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乙女は恋し焦がれて夜を往く―前編―

書いてみたら長くなりそうで、前編(中編)後編になりそうです。

作中の本はいつか一冊まるまるどっかで載せたいですね。

「あ、あの………」

「きみがアーリアさん?」

「ひっ! は、はいぃっ! あ、あのすみませんすみません私なんかが………」

「いや、謝らなくていいから」


 今回の仕事は自分では役に立たないかもしれないと砂霧は人知れず溜息を吐いた。



***



「ただいま」

「おかえり」


 ふわりと窓から店に降り立った紕詠はカウンターにもたれて新聞を読む砂霧に声を掛けた。対して砂霧もチラリと視線を寄越しただけでそれについては何も言うことなく言葉を返す。

 二人にとって出入口は窓であってドアではない。備え付けのあれはお客様のものだと言う。

「今回は結構長かったな」

「そうか。どのくらい空けてた?」

「一月と少し」

 砂霧がリズのパンダ財布を届けてから一ヶ月が過ぎた頃、紕詠が配達先の神界から戻って来た。

 読んでいた新聞を紕詠へ渡しカウンター奥のコーヒーメーカーへ向かう。全自動なので豆を掬い入れるだけで電動ミルがガリガリと音を立てて豆を挽いていく。一人分だけなので一階の居住区からカップを用意している間に出来上がる。お疲れさん、と労いを込めてカップを差し出してやれば小さくお礼を言って受け取った。

 一口飲んでやっと人心地着いたのか、紕詠はホッと息を吐いた。砂霧から受け取った新聞をまた返す。日付を確認しただけで中身に興味はなかった。

「そんなに経ってたか」

「神界は時間の感覚がなくなるからな」

「一週間くらいのつもりだったが随分空けてしまった。すまない」

「別に構わねぇさ。それより無理難題ふっかけられなかったか?」

 誰に、とは聞かず問い掛ける。

「いや………無理難題ではないが、些か運ぶのに手間取った。隻眼のドラゴンの卵が思った以上に大きくて」

「イヤイヤ、お前何運んで来たの!?」

「ドラゴンの卵。産みたてホヤホヤだ」

「マジかよ。よく運べたな」

「その辺にいた碧ドラゴンに頼んで嫁捜しを手伝う代わりに運んで貰った」

「お前のそのムダに高いコミュニケーション能力羨ましいぜ」

 普段口数少ない紕詠だがどうしてなかなかコミュニケーション能力が高い。子供の頃から密かに砂霧は尊敬していた。自分ではその解決方法は思いつかない。通りすがりのドラゴンに? どうやって?? 嫁捜しとは一体………いや、深くは聞くまい。砂霧は開き掛けた口を咄嗟に噤んだ。

 誤魔化すように咳払いをして返された新聞を畳む。

「戻って来て早々悪いんだが仕事だ。久々に新規のお客サマだ。行くだろ?」

「ああ」


 コーヒーを飲み干した紕詠を確認してひらりと砂霧は窓から飛び出す。続いて紕詠もふわりと跳躍した。



***



 今日の集荷先は7番街【公的機関】の中央図書館。

 そこの司書であるアーリアが今日のお客様だ。

 数日前、虱潰しに道行く人に名刺を配り歩いていた時にたまたま受け取ったのだろう、電話で集荷依頼があった際に『あ、あのっ! わたし先日お名刺を、頂いた者でっ! その、届けて頂きたいものがあって………お願い、できます………か?』と言っていた。

 段々語尾が尻すぼみになっていったのがどうにも気になって紕詠が戻って来るまで待っていようと思ったのは砂霧だけの秘密だ。あと数時間戻って来るのが遅かったら一人で行くところだったが丁度良かった。


 モノレールを降りてそのまま大通りを歩けば突き当たりの丁度真ん中に位置する中央図書館。馬鹿でかい建物は美術館と併設されている為、まるで城のような外観だ。

 建物の入口は図書館も美術館も一緒のようで、館内地図によると途中で分かれているらしい。平日の日中は人の出入りは少ない。誰とも擦れ違うこともなく進む。するとすぐに広々とした空間に出た。

 そこには林檎のオブジェやら天使像などが飾られていた。決して暗いワケではないのだが物々しい雰囲気に砂霧は何となく居心地の悪さを感じたが、隣を歩く紕詠は気にしていないようだった。ここで通路が分かれていて右側が図書館、左側が美術館と書かれたプレートがあった。

 そのまま無言で廊下を進むとガラス張りの入口が見えてきた。ここが図書館の入口らしい。

「ここだな」

「ああ」

 中に入ればすぐに受付カウンターがあり、数名が新書だろう山積みの本にバーコードを貼る作業をしていた。その内の一人、一番手前にいた女性にアーリアはどこかと尋ねる。

「アーリア、ですか? えっと、今は閲覧禁止区域にいると思います。ちょっと待っててください」

 砂霧と紕詠の容姿に一瞬あっけに取られたようだったが、呼んでくれるというのでカウンターから程近い席で待つことにした。

 待つこと数分。カウンターから一人の女性が本を片手に小走りでこちらに向かって来た。

「は、初めまして。私、ア、アーリア=ライトと申します」

「………」

「………」

 彼女を視界に入れた時、二人は咄嗟に声が出なかった。

「あ、あの………」

「きみがアーリアさん?」

「ひっ! は、はいぃっ! あ、あのすみませんすみません私なんかが………」

「いや、謝らなくていいから」

 先に再起動を果たした砂霧が声を掛けた瞬間アーリアは三歩後退り、引き攣った悲鳴を上げた。一歩近づけば一歩どころかぎゅっと胸の前で本を抱え二歩下がる。砂霧とアーリアの距離は離れるばかりだ。紕詠は一歩たりとも動いていないのでアーリアまでの距離は9m近く開いてしまった。


