伝説の配達屋
噂によると、その配達屋はどこの世界にもいて、どこの世界にも属さないらしい。
もしも運良く出会うことが出来たなら、本来届けることの不可能な場所でさえ行ってくれるのだとか。
ただ、気まぐれな【彼ら】は望んでも来てくれない。どこに店を構えているかも分からないし、本当に必要な者の前にしか姿を現さないのだ。どこから聞きつけてくるのか、気付けば目の前に一枚の名刺が落ちている。
それが、彼ら―Magical courier service―【魔法宅配便】
「とか格好良い感じで世間では言われてるけどさ。実際は存在が希薄なだけなんだよな」
「俺達の魔法はその特異性の所為で世界の均衡を変えかねないから仕方ないんじゃないか」
「そうは言っても不便なのは不便だろーよ。ちぃと気を抜いただけで存在が薄くなるんだから」
「俺は大して困ってない」
「まぁお前はそうだろうな」
とある世界のとある町の片隅にその店はあった。
店の名は【炎の宅配便】。店の名に特に理由はない。店主が幼い頃に格好良いと思って付けた名だ。店主は二人。一人が先程から憮然とした様子で己の存在について嘆いている砂霧。もう一人が淡々と事実を述べている紕詠である。
ちなみに店名を付けたのは砂霧だ。当時火より炎の方が大きくて凄いと思ったから、と後に聞かされた紕詠は、ああ成程………砂霧らしいなと妙に納得した。
店舗兼二人の自宅でもあるそこは、二階が店舗で一階が住居となっている。
今は二階部分、即ち店の方で開店準備中だった。とは言っても持ち込みは殆どなく、集荷配達が基本だ。この店は二人の長所であり短所でもある世にも珍しい魔法のお陰で辿り着く事がなかなかに難しいのだ。その為致し方なく出向く事が多い。まぁサービスの一環でもあるのだが。
「で、今日の配達は―――っとお前どこだ?」
「俺は神界だ」
「オレは職人街のガキどものトコで集荷だ。じゃあしばらく会わねぇな。ついでに営業して来いよ」
「分かった」
そう言うとあっという間に紕詠は空気に溶けるように姿を消した。
それを見送った砂霧もぐぐっと体を伸ばすと軽く柔軟をして、ふっと息を吐いた。
「それじゃ今日も頑張りますかー!」
開け放たれた窓から向かいの建物目掛けて跳躍する。そして軽やかに壁を蹴って天空へ駆ける。
「砂霧ちゃんおはよう」
「おう。ばーちゃん今日も元気そうだなー」
「気を付けて行くんだよ」
「ははっ! ありがとなー」
窓から飛び出した砂霧はぐんぐんスピードを上げ建物の屋上を駆ける。途中、顔馴染みからの挨拶にも笑顔で応え一瞬で通り過ぎていく。目まぐるしく変わる景色も体を押さえつける空気圧も砂霧にとっては普通の事だ。
目指すは5キロ先の職人街。その名の通り職人達の住む町だ。ありとあらゆる職人達が所狭しとと店を構えるそこは砂霧達にとって上客が沢山いる。集荷依頼は一ヶ所だけだが、あわよくば他の職人からも仕事が貰えるかもしれない。
成人男性二人分の食費も馬鹿にならない。今日の紕詠の配達先は距離と空間を超える分戻って来るのに時間が掛かる。その間に自分が稼げるだけ稼いでおかないと………と砂霧は考えていた。そうでなければ仕事がない時に困る。
「今日は良い天気だ」
太陽は燦々と輝き砂霧の淡い金髪を照らす。風も気持ちが良いしいつもより早く目的地まで辿り着けそうだと笑みを深くし、砂霧は更にスピードを上げたのだった。
これは世にも珍しい宅配屋を営む二人のお話である。