第9話
件の陸上部の先輩、名前は桐谷明日香と言う女子生徒は、学校内に置いては知る人ぞ知る、であった。
得意種目の長距離走で何度も優勝し、高校記録を塗り替えた人物であり、女子陸上界の期待の星なのだそうだ。
そんな桐谷先輩は、長い髪をポニーテールで一纏めにした可愛らしい女子生徒だった。
部活指導をする姿を、香織を待つと言う名目で見学している私は、香織そっちのけで桐谷先輩を見ていた。
ずっと見ていた事に気付いたのだろうか、部員に休憩を促すと私の方へとやってきた。
「香織の友達だっけ、寒くない?」
「いえ、平気です、それよりも先輩は受験とか大丈夫なんですか? 香織に聞いたんですけど、毎日部活に顔を出しているとか」
「あぁ、それなら平気、私推薦貰ってるから、それに私も先輩たちにはお世話になったから、こうして今後輩に指導してるって訳」
そうなんですね、と返して隣に立っている桐谷先輩を良く見る。
陸上部らしいすらりとした足に、日に焼けた肌。
話し方から結構さばさばした人だとは思うのだけど、外見だけ見ると非常に可愛い。
胸の大きさもグッドだ。
て、いかんいかん。
「それにしても、香織の友達にこんな綺麗で可愛い子がいたなんてね」
「えっ、先輩もしかしてそっち系の人ですか?」
「なっ?! 馬鹿! 褒めてるんだよ!」
「あははっ、そうですよね」
すみません、と笑いながらぷいっとそっぽを向いた桐谷先輩を見ると、少し頬が赤くなっていた。
どっちだろうな、と考えたが、結論を急ぐにはまだ早い。
「先輩って女子からモテません? 面倒見良さそうだし、部員の方々も先輩のこと良く見てますけど」
「あぁ、何度かそういう子から告白されたことはあるけど、断ってるよ、私ちゃんと好きな人いるからさ」
「どんな人なんですか?」
随分ストレートに聞いてくるね、と苦笑いする先輩に、私はにへらと笑って「いいじゃないですか、教えてくださいよ」と言った。
「んー、努力家で、明るくて、一緒にいると元気を貰える、そんな人かな」
「同級生の方ですか?」
「いや、それが年下なんだよね、もうすぐ卒業して結構遠くの大学通うことになるし、今更告白してもなぁって感じ」
「そうなんですか」
年下で努力家、明るくて一緒にいると元気を貰える、と言っている事から、普段から密接な関係にある人物だとは思うのだが、いかんせん今日知った人のことだ、プライベートの付き合いまでは香織から聞いていなかった。
「そういう君はどうなの?」
「私ですか?」
「そうそう、なんか私だけ上手いこと聞きだされた感じするんだけど、っていうか部活中ずっと私のこと見てたし、ほんとは2年の男子から私の事聞かれたなぁ?」
「あ、あははっ、実はそうなんです、すみません……」
「別にいいけどさ、そういう回りくどいことする男は嫌いかな」
「伝えておきます、多分心が折れるだろうけど」
そう言うと、桐谷先輩は笑って「自業自得だよ」と言った。
「それで? 君は?」
「まぁ、私だけじゃ不公平ですから、仕方ないですけど……絶対誰にも言わないでくださいね?」
私は立ち上がって先輩に近寄ると、耳元で小さく囁いた。
「年上の女性です」
「はっ? えっ!?」
「しーっ、声が大きいですよ先輩」
「あ、ごめん……って、そうじゃなくて!」
私から少し距離を取った先輩は顔を真っ赤なトマトのように染め上げ、びしっと私を指さした。
「そう言う事、普通軽々しく言う?! 私が気持ち悪がったりしたらどうすんのさ!」
「だから声大きいですよ、それにさっき先輩も女子から告白されたって言ったことあるじゃないですか、多少の免疫はあるでしょう?」
「いや、それにしたってさぁ……」
何か言いたげな桐谷先輩は、結局何も言わずに後輩に練習を再開させ、指導に戻っていった。




