第1話
「はい、じゃあ出席取るから呼ばれたら返事して、青山」
「はーい」
月曜日の朝、HRの時間に行われる出欠確認、五十音順に名前が呼ばれ続ける中、私は窓の外を見ていた。
(あ、今日も来てる)
最近日課になっている「窓の外を見る」行為には理由がある。
窓の外に見える校庭の植木に、猫がいるのだ。
毎日、同じ時間にやってきては植木の傍に姿を現す。
寝ている時もあれば元気に動き回っていることもある、それがなんだか面白くて最近はずっとこうしてHRの時間を過ごしている。
「桜井」
「はーい」
窓の外を見ていても耳はしっかりと担任教師の声を拾っている。
私のクラスを担当する教師の名前は小牧千春、今日は髪をアップにまとめていてなんだかいつもより大人っぽい、男子が見惚れてる、むかつく。
視線を千春さんへと向けると、彼女は私にだけ分かるような視線を寄越していた。
これは誘いだ、と理解する。
「今日は欠席なし、と……授業開始まで静かにしててね、それから桜井さん、悪いんだけど準備手伝ってくれる?」
わざわざ自分の担当教科の係りにまでしたくせに、わざとお願い口調なのが少し腹が立つ。
それでも無言で立ち上がって後に続くあたり、私は大分彼女に溺れているなぁと自覚するので、余計に腹が立つ。
社会科準備室に入ると、すぐに鍵を閉めて千春さんに抱き付いた。
同じように抱きしめ返してくれる千春さんを愛おしく想い、啄むようにキスをする。
身長差から千春さんの鎖骨あたりに顔をうずめることになる。
「朝から盛りすぎ、先生、ばれたらどうすんの?」
「二人きりの時は名前で呼ぶって決めたでしょ? 瑞希、今日の私の髪形、どう?」
「いつもより大人っぽいけど、男子が見ててちょっとむかつく……」
「ふふっ、ま、男なんて皆そんなもんよ、髪を降ろしてたら胸ばっか見てくるし、瑞希も分かるでしょ?」
「ん……」
理解はできるが、納得はできない。
そんな様子で返事をすれば、千春さんはよしよしと私の頭を撫でて抱擁を説いた。
「これとこれ、運んでね」
「分かった、ねぇ千春さん」
「ん? どうしたの?」
「今日、何かあるの?」
「どうして?」
「だって、いつも髪型変えないのに」
「もう忘れたの? 昨日送ってく時に、髪の毛アップにしたら似合うって言ったの貴女よ? 私、瑞希に見てほしくてやったのに」
私の眉間に人差し指を当ててグリグリと押し込んでくる、その微妙に嫌な感覚を味わう場所での攻撃に私は後ろにあるドアまで追い詰められながらもその手をどけようと抵抗を続けた。
しかし、両手を掴まれドアから壁に早変わりしたソレに押し付けられ、これ以上の抵抗ができなくなった。
「分かった? 私が髪型を変えるのも、何かを変えるのも全部、瑞希のためなのよ?」
「わ、分かったから、その……離れて」
「瑞希……?」
怖い、怖いから、とは言えないが、笑っていない目で小首を傾げるのは止めてくださいお願いします。
「ごめん、悪かったわ……だけど私、本気だから」
「うっ」
「告白してきたのは瑞希、貴女からだったけど、覚悟してと言ったわよね? 私の愛は重いわよ」
普段よりいくらか低い声で囁いて私の首筋にキスマークをつけた千春さんに、私は頷いて返すしかなかった。
「良い子ね、瑞希」
そう言って頭を撫でる手に、私は溺れるのだ。