 ―――そうして冒頭に戻る。


 プラチナブロンドの長い髪は緩やかなカーブを描き、翡翠と紫水晶の神秘的なオッドアイ。加えて口元の黒子が艶めかしい。そんな美女なのだが、見た目を大きく裏切る極度の人見知り。それがアーリア=ライトだった。

 珍しく新規のお客様、しかも美人。女好きではないが、見目麗しいことに越したことはないと若干浮かれていた砂霧は目の前の怯える彼女に溜息を吐いた。

 俺の見た目が問題か、それとも言葉遣いが問題なのか。はたまたその両方なのか。粗野な印象を抱かれがちなのは自覚しているが悲鳴をあげられる程なのか―――?

「………紕詠」

「何だ?」

「任せた」

「分かった」

 短いやり取りで色々察した紕詠が五歩踏み出し、代わりに砂霧が八歩下がる。紕詠がアーリアまでの距離を70cmまで詰めたところで砂霧は確信した。

 間違いない。アーリアはオレに怯えている―――そう全く持って嬉しくない事実を認めた砂霧はとりあえず彼女の視界からフェードアウトすることを決めた。

 背後で涙を呑んでいる幼馴染みに気付くことなく、紕詠は淡々と仕事を進めていた。

「それで依頼内容だが手紙を届けて欲しいということで間違いないか?」

「はいっ! すみません」

「送り先は」

「あの………この人に」

「?」

 こちらですと言われて差し出した右手に乗せられたのは先程から大事に抱えられていた一冊の本。

「??」

「この本の、彼に………手紙を届けて欲しいのです」

「分かった」

「分かったの!? 紕詠お前マジか!!」

「言いたいことは分かった」

「お願いします………私、彼にどうしても伝えたい。叶わない願いだとしても」

 必死に伝えようとするアーリアの眦に涙がじわりと浮かぶ。

「泣かなくてもいい。だから教えてくれ。【彼】がどんな人でどうしてその手紙を渡したいのか」

「ぐす………はい」



***



 人が多い訳ではないが、大の男が二人と美女一人。ここじゃ目立つだろうと、三人は場所を中庭の休憩スペースへと移した。

 相変わらず砂霧はなるべくアーリアの視界に入らないよう紕詠の後ろに付く。涙ぐましい努力の甲斐あってか、その距離3mになっても悲鳴は上げられずに済んだ。この時ばかりは紕詠と同じくらいの身長で良かったと思った。

 そしてそんな砂霧の胸中など知る由もなく、紕詠は至極真面目にアーリアから話を聞き出そうとしていた。

「先程の続きだが、この本の登場人物に手紙を届けたいと」

「は、はい。おかしなことを言ってると、思うでしょう………?」

「そうは思わない。冗談で言っているようには見えないからな」

「ありがとう、ございます」

 アーリアがほんの少し頬を緩め笑う。

 気を抜けば溢れてしまう涙を堪えるように、小さな拳が握られるのを紕詠は見逃さなかった。

「それで………」

「アーリア!」

 肝心の手紙の送り主について聞こうと口を開いたところで職員用口から先程とは違う同僚と思しき女性が大声で彼女を呼んだ。

「すっすみません! 私抜けて来てたの忘れてました。あの………今日の夜、またここに来て頂くこと、出来ますか………?」

「構わない」

「ありがとうございます………! では十二時に、裏手の広場まで………私、今日夜勤なので」

 すみません、そう言ってぺこりと頭を下げたアーリアは急いで駆け出して行った。


「紕詠」

「ああ」

「とりあえず帰るか」

「そうだな」


 残されたのは手渡された一冊の本。

 【透明な世界と星の音】という題名だ。古ぼけたそれはアーリア個人のものなのだろう。裏にはバーコードはなく、ハードカバーの端は少し破れて題名も元は金色だったあであろう装飾が剥がれかけている。それでも大切にされていたのが分かる。ところどころ修復の跡が見られたからだ。

「戻ったら読んでみるか? 時間はたっぷりあるしな」

 砂霧が時計を見ながらコンコンと本を叩く。今は午後二時を過ぎたところ。

「そうだな。待ち合わせまでには二人とも読み終わるだろう」

「………透明な世界と星の音、ねぇ」

「知ってるのか?」

 普段余り表情の動かない紕詠がぴくりと眉を上げる。自分より活字が好きなのは幼少の頃から知っているが、まさか女性ものの本まで手を出しているとは思っていなかった。そんな意味を込めて見つめると『違ぇよ馬鹿』とこれまた視線で返される。

「全部は知らねぇ。ただ………」

「ただ?」

 言い淀む砂霧に先を促す。

「ただ、オレの記憶違いでなかったら基本的に片思い一方通行の話で誰も結ばれなかったハズだ」

「そうか」

「話は確か―――主人公は二人、男女が順に主人公になって進む。夜を中心に」


 そう。女は星空に恋をして、男はそんな女に恋をする。けれど想いは伝わることはなく、淡い恋心は終わりを告げるのだ。何にせよ夜と星に纏わる話だった気がする。


「どの道読んでみないと分からない」

「だな。オレも触りしか知らねぇし。とりあえず帰って読むしかねーな」


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