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第14話



 目が覚めたら時間は昼を回っていた。

 まだ気怠さの残る体を無理矢理起こしてから部屋についている露天風呂に入る。

 眠気覚ましと共にだるさが抜けていくのを感じていると、窓が開いて千春さんがやってきた。


「おはよう、瑞希」

「おはよう、ってもうお昼も過ぎちゃったけどね」

「ご飯食べ損ねちゃったわね、近くに美味しいお蕎麦屋さんがあるって聞いたから後で行きましょう」

「蕎麦、いいねっ!」


 お風呂から上がって身支度を整えると旅館をチェックアウトして車に乗り込む。

 千春さんの言っていたお蕎麦屋さんでお昼を食べた後は、土産物をいくつか買って千春さんの家に戻った。


 テレビを見ながらだらだらしていると、ふと思い出す。


「ねぇー千春さーん」

「どうかしたの?」

「どうして学校の用意持ってくるように言ったの?」


 千春さんは学校まで車通勤をするが、私は電車通学だ。

 それに今日泊まって明日学校へ行くにも、千春さんと一緒に学校へ行けば怪しまれること間違いなしだ。


 返事を待っていると、千春さんが私を抱き寄せて頭を撫でた。


「私の我儘よ、学校で会えない日が続いたから、今日は帰したくないわ」

「……千春さん」


 我儘、千春さんは滅多なことでは我儘を言わない、と言うより、いつも私がしたいことをしてくれる。

 映画を見たいと言えばチケットを取ってくれるし、美味しいご飯が食べたいと言えば作るか連れて行ってくれる、基本的に私が何かを要求してそれに千春さんが答えるのだが、そんな千春さんが我儘と言って私を帰さないと言った。

 戸惑いと同時に嬉しさがこみ上げてくる。

 先程も言ったが、私はやりたいこと、してほしいことは素直に口にするが、千春さんが困るようなことは言わないと決めている。

 それはいつも決まってお泊りした翌日、帰りたくないと言った私に千春さんが困った顔をして「駄目よ」と言い、それを見た私が、千春さんも私と一緒の気持ちなんだと理解したからだ。


 好きな人を困らせたくない、と言う思いから、それ以来私は千春さんの家から帰る時に「帰りたくない」と口にすることは無かったのだ。

 そんな私を差し置いて、千春さんから「帰したくない」と言われた。

 これほど嬉しいことがあるだろうか。


 抱きしめたままの千春さんを少し押しのけて距離を開けると、拒絶されたと思ったのか千春さんが今まで見たこともないぐらい悲しい顔をしていた。

 あぁ、本当に私を帰したくないんだな、と言う気持ちが伝わってきて、私は自然と笑顔になって千春さんにキスをした。


 たっぷり3秒は口づけした後、離れた私はまっすぐに千春さんの目を見て、私が今思っていることを伝えた。


「私も、帰りたくないよ」


 それから、時間はたっぷりあるからと夕飯の買い出しに出て、レンタルDVD屋で適当に映画を2、3本選んで帰宅。

 今日の料理は煮込みハンバーグとのことで楽しみにしていると、テーブルに置かれている千春さんのスマホが鳴った。


「千春さーん、スマホ鳴ってるよー」

「誰からか見てくれる?」


 スマホを覗き込むと「小牧楓」と書かれていた。

 小牧、千春さんの苗字だし、きっと家族の人だろう。


「小牧楓って人ー」

「あぁ、じゃあ後でかけ直すわ」


 いや、出なくていいのか。

 ぶー、ぶー、とバイブ音を鳴らしたスマホも諦めたのか止み、キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってきた。


「さ、出来たわよ」

「美味しそう」

「ふふっ、お皿出してくれる?」

「はーい」


 ご馳走を前に上機嫌になった私は戸棚からお皿を出してお手伝いをする。

 食事中のBGMはテレビのバラエティ番組。

 千春さんは特に食事中のマナーにうるさく言わない、楽しく食べられればそれで良いと言っていた。

 

 食後にココアを飲みながら千春さんの隣で映画を見ていると、千春さんのスマホがまた鳴った。


「あぁん、もう良い所なのに」

「止める?」

「良いわ、長くなるかもしれないし、ちょっと出てくるわね」

「うん」


 スマホを片手に部屋を出て行った千春さんを待ちつつ映画を見る。

 映画の内容は、敵国に潜入したスパイが現地の女性に恋をして出会い、逢瀬を重ねつつも自分の仕事も遂行していくお話し、だんだんとストーリーが展開を見せていき、山場を越えてエンディング。

 スタッフロールが流れた所で止めると、ふと時計が目に入った。


「結構長いなぁ」


 30分以上も部屋から出たきりだ。

 もう外は暗いし、それに寒い。

 戻ってきたら体が冷えているだろうからと、私は千春さんのためにココアを用意する。

 キッチンの戸棚からココアパウダーを取り出すと、ドアが開いて千春さんが戻ってきた。


「おかえり、長かったね」

「えぇ、ごめんなさい」

「寒かったでしょ、ココア飲む?」

「いただくわ、ありがとう」


 先に部屋に入った千春さんの後を追うように入り、ココアを渡す。


「映画、終わっちゃったのね」

「30分以上外にいるんだもん、随分長電話だったね」

「妹からよ、今度遊びに行ってもいいかって、断ったけど」


 はぁ、と溜息をついた千春さんに私は驚いた。

 千春さんの家族の話しは聞いたことはないけど、妹から連絡が来て遊びに行きたいと言われるぐらいには姉妹仲が良いと伺える。


「えっ、どうして?!」

「瑞希と会える時間が減るからよ」

「そんな理由で」

「そんなって、私にとっては何物にも変えがたい時間よ、貴女と居る時間はね」


 そう言って微笑む千春さんはいつもとは違って可愛く見えて、私は胸が暑くなるのを感じた。


「もう、私と一緒に居てくれるのは嬉しいけど、家族との時間も大切だよ?」

「嫌よ、あの子人の物なんでも取る癖があるもの、瑞希を盗られたらたまらないわ」

「私の全部は千春さんの物ですよ」

「み、瑞希っ……」


 珍しく狼狽した様子の千春さんに私が笑うと、千春さんは困ったような顔をして抱きしめてきた。


「良いわね、今の……じゃあ瑞希、瑞希にもあげるわ、私の全部を」

「良いですね、それ……なんだか結婚するカップルみたいな会話です」

「ほんとね、それはそうと、もう寝ましょう、明日から学校よ」

「はぁい、朝は何時に出るの?」

「いつもより早めに出るわ、見られたら面倒だからね」

「うん……そうだね」


 いつか、堂々と胸を張って千春さんの隣を歩きたい。

 今の私は学生、教師である千春さんの隣は歩けない。

 でも、高校を卒業してからなら、その限りじゃないと思っている。

 同性愛だなんだと周りに陰口を叩かれようとも、私が千春さんを大好きなのは変わらない。


「おやすみ、千春さん」

「おやすみ、瑞希」


 後1年と少し、もう少しだから、待っててね、千春さん。

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