瑞希に謝る。


「ちょっと、いいかな?」


 リビングに響く、男の声。

 パジャマ姿で顔は少しやつれているが、この男性が涼子さんの夫であり、瑞希の父親だ。

 桜井雄二さん、仕事はIT関係のエンジニアだったはずだ。

 見た目からはとてもじゃないがそうは見えない。

 ラグビー選手のほうがしっくりきそうだ。

 そんな彼が、後ろに瑞希を連れてリビングに入ってきた。

 涼子さんの隣に座った雄二さんは、瑞希に私の隣に座るよう指示する。


 瑞希は大人しく従い、私の隣に座る。


「貴方、体調が悪いんだから寝てないと駄目じゃないですか」

「少しぐらい大丈夫、さっき薬も飲んだからね、それより、話しは娘から聞いたよ」

「あの、それは」

「いつも娘が世話になってるね、ありがとう」


 分かりにくい人だ、軽くを頭を下げた雄二さんは、涼子さんが何か言いたげな顔をしているのに気にした様子もない。


「正直に言うと、瑞希が女の子にしか見向きしないのは大分昔から知っていたんだ」

「えっ?」

「どういうことですか? 雄二さん」

「昔住んでたご近所さんが初恋の相手だって、瑞希が前に言っていたからね、何を言ってるのかと思ったけど、瑞希が時々連れてくる友達に、友達以上の想いを持っていたことには気づいていたんだ、だから、そうじゃないかと思ってたんだよ」

「お父さん……」

「知っていたなら、どうして教えてくれなかったんです? 瑞希が苦しい想いをしてもいいんですか?」


 責めるような口調で迫っていく涼子さんを、雄二さんは苦笑いして押し返し、そっと頭を撫でた。


「ねぇ涼子、僕と君との恋愛だって、相当苦しいものだったと思うけど」

「私達は男女です、瑞希たちの苦しみは別物よ」

「そうかな? 恋愛における苦しみは僕は同じだと思うよ、それに、涼子が今やろうとしていることは、その苦しみを二人に与えることじゃないのかなって僕は思うよ」


 そんなことは、とは言えなかった。

 隣を見れば、泣いたんであろう瑞希が心配そうに成り行きを見守っている。


「私は瑞希に……幸せになってほしいから」

「うん、それは僕も同じだよ、でも頭から同性愛を否定しちゃいけない、瑞希と小牧先生は、そういう事も理解しているんだからね」


 涼子さんの肩を抱きながら説くように話しかける雄二さんに、涼子さんは次第に甘えるような表情をして頷いていく。


「それで、瑞希は小牧先生との交際を認めてほしいんだね?」

「うん、私千春さんの事大好きだもん、他の誰かじゃ嫌」

「瑞希……貴女」

「ほら、僕たちと一緒だ」


 えっ、と声が出た。

 私と瑞希、それに雄二さんと涼子さんが同じとは、いったいどういうことだ?


「僕は涼子さんじゃないと駄目だからね、ほら? 一緒だろう?」

「あっ……あぁ、そう……そうね」


 答えはあっさりと雄二さんの口から告げられた。

 大事な人は一人だけ、他の誰かではいけない。


「お母さん、ずっと黙っててごめんなさい」

「瑞希……ごめんね、お母さん……瑞希の事ちゃんと見ててあげられなくて」


 娘が同性愛者である事を言葉では理解すると言いつつも、頭では理解できていなかった。

 それでも、自分が雄二と言うただ一人の男性を愛しているように、娘の瑞希が同性でありながらも一人の女性を愛していること、男女である事は決して必要ないのだと初めて理解できたのだ。


 気が付けば、私も涙を流していた。

 嬉しいのだ、誰かに認めてもらえたことも、許してもらえたことも。


「雄二さん、涼子さん……瑞希さんを、私にください」


 もう交際を認めてほしいなんて言えない。

 もうそれだけでは満足なんてできない。

 全てが欲しい。


「私の全てを瑞希に捧げます、だから、瑞希さんを、娘さんを恋人にさせてください」

「お父さん、お母さん、私からもお願いします、私を、千春さんの恋人でいさせてください」


 二人そろって、頭を下げる。

 雄二さんも涼子さんも、何も言わない。

 何も言わないまま時が過ぎる。

 頭を下げた私達は物音一つ立てずにただ待った。


「小牧先生」

「はいっ」

「娘を、よろしくお願いします」


 一筋の涙を流した涼子さんが、私に頭を下げた。


「瑞希、先生にばかり負担をかけるんじゃないよ? もうお前と先生は夫婦みたいなものなんだ、ちゃんと支えてあげるんだよ」

「はい、お父さん」


 揃って頭を上げて、顔を見合わせる。


「これからも、よろしくね、瑞希」

「はいっ、千春さん」


 それからは、同性愛を理解しようとする涼子さんからの質問攻めに合い、二人して赤面しながら一日を過ごすのであった。



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

本編はこれにて最終話となりますが、香織x明日香のお話しと、千春さんの両親と瑞希の両親のお話しをいれて、完全に完結となります。


短い間ですが、ありがとうございました。

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